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第26話 特異な錬金術

 集会所での宿泊に必要なものを一通り錬金術で揃えると、グレイグ・ターナーはパーシー・マクスウェルとクラーラ・サザーランドを伴ってルー・クラッセン、ジェシー・リンドとともに広場近くにある空き地へと向かった。

 空き地に到着すると他の開拓村から来た村人たちまで交ざって彼らのことを遠巻きにしている。


「随分と注目されているな」


 他の開拓村の村人たちからすれば、話題となっている錬金術師と神官が揃っているだけでも気になるのに、領主が派遣した責任者と後任候補二人と一緒だというのだから彼らに視線が集まるのも無理からぬことである。


「集中できないようなら人払いをしますが……?」


「大丈夫です」


 グレイグの心配にクラッセンが笑顔で応えた。


「それじゃあ、早速お願いできるかな」


「村長の許可を先に取った方がよろしいのでは?」


 クラッセンが錬金術で馬車小屋を作製するところを早く見たいと焦るパーシーをクラーラが心配そうに見る。

 しかし、パーシーは「グレイグさんと私たち二人が許可したんだ、村長に許可をもらう必要はないだろ?」と笑顔で一蹴した。


 それでもルー・クラッセンは視線でグレイグに確認する。

 すると、グレイグが力強くうなずいて言う。


「問題ありません。馬車小屋と馬小屋の作製をお願いします」


「それでは馬小屋から設置します」


「ちょっとまってくれ。材料はどこにあるんだ?」


 行き成り錬金術を始めようとするクラッセンにパーシーが驚いて聞いた。

 集会所で様々なモノをアイテムボックスのなかにあるという材料で作製したのを目の当たりにしている。


 それでも馬車小屋一つをアイテムボックスの材料だけでまかなえるとは思えなかった。


「材料はアイテムボックスのなかにあるので問題ありません」


「馬車小屋一つ分の材料がかい!」


「馬車小屋を四つと馬小屋を三つ作ろうと思っています」


 その材料すべてがアイテムボックスの中にあるのだと告げた。


「からかっている、んじゃないよ、な……?」


「ご覧の通りです」


 クラッセンはそう言葉にしながら、空き地の片隅に馬車四台が余裕で格納できるほどの馬車小屋を出現させる。

 その馬車小屋を目の当たりにすると、彼ら三人だけでなく遠巻きにしていた騎士たちや他の村からの来訪者たちも息を飲んだ。


 静けさが辺りを支配した数瞬後、周囲の者たちから響めきが上がる。


「あっという間に馬車小屋ができたぞ!」


「噂以上じゃないか!」


「凄い錬金術師だってのは本当だったんだ!」


 騒ぎだす村人たちをグレイグがジェスチャーで押しとどめると、


「これだけのモノを作製したのですから、さすがに疲れたでしょう。静かなところで少し休みましょう」


 そう言って集会所へ戻るよううながす。

 しかしクラッセンは静かに首を振る。


「大丈夫です」


 空き地に向かって再び意識を集中すると、次の瞬間、新たに三つの馬車小屋が出現する。

 パーシーとクラーラが息を飲み、周囲の人たちが驚きの声を上げるなか、


「次は馬小屋を作ります」


 とクラッセンが事もなげに言った。

 彼のその言葉に錬金術を良く知る者たちは改めて息を飲む。


 領内屈指の錬金術師でも最初に出現させた馬車小屋一つを作製するのに一時間以上かかる。

 まして、連続で作るなど不可能だった。


 それは錬金術師としての能力以前に魔力が不足するからである。

 グレイグは眼前の青年の錬金術師としての能力と魔力量に改めて驚嘆する。


 そして周囲の者たちが驚くなか、三つの馬小屋が同時に出現した。


 ◇


 支援物資が運び込まれたその日の夜。

 外では支援物資を譲ってもらおうとして集まった周囲の開拓村の人たちを交えて宴が催されていた。


 その様子を集会所の二階の窓から覗いている者が三人。

 この開拓村の領主代行の後任候補であるパーシー・マクスウェルとクラーラ・サザーランド、そして物資搬入の責任者のグレイグ・ターナーである。


「あそこで酔い潰れているのは村長じゃないのか?」


 パーシーが呆れたようにため息を吐くと、グレイグが静かに肯定する。


「そのようですな」


「村長解任は正解のようだな」


 つい先ほど、三人で話し合い、マッシュの村長解任を決めたところだった。


「ジェシー・リンド様は後任を快諾くださるでしょうか……?」


「他に適任者がおりません」


