第8話 錬金工房
盗賊の数は二十四人と数こそ多かったが、攻撃魔法が使える者どころか武芸の経験がある者すらいなかった。
加えて装備は貧弱で不意打ちに全てを賭けるような切羽詰まった者たちである。
護衛隊の攻撃魔法と魔法が付与された魔法の武器による攻撃を主体とした遠距離からの一方的な攻撃により、盗賊たちの戦意は開始早々失われる。
退路を断たれてから降伏までそう時間はかからなかった。
その間に死者六人、重傷者四人。
重傷者を治療できるだけの高度な光魔法が使える魔術師がいなかったため、重傷者は全てその場で斬首となった。
捕らえられた十四人は国境の町ミュールでブリューネ王国の国境騎士団に引き渡すことになる。
盗賊は重犯罪なので奴隷の身分から解放されることはない。
彼らに待っているのは犯罪奴隷としての人生だけである。
なんとも無情な気がしたが、周囲を見回した限りそんな感情を抱いていたのは――、いや、そんな感情を表に出している者は一人もいなかった。
翻って、盗賊たちを捕らえた護衛と協力した乗客たちは、盗賊たちを引き渡した報奨金と彼らの所持していた武器と防具、金品の類いを手にすることが出来る。
しかも、俺の取り分が最も多いという。
馬車隊の隊長からその話を聞かされたとき、即座に報奨金の受け取りを辞退しようとしたのだが、それを口にする直前に馬車で一緒だった壮年の男性に止められた。
そしてその場は隊長に言われるがまま承諾の返事をしたのだった。
隊長が去った後での壮年の男性との会話を思い出す。
「兄さんは自分の力を過小評価しすぎだ」
「ですが、本当に大した働きをしていません。ただ、魔法が付与されている武器を貸し出しただけですし、弓にしたって普通よりも少しだけ力が強かっただけですから……」
「今回の戦闘で大した働きをしてないと言うのは、一緒に戦闘に参加した人たちのことも大した働きをしていないと言っているのと同じことになるんだぞ」
「そんなつもりはありません。むしろ皆さんは頑張っていたと思います」
「それを止めろと言っているんだ。あまり度が過ぎると周りから反感を買うことになる。そんなことを繰り返せばたちまち周りは敵だらけだ」
その瞬間、自分に優しくしてくれた人たちに嫌われるかも知れないと恐怖した。
目の前の壮年の男性、女性の冒険者、同じ馬車に乗り合わせた人たちだけでなく、護衛の人たちや一緒に旅をしてきた人たちのことが思い浮かんだ。
するとそれ以上自分を否定する言葉が出てこなくなった。
「おっしゃる通りだと思います。ご忠告ありがとうございます」
「いまはそれでいい。素直なのが一番だ」
壮年の男性はそう言って微笑んだ。
そして周囲に人気がないことを改めて確認すると再び口を開く。
「兄さんのアイテムボックス……、あれ、普通じゃないだろ?」
「え?」
心臓が飛び出すのではないかと思うくらい驚いた。
壮年の男性が俺の顔を見て安心したように言う。
「良かった。一応、普通じゃないってことは分かっていたんだな」
「自分以外のアイテムボックス持ちを見たことが一度しかないので、その人と少し違うなってことくらいしか分かっていません」
素直に白状した。
「俺も自分でアイテムボックスを持っているわけじゃないから詳しくは分からないが、それでも軍隊で十人以上のアイテムボックス持ちを見てきた」
その全員がアイテムボックスを発動する場所に視線と意識を集中し魔力を注ぎ込んでいた、と壮年の男性が言った。
それは収納するときも取り出すときも一緒だったそうだ。
壮年の男が顔を強ばらせて言う。
「収納するときは一つずつ手に触れて収納していた。百本の剣を収納するときは箱に詰めて収納するときは箱に手を触れて収納していた。取り出すときもそうだ。一つずつ手に触れた状態で取りだしていた」
俺のやったこととは明らかに違う。
俺は二十本の剣を一度に取りだして馬車のなかに並べた。
