第3話 レベルアップ
ブラント領の領都であるリント市を出発して三日目の夜を迎えていた。
予定通りなら明日の昼前にはブラント領を出る。
俺はテントのなかで錬金工房を操作していたのだが、ふと手を休めて親方から貰った追跡の短剣について考えていた。
リント市を出発する際に親方から貰った追跡の短剣をバイロン市へ向かう乗合馬車に放り込み、俺自身はコーツ市へと向かう乗合馬車に乗り込んだ。
向かう方向はほぼ真逆だが、追跡の短剣を放り込んだ乗合馬車がブラント領を抜けるのも明日の昼頃だろう。
しばらく時間は稼げるだろうけど、あの夜の義叔父の雰囲気を考えると諦めるとは思えなかった。
「やっぱり国外へ逃げた方がいいよなあ」
叔母は子爵だ。
生半可な力では復讐することは出来ない。
それこそ返り討ちに遭うのが落ちだ。
「こちらもそれなりの準備をしないとな……」
国外へ逃げて商人として金を貯めて商会を立ち上げる。
その傍らで錬金工房のスキルを磨き、強力な武器や防具、ポーションを作れる様になれば貴族との繋がりも出来るだろう。
金と権力があれば復讐の成功率だって跳ね上がる。
そして、俺の錬金工房なら商人としても錬金術師としても成功出来るはずだ。
つい四日前までは呪われたスキルに思えていた錬金工房が、いまでは女神の恵みにすら思える。
俺も現金なものだよな。
「さて、もう少し錬金術をやってから寝るか」
俺は道すがら錬金工房のなかに収納した各種薬草を使ってポーション類を作ることにした。
理由は単純だ。
コーツ市に着いて直ぐに売れそうだからである。
武器や防具の需要もあるだろうが、消耗品であるポーション類なら間違いなく売れる。
ポーションを作っていると頭のなかに声が響いた。
『錬金工房のレベルが2に上がりました。アイテムボックスの容量が増加しました。土、水、火、風の属性付与が可能となりました』
「いまのは何だ……?」
錬金工房のレベルが上がったと言っていたよな?
スキルにレベルがあるなんて聞いたことがなかった。
錬金工房のなかを思い浮かべるが何の変化もない。
アイテムボックスの容量が増加したと言っていたが、まだ限界まで収納していないのでどれだけの容量が増加したのかも確認のしようがなかった。
「属性付与が出来ると言っていた……」
属性付与は錬金術師の範疇にはない。
あらゆる職人の上位に位置する錬金術師だが、魔法の付与だけは例外だった。
魔法属性を付与して魔道具とするのは付与術士の範疇だ。
そして属性付与が出来る付与術士は希少だ。
なにしろ、付与魔法と何らかの属性魔法のどちらのスキルも所持していないとならないからだ。
それこそ、二属性の付与ができる付与術士が生まれるなんて天文学的な確率だった。
俺の聞き間違いでなければ、土、火、水、風の四属性が付与できると……。
「……まさか、そんなことが出来るのか?」
自分の声が震えているのが分かった。
頭では出来ないと思っていても、感覚が出来ると告げていた。
やってみよう!
俺は鉄の指輪を作り、風魔法による索敵を付与することにした。
風魔法の索敵は空気の動きで周囲の地形や魔物、動物などのおおよその位置や動きを感知する魔法だ。
成功すれば暗殺者が近付いてきても感知できるかも知れない、そんな淡い期待を込めて錬金工房のなかで属性付与を行った。
「成功した……!」
いや、成功したかはまだ分からないはずだ。
しかし、感覚では成功している。
「取り敢えず、使ってみるか」
俺はたったいま作った索敵の指輪を錬金工房から取りだして指へとはめる。
そして、魔力を流した。
周囲の地形が頭のなかに浮かぶ。
同行している馬車隊の人たち、警備をしている人たちの位置と動きが手に取るように分かった。
「本当かよ……!」
まるで夢を見ているようだ。
錬金術師が属性の付与までする?
