第4話 盗賊との戦闘
少し工夫をしてみるか。
矢を射かけながら錬金工房内にある弓に飛距離向上と威力向上を付与してみたが、あっさりと成功した。
嘘だろ……。
戦闘のついでに出来るようなことじゃないぞ!
矢を射る速度が遅くなったことに敏感に気付いた、盾を構えてくれていた壮年の男性が振り返った。
「どうした? さすがに疲れたか?」
「いえ、大丈夫です。弓の張りが悪くなったので交換する隙をうかがっていました」
心配する男性に笑みを返すと、俺は新たに作成した弓といままで使っていた弓を交換して再び矢を射かける。
手を離れた瞬間に矢がもの凄い速度で夜の闇に吸い込まれていった。
一本射ただけで違いが分かる。
初速が明らかに向上していた。
それは側で盾を構えていた男性にも分かったようでマジマジとした表情で俺を見る。
「疲れ知らずどころじゃないな……!」
「いまの矢、さらに速くなったんじゃないのか?」
壮年の男性だけでなく、もう一人の若い男性も驚いてこちらを見た。
「飛距離向上と威力向上の魔法が付与されている弓を持っていることを思いだしたんです」
「それは大した代物だ、大切にしろよ」
壮年の男性に続いて若い男性が苦笑しながら言う。
「思いだしたって……、随分とのんきな兄ちゃんだな」
「もう一つあるのでよろしければお貸ししましょうか?」
会話をしながらいま手にしている弓と同じものを錬金術と付与魔法で創り出す。
「え? いいのか?」
男性は大切なものなんじゃないのか? と遠慮した。
俺はゆっくりと首を振って言う。
「ここで生き延びないと大切な代物もなにもありませんからね。自分の持っている武器が生き延びる確率を上げるなら喜んで貸し出しますよ」
「いや、俺たちは盾役に専念しよう。俺たちが弓を射る側に回るよりも、兄ちゃんに矢が当たらない方が戦力になる」
若い男性を壮年の男性が止めた。
「そうだね、あたしもそう思うよ」
年配の女性も壮年の男性に同意すると、若い男性は少々惜しそうな顔をしながらも、
「確かにその通りですね」
と盾役に専念することにした。
「ダメだ! こっちは相手の手数が多すぎる!」
「畜生、弓隊でも雇ってやがるのかよ!」
闇夜から盗賊たちの怨嗟の声が聞こえた。
それを聞いた女性がおかしそうに笑う。
「弓隊だってさ、お兄さん」
「無理もないさ」
「連中からすれば信じられない数の矢が降り注ぐわけですから、そりゃあ文句の一つも言いたくなるでしょう」
壮年の男性と若い男性も続いて笑う。
「こうなってくると盗賊も情けないね」
「盗賊の泣き言を聞くってのは気持ちがいいですよね」
「食い詰めて盗賊になったような連中だ。根性なんてないだろうから直ぐに音を上げるのも分かるけどな」
三人にも余裕が出てきたようだ。
そんななか、再び闇夜から盗賊たちの声が聞こえる。
「逆だ! 逆側へ回り込め!」
「こっちは諦めろ!」
「逆側から崩すぞ!」
それを聞いた女性が俺を見ながら言う。
「逆って左側かね?」
「盗賊たちが音を上げたとすればそうだが……、それはそれでヤバいよな」
壮年の男性も俺を見た。
矢の数で圧倒して盗賊たちを寄せ付けなかったが、仕留めたのは一人か二人だけだろう。
分散していた戦力を中央から左側に集中させたことになる。
確かにまずい。
俺は索敵の指輪を使って盗賊たちの動きを確認した。
「こちら側に動ける盗賊は一人も残っていません。戦える者たちは全員中央から左側へと向かったようです」
実際にはまだ中央に合流していない。
俺は弓を引き絞りながら言う。
「矢が届く距離にいるので、追撃します」
「はあ! ここから中央に届くのか?」
「タフだね、お兄さん……」
若い男性と女性が呆れた顔でこちらを見た。
「付与魔法のお陰です」
「そんなことあるかよ。兄さんの底なしの体力と頑丈さだよ」
壮年の男性も呆れる。
まいったな、馬鹿にされたように呆れられるのは慣れているけどこういうのは苦手なんだよな……。
「ともかく、追撃します」
再び俺の連射が始まり、中央付近へと向かう盗賊たちの間から悲鳴と怨嗟の声が上がる。
「随分遠くから怒鳴り声が聞こえるけど……、気のせいだよね?」
女性が男性二人を見た。
壮年の男性は呆然とした顔で首を振って言う。
「俺にもそう聞こえるよ」
女性が若い男性を見たが、若い男性は盾を構えるのも忘れて俺が矢を射る様子を立ち尽くして見ていた。
中央付近を襲撃していた盗賊たちも俺の矢が届くと急に威勢が落ちた。
聞こえてくる声がこちらを威嚇するようなものから悲鳴と泣き言へと変わる。
右側に配置されていたのは護衛のなかでも精鋭だったようで中央付近の盗賊たちの声が悲鳴と泣き言へと変わる前に攻撃に勢いがなくなっていった。
その様子を聞いていた壮年の男性が言う。
「右側は心配するまでもなく盗賊を撃退したようだな。中央も逃走態勢に入っている。俺たちの勝ちだ」
「終わりですか?」
「ああ、もう終わりだ」
「盾で守ってくださってありがとうございました。お陰で恐怖は半分ですみました」
俺の言葉に壮年の男性と女性が笑い、若い男性がからかう。
「なんだ、二人も盾役がいたのに半分も恐怖心が残っていたのか」
「すみません、臆病者なんですよ」
壮年の男性が俺の背中を叩いて言う。
「今夜の殊勲は間違いなく兄ちゃんだ。兄ちゃんがいなかったら俺たちもどうなっていたか分からなかったぞ」
「まったくだ。少しは自信を持てよ。もっと胸を張れ。そうすりゃ女にもてるぞ」
若い男性の言うことに女性が笑いながら反論する。
「なにを言ってるんだい。いまでもお兄さんは十分に魅力的だよ」
いままでこんな風に他人から褒められるなんてなかったな……。
「さて、ゆっくり眠りたいが戦闘の後始末をしないとな」
「ですね」
壮年の男性と若い男性に付いて俺も自分が射かけた矢の回収を兼ねて、双方の被害状況を確認することになった。