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第6話 索敵の重要性

 コーツ市を抜けて国境を目指す駅馬車に乗り込んだのが昨日のこと。

 十日後にはブリューネ王国とシェラーン王国との国境にあるミュールの町へと到着する予定だ。


 ここまで叔母の差し向けた殺し屋の気配はない。

 ブラント領を抜けたところで追跡の短剣だけが馬車のなかに転がっていたと気付いたなら、国境を越えるまで追いつかれることはないだろう。


 その前に気付いていたとしたら、国境の手前当たりで追いつかれる可能性がある。

 ここから先は合流するひとたちに十分に気を付けるとしよう。


 移動途中は馬車のなかで錬金工房のスキルを磨くことに時間を費やした。

 錬金工房のなかには錬金術で作成した武器や防具、各種アイテムとポーション類が大量に入っている。


「コーツ市で随分と大量のポーションを売っていたが、自分の分はちゃんと残してあるのか?」


 俺の正面に座った壮年の男性が聞いてきた。

 確か、冒険者ギルドで見た顔だ。


「はい、手持ちは十分にあります」


 コーツ市で手持ちのポーション類の半分を売って、食料と錬金に必要な素材をあれこれと買い込んでいた。

 お陰で錬金工房のなかは素材でほぼ満杯である。


「自分が使う分のポーションまで売っちまうような間抜けじゃなくて安心したよ」


「そんな人がいるんですか?」


「商人だったら自分の身の危険よりも金儲けってヤツが少なからずいるからな」


 壮年の男性が笑うと隣の二十代半ばの女性も笑って言う。


「笑えない冗談ね」


 彼女の知り合いの商人が実際に手持ちの武器まで売ってしまったそうだ。

 俺は驚いて聞く。


「その人はどうなったんですか?」


「いまじゃ大金持ちよ」


 驚く俺に女性が言う。


「運良く生き残ったから大金持ちになったんであって、手持ちの武器を売ったから大金持ちになった訳じゃないよ」


 勘違いすると身を滅ぼすよ、と笑われた。

 もしかして、からかわれたんだろうか……?