ありえないことだ。
それは、錬金術師と付与術士と属性魔法のスキルを持っていて初めて可能なことだ。
理屈の上では存在する可能性がある。
しかし、そんな人間が存在するなんて聞いたことがなかった。
「しかも、四属性の付与だ……。もしかして、俺はこの世界で唯一無二の力を手に入れたんじゃないのか?」
呆然としたつぶやきが自分の耳に届いた。
「この索敵、どの程度まで出来るんだろう」
好奇心から再び索敵の指輪に魔力を流し込んだ。
たちまち頭のなかに周囲の地形や人工物であるテントなどが浮かび上がり、人間や小動物などの動くものを感じ取る。
そこにあるはずのない動く物体があった。
形状からして人間だ。
しかも、徐々にこちらに近付いてきている。
俺の頭のなかに「盗賊」と言う単語が浮かび上がった。
「急いで知らせないと」
俺は直ぐにテントを出ると、夜の番をしている護衛の冒険者と同行していた行商の御者に声を掛ける。
「盗賊らしき者たちが近付いてきています」
俺は感知した方向を指さした。
あるのは真っ暗な闇。
昼間の記憶をたどれば、その方向に身を隠せるだけの大岩が幾つも点在していることが思いだせる。
「何も見えないぞ」
「気のせいじゃないのか?」
「索敵の指輪で感知しました」
「魔道具か!」
護衛の冒険者が直ぐに剣へと手を伸ばした。
「距離と人数は分かるか?」
「距離は五百メートルくらい先で人数は十五人です」
「この方向以外から近付いてくる様子は?」
「今のところありません」
「よくやった、俺は仲間に声をかけてくる。君も同じ乗合馬車のメンバーに声を掛けてくれ」
「はい」
「私も店主に知らせてきます」
御者も直ぐに動く。
その場を離れて乗合馬車の人たちが集まっているところへと移動すると、ほとんどの人たちが既に眠っていた。
取り敢えず起きていた二人に声を掛ける。
「盗賊が近付いてきています。護衛の人たちが迎撃態勢を整えていますが、我々も万が一に備えるようにとのことです」
「盗賊か……。どのくらいの規模なんだろうな」
「大人数だとシャレにならないぞ」
「盗賊の数は十五人です」
二人が驚いた様に俺を見たので
「これは風魔法の索敵が付与された指輪です」
指輪をしている右手を見せてそれが索敵の指輪であることを告げた。
「凄いものを持っているな」
「いまは盗賊への対応が先だ」
「兄さんは他の皆を起こしてくれ」
「俺たちは護衛の人たちと合流する」
「はい、分かりました」
俺は寝ている人たちを順に起こして回った。
最後の一人を起こしたとき、左手の方から護衛の人たちの声が夜の闇に響く。
「右側に回り込んだヤツらがいるぞ!」
「え? 右側ってこっちじゃないのかい?」
革の盾と短剣を手にして怯える女性に
「全部で十五人だって? だったら、四、五人こっちに回り込んでもおかしくないな。だがな、それでも人数はこっちの方が多いんだ!」
長剣を携えた壮年の男性が「大丈夫だ」と安心させるように笑った。
俺も道中で作成した弓矢を引き絞る。
敵の姿は見えないが索敵の指輪で不審な動きをする者を感知していた。
その方向めがけて矢を放った。
「ウグッ」
小さなうめき声が聞こえた。
「兄ちゃん、やるじゃないか!」
「索敵の指輪で感知した方角に矢を射ただけです。当たったのはたまたまですよ」
「それでもお手柄だ」
壮年の男性は隣の二十代半ばの男性に声を掛ける。
「俺とお前さんで兄ちゃんの盾になる。兄ちゃんには俺たちの背後から矢を射かけて貰おう」
「動かなくて良いのは助かりますね」
二十代半ばの男性がニヤリと笑って応じた。
俺は二人の後ろから暗がりに向けて矢を放つが、最初の一射以降まったく当たらない。
続けざまに五十本以上の矢を放っている。
そのお陰で敵が近付くのを防げていた。
「弓だ! 弓を射ている連中を黙らせろ!」
盗賊たちの混乱している声が闇夜に響く。
「ダメだ、近づけねえ!」
「どんだけ矢を持っているんだ!」
索敵の指輪でも盗賊たちの混乱具合が分かるが、彼らの声は指輪以上にその混乱振りを伝えていた。
しかし、声の数が減る様子はない。
「やはり最初の一射目は紛れだったようです」
「矢はまだあるか?」
壮年の男性が矢の残り本数を気にかける。
「はい、十分にあります」
「アイテムボックス持ちだとは知っていたが、どんだけ矢を持っているんだ?」
なるほど、矢の残り本数か。
初めての実戦ということもあり、戦闘中に矢の残り本数を気にするという感覚がなかった。
錬金工房のなかにはまだまだ素材がある。
それこそなくなったら作れば良いだけ、と考えて残りの本数を気にすることなく射続けていた。
なおも索敵の指輪で感知した方向へ次々と射続けていると若い男性が振り返って言う。
「なあ、兄ちゃん……。随分と矢を射ているけど手は大丈夫なのか?」
「手? 手がどうかしましたか?」
何を言っているんだ?
「いや、大丈夫なら良いんだ……」
男性が再び視線を前方に戻すと、俺の隣にいた年配の女性が俺の右手をマジマジと見る。
「お兄さんの手は随分と頑丈に出来ているんだね……」
そういうことか!
素手で矢を射続ければ感覚が麻痺したり手の皮が剥けたりする。
俺は休みなく連射することが普通でないとこのとき初めて気付いた。
俺が持つ自己回復のスキルがこんなところで役立つとは思ってみみなかったな。
「自己回復というスキルを持っているんです」
自分自身の疲れや怪我を自動で回復するスキルを持っていることを告げた。
「疲れ知らずのスキルか。そいつは羨ましいな」
「疲れ知らずですか……、そうかも知れません」
振り返れば、精神的に疲れたことはあっても肉体的に疲労困ぱいしたことはなかった。
それどころか多少の怪我なら二、三日寝ていれば治る。
もしかしたら凄いスキルなのかも知れない。
考えてみれば、錬金術にこだわって自己回復や気配遮断のスキルを磨こうともしなかった。
それどころか、スキルの可能性に考えたことすらなかったな。
「アイテムボックスといい、そのスキルといい、兄ちゃんは神様に祝福された側の人間だな」
祝福か……。
蔑まれることはあっても羨ましがられることはなかったな。
「そうですね。神に感謝するばかりです」
錬金術に固執するだけでなく、他のスキルの可能性やスキル同士を組み合わせて何が出来るかも模索してみよう。
俺は湧き上がる歓喜を抑えて、再び矢を射るのに集中した。