第7話 属性魔法が付与された武器の力
馬車隊と野営地との距離はおよそ五百メートルまで迫っていた。
自分でも緊張しているのが分かる。
馬車のなかから真っ直ぐに野営地を見つめて固唾を飲む。
「兄さん、そう緊張するなよ」
「そうそう、この人数に加えてお兄さんが貸してくれた魔法の武器があるから心配しなくても勝てるわよ」
壮年の男性と若い女性が励ましの声を掛けてくれた。
「緊張しているって、やっぱり分かりますか?」
「若い男の子の緊張する姿って好きよ」
「からかわないでくださいよ」
若い女性がクスクスと楽しそうに笑う。
まいったな。
工房には若い女性もいたけれど、好意的に接して貰えることなんてなかったから対応に困る。
そこへ壮年の男性が助け船を出してくれた。
「さて、緊張も解れただろうから、そろそろ戦闘前の最終確認をしようか」
「旦那、手慣れているね」
若い女性が感嘆の声を上げた。
革鎧から始まって籠手、脛当てといった装着している防具を手早く確認していく壮年の男性の様子を感心したように見る。
「一応、従軍経験者さ」
「それは頼もしいね」
「そう言う姉さんも随分と落ち着いているじゃないか」
「まあね」
得意げな笑みを浮かべると、若い女性は自身がBランクの冒険者だと告げた。
彼女の言葉に馬車のなかにいた人たちの間から感心する声が上がる。
その感心のしようからすると彼女はそれなりに実力があるのだろう。
周りの人たち様子を眺めていると、驚いたように俺を見る壮年の男性と目が合った。
「もしかして、Bランクの冒険者の力がどの程度か知らないわけじゃないだろ?」
顔にでていたらしい。
「すみません、実はよく分かっていません」
「世間知らずだな、兄さんは」
「だったら良い機会だ。Bランク冒険者の力をその目に焼き付けてあげるわ」
豪快に笑う壮年の男性の側で冒険者の女性が妖艶な笑みを浮かべた。
そして、他の乗客からはからかうような声が飛ぶ。
「良かったな、兄さん。美人の姉さんが良いものを目に焼き付けてくれるってよ」
「姉さんも若い男に良いところを見せようとして無理をするんじゃないぞ」
「バーカ。魔法の武器を貸し出してくれた気前の良い商人の坊やをちょっと励ましてやろうと思っただけだよ」
やっぱりからかわれていたようだ。
壮年の男性がささやく。
「兄さんが魔法の武器を貸し出してくれたお陰でこっちの戦力は格段に向上している。皆、感謝しているんだぜ」
「魔法の武器といってもそんなに凄いものじゃありませんよ」
「謙遜もほどほどにした方がいいぞ」
魔法の武器を受け取った護衛の何人かが性能を確認するために付与されている魔法を試しに発動させていた。
護衛隊の隊長からも強力な魔法が付与されていると改めて感謝の言葉を貰っている。
隣にいる壮年の男性もそれを聞いていた。
だから言うのだろう。
「兄さんは自分のやっていることの価値を理解した方がいい。そんなんじゃ他人に利用されるだけだぞ」
「そう、ですね」
「その弓も魔法の武器なんだろ?」
「ええ」
「じゃあ、手始めにその武器の性能を皆に見せてやろうや」
壮年の男性が豪快に笑いながら俺の背中を叩いた。
◇
野営地まで距離三百メートル。
気付けば一般的な攻撃魔法や弓の射程圏内に入っていた。
馬車隊の先頭の方から火球が放たれ野営地に立てられた木造の小屋を直撃した。
爆音が辺りに鳴り響く。
「仕掛けたか!」
「こっちもでるよ」
壮年の男性と冒険者の女性が馬車から飛び下りた。
火球が直撃した小屋から五、六人の薄汚れた男たちが慌てたように飛び出してくる。
その姿を見て御者が言う。
「当たりだ! 盗賊だな、ありゃ」
飛び出してきた盗賊たちの装備の貧相さに御者や乗客たちの勢いが増す。
「これは俺たちがでなくても楽勝なんじゃないか?」
「俺は兄ちゃんが貸してくれた魔法の剣を使ってみたいから参戦するよ」