「生きてりゃ道も拓けるってものよ」


「はあ……」


「ところでお兄さんはどこまで行くんだい?」


 曖昧な返事をする俺に女性が聞いた。

 俺は話題の移り変わりの激しさに面食らいながら答える。


「シェラーン王国です」


「ブリューネ王国との国境付近に開拓村が幾つも出来ているらしいけどそこのどこかかい?」


「母の祖国がシェラーン王国なので訪ねてみようと思っただけです」


 国境付近に開拓村が幾つもあるのは朗報だ。

 錬金術師としても商人としても必要とされそうだな。


「お姉さんはどちらまで行かれるんですか?」


「若い子にお姉さんなんて言われると照れちゃうわね」


 ケラケラと笑うと、ミュールの町へ向かうのだと教えてくれた。

 彼女の兄がミュールの町を拠点にしてシェラーン王国との交易を営んでおり、その手助けのために移住するのだという。


「シェラーン王国の辺境開拓はそんなに盛んなんですか?」


「開拓村を得意先にしている兄さんがあたしを呼び寄せるくらいには盛んよ」


 シェラーン王国に入ったら開拓村を幾つか回ってみよう。

 必要とされるところがあればそこで頑張るのもありだよな。


「開拓村に興味を持ったの?」


「開拓村の存在を知らなかったので少しだけ興味を惹かれました」


「だったら、ミュールの町についたら兄さんを紹介してあげるわ。シェラーン王国側の情報を持っているはずよ」


「お願いいたします」


 頭を下げた。

 その後、正面に座った壮年の男性を交えて他愛のない話題に移ったので、俺はコーツ市で仕入れた素材を使って錬金を始めることにした。


 目を閉じて眠った振りをしながら錬金を続ける。

 しばらくすると、隣に座っていた老人が肩を叩いた。


「若いの、まもなく野営地に到着するそうじゃよ」


「もうそんな時間でしたか」


 外を見ると陽が傾きかけていた。


 ◇


 その後も旅の間中、乗合馬車の乗客は思い思いに時間を潰しながら旅を続ける。

 俺も道中のほとんどを錬金工房のスキルに磨きをかけることに費やした。


「そろそろ、野営地に到着するぞ」


 御者が振り返ることなく大きな声で告げた。


「今夜は野営地を使えるのか、それは助かるのう」


「昨夜は岩場でしたからテントを張ってもゴツゴツして眠れませんでしたからね」


 老人の言葉に壮年の男性が応じた。

 定期的に大規模な隊商や駅馬車、行商人が行き交う街道なので野営地として利用できる場所が幾つか用意されている。


 今夜はそのうちの一つが利用できるようだ。

 馬車から覗くと一キロメートルほど先に石造りの小屋が幾つか見えた。


「先客がいるようですね」


「人っ子一人見えないぞ」


 壮年の男性が目には自信があると言うと、御者も彼を支持する。


「兄ちゃんの見間違いだろ? 俺たちの他にはあそこを利用するような馬車は出てないはずだぜ」


 ここからでは人影が見えないが索敵の指輪ではしっかりと人がいることが分かる。


「俺の目にも人影はありませんが、この魔道具を使えばあそこに二十人以上の人がいるのが分かります」


 左手の中指にはめている指輪を見せて、これが風魔法の索敵が付与された指輪であることを伝えた。

 すると御者が護衛の一人を呼び寄せて言う。


「あの野営地に誰か隠れているかも知れない」


「バカなことを」


 鼻で笑う護衛に俺は予備の索敵の指輪を差しだして自分で確認して欲しいと頼んだ。

 護衛は渋々と承諾して索敵の指輪を付けた。


 しかし、返ってきた言葉は期待外れのものだった。


「何にも分からんな」


「そんなはずはありません。建物のなかで分かりにくいとは言っても二十人以上いるんです。もう一度確認してみてください」


「あのな、兄ちゃん。そもそも風魔法の索敵でこれだけ離れている建物のなかを確認するなんてできないんだよ」


 不安なのは分かるがよけいな手間をかけさせないでくれ、と言って指輪を返された。

 そんな俺に御者が慰めの言葉をかける。


「気にするなよ。初めての旅なんだろ? 不安にもなるさ」


「では、近付いて確認をしてください」


「しつこいなあ、兄ちゃんも……」


 食い下がる俺の言葉に護衛が呆れたように返した。

 そのとき、別の年嵩としかさの護衛が馬を寄せて来る。


「どうした?」


「いやね、この兄ちゃんが野営地に二十人からの人間が潜んでいるのを索敵の魔法で確認した、って言うんですよ」


「ここからか?」


 年嵩の護衛もやはり呆れて俺と野営地とを見た。


「本当です! 近付いて確認をしてください!」


「しつこいなあ」


「まあ、そういうな。どうせ先行させる者は必要なんだ。索敵が出来る者をださせよう」


「ありがとうございます」


 年嵩の護衛はお礼の言葉を笑顔で受け流して、別の護衛を呼び寄せた。


「先行して野営地を索敵してくれ」


「索敵? ですか?」


 呼ばれた護衛が怪訝な顔をした。


「建物のなかに何人か潜んでいる可能性がある」


「直ぐに確認します」


 そう言うと直ぐに馬を前方へと駆けさせる。

 程なくして前方を走る馬車が止まり、先ほどの護衛が馬を飛ばして戻ってきた。


「当たりです! 人数までは分かりませんが、野営地に誰か隠れていました」


「若いの、助かったよ。それにしてもあの距離で大体の人数まで把握できるなんて凄腕なんだな」


 年嵩の護衛はそれだけ言うと俺の返事を待たずに「戦闘態勢を執れ!」と号令しながら馬を走らせた。

 続いて、最初に相談を持ちかけた護衛が申し訳なさそうに頭を下げる。


「疑って悪かったな、兄ちゃん」


「いえ、お役に立てて良かったです」


「隠れているのは盗賊だろうな」


「チィッ」


 護衛がそう言うと御者が舌打ちをし、壮年の男性が革の鎧を装着し始めた。


「普通の利用者は隠れたりしないよな」


「盗賊ってことですか?」


「まあ、そうなるな」


 壮年の男性はそう言うと、俺に相手の数はどれくらいなのかと尋ねた。


「二十人以上います……。でも、建物のなかなので正確な人数までは掴めません」


「こちらの護衛は十五人だが、商人と乗客を合わせればこっちの方が多い。何とかなるだろう」


 壮年の男性がのんびりとした口調で言うと、護衛も口元に笑みを浮かべて言う。


「盗賊なんて元は食い詰めた農民だ。俺たち本職の敵じゃねえよ」


「頼もしいわね」


 女性の言葉に護衛がニヤリと笑って返す。


「もちろん、あんたたちも戦力として考えているからそのつもりで頑張ってくれよ」


「か弱い女をあてにして、情けないわね」


「俺たちがやられたら次はあんたたちだ。だったら力を合わせて生き残ろうぜ」


 俺は思いきって提案することにした。


「魔法が付与された剣や槍って需要ありますか?」


「余分に持っているのか?」


「ええ、二十本以上余分に持っています」


 俺は土の壁、水の刃、火の弾丸、風の刃を付与した剣や槍を貸し出す用意があることを告げた。


「そいつは心強い!」


「兄さん、俺にも貸してくれないか?」


「俺にも頼むよ」


 護衛だけでなく乗客たちまでもが興奮したように騒ぎだした。


 剣や槍に付与した属性魔法は何れも飛び道具――、遠距離攻撃用の魔法だ。

 接近戦の武器を手にした状態で遠距離攻撃ができるのだから攻撃の幅は大きく広がる。


「これで生き残る確率が跳ね上がるぜ」


「兄ちゃん、ミュールの町に着いたら一杯おごらせてくれ!」


 属性魔法が付与された剣や槍を、お礼の言葉を口にしながら受け取る。


 彼らが高揚しているのが分かった。

 もしかしたら、俺は彼ら以上に興奮しているのかもしれない……。


 この心地よさはなんだ!

 他人から認められるって、こんなにも嬉しいものだったのか。


 俺は湧き上がる感情に心地よさを覚え。

 経緯はどうあれ、あの工房を離れて、旅に出て良かったと実感していた。


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