 任命すれば受けざるを得ないのだが、それでも納得して引き受けて欲しいとの思いがある。


 昼間、村長候補として二人の人物と会話をしていた。

 一人はジェシー・リンドで、もう一人はドリス。


 能力的には申し分ない二人だったが、おっとりした性格のドリスでは村人たちをまとめるのは難しいと判断した。

 その点、リンドは神官と言う職業もあって初対面でも敬われる立場にある。


「できれば、納得して引き受けて頂きたいです」


「温厚で面倒見の良い青年です。彼を村長とし、ドリスに補佐をさせればこの村は問題ないでしょう」


 不安そうなクラーラにグレイグが言い切った。


「他の開拓村はどうするんですか?」


 パーシーの言葉にクラーラも反応する。


 パーシーにしてもクラーラにしても既に統治者代行として管轄している開拓村があった。

 当然、そちらも気になる。


「ルー・クラッセン殿には他の開拓村の手助けをして頂きたいところですが……」


 とグレイグが言葉を濁した。


「近隣の開拓村を幾つか統合することをお祖母様に相談してみようと思うんだけど、グレイグさんはどう思われますか?」


「賛成です」


 パーシーの言葉にグレイグが即答した。

 グレイグも同じことを考えていたのだが、そうなるとルー・クラッセンを手中にした後継者候補が抜きん出ることになる。


 決して混戦状態と言えない後継者争い。

 既に幾つもの実績を残しているパーシーがルー・クラッセンを手中にすれば後継者としての地位は揺るぎないものとなるだろう。


 クラーラがルー・クラッセンを獲得すればパーシーに並ぶどころか、半年と経たずに立場が逆転する可能性すらある。

 それはどちらも領主であるアンジェリカ・マクスウェルの望むところではなかった。


 パーシーの案に賛成したグレイグだったが、懸念を顔に出して言う。


「マクスウェル家に対してあまり良い印象は持っていないでしょうから、慎重にことを進めないと彼を失うこととなるでしょう」


「シャーロット姉様もよけいなことをしてくれたよな。いや、シャーロット姉様がバカなことをしてくれたお陰でこちらに可能性が回ってきたと考えれば感謝すべきか」


「ルー・クラッセン様は当家にお力添えくださるでしょうか……?」


 三人の視線が一人の青年の上で止まった。

 三人の脳裏に昼間の出来事が蘇る。


「素晴らしい錬金術でした。それに……随分と変わっていました」


 ルー・クラッセン本人は、アイテムボックスの中でしか錬金術が使えないのだ、と苦笑いを浮かべていたがそんなことなど問題にならない程の錬金術だった。


「まさか馬車小屋三つが完成品で飛び出すとは思わなかったよ」


 パーシーの背筋に冷たい汗が流れた。

 グレイグも同じ思いでうなずきながら言う。


「聞けば村人の家屋のほとんどをアイテムボックスのなかで作成して完成品として出現させたそうです」


「私はそれほど多くの錬金術師を知りません。ですが、私の知る限りの錬金術師のなかでもクラッセン様は飛び抜けています」


 王都で師事した国内でも五指に入ると言われている錬金術師の顔がクラーラの脳裏をよぎる。


「ルー・クラッセン殿は特異な錬金術師であり、希有な能力を秘めた錬金術師であることは間違いありません」


 グレイグは自分の言葉にパーシーとクラーラがうなずくのを確認して続ける。


「最優先は彼を失わないことです」


「抜け駆けなんてするつもりはありませんよ。私はシャーロット姉様やブラッド兄さん、オズワルドのように利己的ではないつもりです」


 パーシーは、大きな失態をして領主であるアンジェリカ・マクスウェルの不興を買った三人を引き合いに出した。

 彼の実兄であるブラッドとクラーラの実兄であるオズワルドは領都で享楽に興じ、開拓村を他人任せにしたことで早々に脱落をしている。


 そして、最も有力だと思われていた孫たちのなかでも最年長のシャーロットの失脚。

 これで競争相手はまだなんの実績もない十四歳のクラーラだけである。


 パーシーにとって焦る要因はなかった。

 余裕の笑みを浮かべて言う。


「相応の報酬を用意して、他の開拓村の充実に協力をしてもらいましょう」


「私もパーシー兄様の意見に賛成です」


 クラーラはそう口にすると、躊躇うように続ける。


「あの特異な錬金術は秘密にした方がいいように思えます。そのことをクラッセン様にお伝えしないと……」


 彼女の声が震えていた。

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