御者が馬車を止めると乗客たちが次々に下り、俺も彼らに続いて馬車から下りる。
戦闘は開始早々一方的な展開を見せていた。
火魔法の火球による炙り出し。
飛び出してきた盗賊たちを魔術師や魔法の武器による攻撃魔法での遠隔攻撃。
盗賊側に魔法が使える者はいないようで遠隔攻撃に対する応戦は弓矢による攻撃だけだった。
そのほとんどが既に逃げる態勢に入っている。
盗賊たちの勝機は待ち伏せによる不意打ちだけだった。
それが失われたいま、逃げるのが上策なのだろう。
「逃がすな! 逃がせば他の馬車隊が狙われるぞ!」
護衛隊長の声が戦いの場に響く。
非情なようだがその言葉は正しかった。
俺も自分にできることをしよう。
逃げる盗賊を狙い撃てればそれに越したことはないのだろうが、そこまで弓の腕に自信はない。
仮に命中精度向上の魔法を付与できたとしても、距離もあるし当たるかは怪しいものだ。
眼前で繰り広げられている戦いのなかで、火球による範囲攻撃の有用性を実感した俺は錬金工房内にある矢に火魔法の火球を付与する。
狙いは逃走する敵のさらに後方。
距離五百メートルの岩場。
周囲で一方的な戦闘が繰り広げられるなか、俺は飛距離向上と威力向上の魔法を付与した弓を引き絞る。
俺の手を離れた矢は五百メートルの距離を一気に飛び、地面に突き刺さると同時に爆発を引き起こした。
逃げようとしていた盗賊たちの足が止まる。
錬金工房のなかで矢に火球の魔法を付与しそれを盗賊たちの背後へ撃ち込む。
それを立て続けに行うと盗賊たちの動きが目に見えて変わった。
四方八方へと蜘蛛の子を散らすように逃げ出している。
大勢が決したようだったので弓を射るのを止めて辺りを見回すと、周囲の人たちも戦いの手を止めて俺のことを見ていた。
「お兄さん……、あんた、豪腕だったんだね……」
「兄さんみたいな射手、見たことないぞ……」
冒険者の女性と壮年の男性が目を見開いてそう口にした。
他の人たちも口にこそ出していないが同じような事を思っていたようで、二人の言葉にうなずく仕種がチラホラと見えた。
「自己回復のスキルがあるので、弓を連射しても大丈夫なんですよ」
弓の連射に驚かれているのだろうと、あれこれ質問される前にスキルのことをざっくりと説明した。
「いや、そうじゃなくってさ……。その弓、相当な強弓だろ……?」
「そんなことはありませんよ」
魔法が付与してあることを伝えようとする矢先、冒険者の女性が弓を貸してくれと手を伸ばした。
言われるがままに渡すと彼女が俺の弓を引く。
弓を引いた途端、彼女の顔が強ばる。
「力が強いだろうってのは何となく分かっていたけど、これほどの弓を容易く引けるとはね……」
「俺にも引かせてくれ」
壮年の男性が彼女から受け取った弓を引く。
やはり顔色が変わり、周囲が響めく。
「兄さん、見かけによらず凄い腕力をしているんだな。それとも、そういうスキルを持っているのか?」
「いえ、力が強くなるようなスキルは持っていません」
工房での六年間の下積みとイジメで力仕事ばかりさせられていたのを思いだす。
他の弟子たちが二人がかりで運ぶような荷物も一人で運ぶのなんて日常茶飯事だった。
「いや、スキルのことは忘れてくれ」
壮年の男性が弓を返しながら、迂闊にスキルについて触れたことを謝罪した。
「いいえ、大丈夫です」
「お兄さん、本気で冒険者をやってみない? その弓の腕とアイテムボックスがあれば引く手数多だよ」
冒険者の女性が真剣な顔で言った。
魔物や盗賊と戦うのはやはり怖い。
何よりも命中精度の方はからっきしだ。
俺はそれを正直に話した。
すると冒険者の女性だけでなく周囲にいた乗客や御者までもが笑いだした。
戸惑う俺に女性冒険者がひらひらと手を振り、
「そうか、怖いか。そうだよね。冒険者のことは忘れてよ」
「でもまあ、商人でも魔物や盗賊と戦うことはあるから少しは戦い慣れをしておいた方がいいぞ」
壮年の男性が力強く肩を叩いた。




