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お嬢様セイラの事件簿  作者: 鈴埜
第一章 フィーア島殺人事件
14/57

14.古の呪文


 フェスティバルから早や二日


 クライドはセイラを庇いながら床に伏せ、ジュリアンは無様に体勢を崩した。

「何だっ?」

 揺れはすぐ止む。これは寝ている場合ではないとジュリアンは痛みを堪えて立ち上がった。

「お嬢様?」

「……フィーアの女神だわ。クライド! 行くわよ」

 二人は連れ立って部屋を飛び出す。慌ててその後を追う。

「おい! 待てよ」

 新しい上着と血に汚れ穴の開いた上着。一瞬悩んで穴の開いた方を掴む。

 非常階段を駆け上がり、屋上へと向かう。ジュリアンは怪我をしていることを感じさせない速さで、すぐに二人を捉えた。彼のことを待っていたかのように、隣に並ぶと今度はクライドがセイラを担ぎ上げた。彼女が自分で走るよりよほど速い。

「どうしたっていうんだ」

「あのね、ジュリアン。さっきの煙幕みたいな呪符まだある?」

 質問には答えてもらえず、また質問で返された。

「あ、ああ持っているよ」

 だからこそわざわざ新しい上着を選ばずこちらを着て来たのだ。様々なものが内側に詰められている。

 非常口を思いっきり開けてそこに降り立つと、いまだ現場検証をやっている警察や、ユーリー氏、そしてコーウェン氏もいた。皆、空を見上げている。


 青い、真夏の空。

 輝く太陽。

 そして、荘厳なる彼女、フィーアの女神がいた。

「何故だ……」

 擦れた呟きを漏らす彼は足の力が抜け、しゃがみこむ。

 女神は両手の平をこのホテルに叩きつけていた。

 狂ったように。

 その姿は以前の彼女でなく、今あるのは欲望。

 瞳に宿るのは餓え。

 あまりにも美しく、おぞましいその姿。

「結界が……阻んでいるということは」

 隣に立っていたビュッセ警部が言葉を詰まらせる。

「命を狙ってらっしゃるようで」

 ジュリアンはおどけたように肩をすくめた。

「なんでだっ! 今までは引っかかっていなかったじゃないか」

 この状況でも鋭い男である。

「僕に聞かれたって分りませんよ。……クライド! どうするんだ?」

 はけ口になるのが嫌で二人の方へ歩いて行った。

「まずは水晶を壊さないと。結界を解くのが先決ね」

「そんなことをしたらあれが中に入ってくるぞ」

「どっちにしろ長くは持たない。やられる前にやらなければ」

 真剣なその表情に彼女のお付は受信側水晶に向かった。

「何故だ。何故なんだ! 今までは、こんなことなかったのに」

 半狂乱で叫ぶコーウェン。その言葉でジュリアンの中に一つの仮説が組み立てられる。

「学習だよ。子供ってのは学ぶ。女神も学んだんだろう」

「学ぶ?」

「今年と去年まで、違うのは遺体が二つできたということ。多分ダイアナの方は即死。だけど、あのラ・カト・ラ・バスタは死ぬまでに二、三分かかるんだ。彼女は見たんじゃないかな? キーラが死ぬところを。ダイアナの魂に惹かれやってきて、キーラからまた大好物が生まれるのを。そして学んだ。人が死ねば自分はたらふく大好きなものを食べられる」

「やっぱり貴方、頭良いわ」

「もちろん。じゃなきゃ歴史学者なんて名乗っていられないよ。で、僕は何をするんだ?」

 セイラは左手の手袋をいじりながら、フィーアの女神を見据えたまま答えた。

「クライドが結界を解いたら、この屋上中を煙幕で満たして欲しいの。隣の人の姿も見えなくなるくらいに」

 言い終わらないうちにカシャンと澄んだ音が響き渡った。

 結界が霧散する。

「求む、目を、大気を、曇り硝子のように」

 先ほどとは違う呪符を取り出し、唱える。

 轟音と共に目を開くこともままならぬほどの様々な色合いの煙が出現した。

 そこら中で叫び声が聞こえる。

 パニックが起こる。

 しかし、ジュリアンは隣のセイラに釘付けだった。

 この煙の中。すぐ隣にいるものも見えないほどの煙幕の中。それでも彼は彼女を捉えることができた。

 黒い手袋をはずす。

 左手の手袋だけをそっと。

 その下にあったのは――古き文字。ちょうど手首まで。びっしりと紫色の刺青が施されている。そして今、それは仄かに光を放っていた。

 息を飲む気配を感じてセイラはこちらを見た。少し寂しげな、大人ですら出来ないような達観した笑み。

「誰かが終わりにしてあげないとね」

 魔成生物はなんと可哀相なやつらだ。

 人のエゴで造り上げられ、そして人のエゴで無に返される。

 ちらりと見えた左手には、暗い穴が開いていた。

 底の見えぬ、暗き淵。


 昔、聞いたことがある。

 ガードラント王国は大国であるがゆえ、多くの厄介ごとが持ち込まれた。その中でも群を抜いて頭痛の種であり、重要視されたのが魔導。これらの引き起こした事態を納めるためにたくさんの被害が国側にも出た。魔成生物も難しい問題であった。

 人が作り出したもの。人の手で還さねばならない。

 しかし、時に手に負えないモノができあがるという。

 そして、ガードラントは特別に、それに対抗する者を作り出した。

 そんな、作り話と信じて疑わない物語を、何処かで聞いた。

 魔成生物。

 それを狩る者。

 聞いて最初の感想がばかばかしい御伽噺だ。次の感想が――本末転倒じゃないか。

 人が魔導を使い作り出し、それを解決するためにまた作り出す。結局何も変わっていない。ぐるぐると、不器用な人間はその不合理の道を回り続けた。


 右手で左手の手首を掴み、左手の平をフィーアの女神がいるであろう方向に向ける。

「行け、私の分身よ! 捕らえよ、そなたの同胞を! そして呪を返し、もと在る場所へ収めよ!」

 叫ぶようにして、唱えるその呪文。

 一言発するごとに紫色の文様が色濃くなる。

 そして、最後の言葉を口にした時――辺りは光に飲まれた。

「開け! 終焉の時は来た」

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