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第5話 盗賊襲撃の後

 盗賊を撃退した翌朝。

 野営地の片隅で朝食の用意をしていると護衛の冒険者が声を掛けてきた。


「昨夜はお手柄だったな」


 冒険者はダミアン・マイザーと名乗ったので俺も逃亡用に用意した偽名を名乗る。


「ルー・クラッセンです」


「盗賊を二人も仕留めたそうじゃないか。他にも結構な怪我を負わせた痕跡があったぜ」


「当てたのは紛れですよ」


「確かに当てたのは紛れかも知れないが、あれだけの数の矢を射られるのはそれだけで十分に武器になる」


 自慢していいぞ、と豪快に笑った。

 昨夜、俺が射た矢の数は全部で二百五十六本。


 そのうちの敵に当たったと思われる矢の数は十本に満たないものだった。

 しかし、そのうちの二本が致命傷となり盗賊二人を仕留めた。


「ありがとうございます」


 しばし、俺のことを黙って見つめていたダミアンが口を開く。


「お前さんの放った矢の数は尋常じゃないって分かっていないようだな」


「えーと、一緒の馬車に乗っている人たちからそんなようなことを言われました」


「実感が湧かねえか?」


「そうですね」


「たった一人であれだけの矢を射られるヤツを俺は他に知らないし、噂でも聞いたことがない。それくらい希少な存在だってことだ」


「珍しいスキルですから」


「戦闘後に現場を確認して俺も驚いたが、あんな数の矢が降り注ぐとは盗賊たちも思っていなかっただろうな」


 ダミアンが「ヤツらの慌てた顔が容易に想像できるぜ」と笑うが、どう反応していいのか分からず、俺は曖昧に笑うしかなかった。

 ダミアンがさらに言う。


「それに盗賊に真っ先に気付いたのもお前さんだって言うじゃないか」


「それは索敵の指輪のお陰です」


「何にしても一言お礼が言いたくてきたんだ」


「よしてください。俺なんて本当になにもしていないんですから」


「自分を卑下するな」


「すみません」


 思わず口癖で謝ってしまった。


「お前さんが盗賊が近付いていることに気付かなかったら、こちらにも被害が出ていたのは間違いない。それを防いだんだ。お礼くらい言わせてくれ」


 ダミアンがお礼の言葉とともに頭を下げた。


「どういたしまして……」


「返しのセンスはないな」


 そう言うと、ダミアンは豪快に笑って元いた場所へと戻っていった。

 入れ違うように同じ乗合馬車に乗っている年配の女性が近付いてきた。


「昨夜はよく眠れたかい?」


「興奮してあまり眠れませんでした」


「初めての戦闘じゃしかたがないよ」


 女性は手にした木の器を俺に差しだして言う。


「少し作り過ぎちゃったから、お兄さん食べてくれないかい?」


「え? 良いんですか」


「お兄さんに食べて欲しいんだよ」


「ありがとうございます」


 温かいスープの入った木の器を受け取ると、


「なんだ、先を越されちまったか」


 昨夜、盾で俺のことを守ってくれた年配の男性と若い男性が並んでこちらへ歩いて来るところだった。

 二人とも手には料理の載った皿を持っている。


「昨夜は守ってくださりありがとうございました」


「兄さんの活躍を手助けできたんだ、俺たちだって鼻が高いってものよ」


「昨夜は助かったよ」


 二人がそれぞれ皿を差し出した。


「えっと……」


「なんだ、遠慮するなって」


「こんなおっさんが作った食事だけど食べてくれると嬉しいよ」


「ありがとうございます」


 俺は二人からソーセージやワイルドボアの肉、炒めた野菜、パンの載った皿を受け取った。


「この野菜は出発する当日の朝市で買ったんだけど、買い過ぎちゃったからな。悪くなる前に使い切りたいんだよ」


「味の方は保証しないが腹は膨れるぞ」


 参ったな、こんなとき何て返せばいいんだ……?


「お腹が空いていたのでとても助かります」


「そうか、腹が減っていたのか」


 年配の男性はそう言って笑うと他の二人も彼と一緒に笑いだした。

 ひとしきり笑うと一緒に元いた場所へと歩き出す。


「ありがとうございます。遠慮なく頂きます」


 俺は彼らの背中に向かってもう一度お礼を言った。


「さて、食事にするか」


 自分で作っていたスープをアイテムボックスのなかにしまい、三人から貰った料理を食べることにした。


「美味い……」


 自然と言葉が漏れる。


 こんなに食事が美味しいと思ったのは何年振りだろう。

 少なくとも見習いとして工房に入ってからは食事が美味しいと思ったことは一度もなかった。


 食事が美味しいと思えるのなんて、六年ぶりかも知れない……。

 それに他人から褒められたり感謝されたりするのも六年ぶりだ。


 改めて工房で過ごした八年間はなんだったのだろうと、暗い気持ちがわき上がった。

 その瞬間、首を振って意識を切り替える。


「もう、工房のことを考えるのは止めよう。せっかくの食事が不味くなる」


 俺は三人から貰った料理を食べながら、いつの間にか涙を流していた。

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