収納するときも触れることなく一度に収納をしている。
壮年の男性もそのことについて触れたが、一拍置いて別のことに触れる。
「だがな、一番驚いたのはアイテムボックスから矢を次々と取りだして射続けたことだ」
視線と意識を標的に固定したまま、まるで勝手に引き手のなかに矢が生まれるかのように次々と矢を取りだしていたように見えたと言った。
黙り込んでいる俺に壮年の男性が震える声で優しく言う。
「熟練者ともなれば視線や意識を集中しなくても大丈夫なのかも知れないが、兄さんは熟練者と言うには若すぎる」
何か別物のスキルに思えたと語る。
これまでのことを振り返っても、眼前の男性は本気で俺のことを心配してくれているのだと思う。
それでも真実を告げるのはリスクが高すぎた。
「俺のアイテムボックスは昔からこんな感じです。比較する相手も一人しかいないのでそれ以上のことは分かりません。でも、これからは注意することにします」
「そうだな。余計なことを言ってすまなかったな」
気を悪くしないでくれ、と陽気な笑顔を浮かべた。
しかし、それもいま思い返せばどこか寂しそうだったような気もする……。
そんなことを思い出していると馬車の外が騒がしくなった。
耳を傾けると国境の町が近付いてきたことを知らせる声が響いてくる。
そろそろ国境か。
俺はここまでに分かった自分の能力について整理をしてみることにした。
スキルの前に身体能力の高さ。
腕力や脚力――、基本的な身体能力が他の人たちより随分と優れているようだ。
これはスキルとは別に今後も俺にとって大きな武器となるだろう。
続いて祝福の儀式で授かった三つのスキル。
一つは気配遮断。
この能力は命を落としかけたあのときに無意識に発動させたのだろう。
暗殺者の目を逃れたのがこの気配遮断のスキルによるものだったのかどうか、いまとなっては分からない。
落ち着いたら検証するとしよう。
二つ目は自己回復。
暗殺者により瀕死の重傷を負わされながらも一命を取り留めたのはこのスキルのお陰で間違いないだろう。
旅に出るまではその価値に気付かなかったが怪我を容易く治し、疲れ知らずの身体というのは実に素晴らしい。
改めて思い返せば、錬金術師にこだわるあまり周りが見えていなかったのだと分かる。
三つ目は錬金工房。
アイテムボックスは収納するときに対象物に触れないとならないが、俺の錬金工房は触れないでも収納出来るどころか対象物が十メートル離れていても収納出来る。
取り出しも同様にアイテムボックスでは手に触れた状態で取り出されるが、錬金工房は収納と同様に十メートルの範囲なら自在に取り出せる。
錬金工房のなかであれば、鑑定ができ錬金術が使える。
さらにレベルが2に上がったことで、錬金工房のなかであれば土・水・火・風の属性魔法を付与することまで出来るようになった。
俺の想像通りなら錬金工房は、アイテムボックス、鑑定、錬金術、土・水・火・風の四属性の付与術が可能な複合スキルということなる。
スキルは一人で最大三つまでしか授からないことを考えると、俺の錬金工房は一体何人分の能力になることだろう。
それを考えただけでも興奮してくる。
しかもそれだけではない。
もしかしたらレベルが上がることでさらに能力が追加されるかも知れない……。
その考えが浮かんだ瞬間、心臓の鼓動がさらに速くなった。
「当面のやることが決まった……!」
錬金工房のレベルアップの方法を模索しながら熟練度を上げよう。
幸い、母の故郷であるシェラーン王国の国境付近では開拓村が幾つもあるらしい。
開拓村の一つに潜り込んで錬金工房で生計を立てよう。
そして力を付けたら……、領都であるリント市に戻って復讐する!
朧気ながら進むべき道筋が見えたことで、自分のなかのモチベーションが上がるのが分かる。
俺はまだ見ぬ開拓村に胸を高鳴らせていた。




