第24話 後任候補
病気になったり怪我をしたりしたときのための対策と衣食住の改善、これらが真っ先に必要なことだと俺とジェシーが話し合った末の結論だった。
病気と怪我については常備するポーションと薬を増やす。
これは主にジェシーが請け負う。
ポーションや薬に必要な薬草と素材を彼が集め、ポーション作製と創薬を俺が手伝う。
次の衣食住だが、まずは住から手を付けることにした。
村の集会所と個々の家を俺が錬金術を使って作製する。
村人全員を収容してあまりある広さの集会所と教会こそ錬金工房のなかで組み立てられなかったが、四人家族が住むのに不自由しないだけの家屋は余裕で作製できた。
マッシュさんが口を滑らせたのはそのことなのだろうと想像は付くが、問題はどこまで口を滑らせたか、だ。
調子に乗って十日余で村の建物をすべて建て替えた俺にも問題はあるが、自分の口から説明をするのと他言無用の約束をしておきながら吹聴されるのとでは大違いだ。
そこの線引きだけはしっかりとしておかないと今後に不安を残す。
「マッシュさん、他所の開拓村の人たちにどこまで話をしたんですか?」
「医療関係と建築に関しては私たち二人にお任せ頂けるというでしたよね? 加えて言うなら他言無用のお約束もしていたと記憶しています」
集会所に入るなり、俺とジェシーがマッシュさんに詰め寄る。
「いや、その……。申し訳ない」
酒の臭いをプンプンさせながら頭を下げるマッシュさんにジェシーがなおも詰め寄る。
「謝罪は謝罪として受け入れますが、どこまで話をしたのか教えてください」
「どこまで……」
必死に思いだそうとしている様な気がする……。
嫌な予感しかしない。
「そうです。外で騒いでいる人たちに話した内容を教えてください」
扉の向こうでは、自分たちの村に出張して家を建てて欲しいとか、動けない患者のために往診して欲しいという声が幾つも聞こえる。
「皆が村の発展に驚いていたんだ。なにしろ、教会と集会所だけじゃなく一人住まいの家まで町中でさえ滅多に見ないような立派な建物になっていたからね」
まあ、そうなるよな。
他の村から尋ねてきた人たちの口から何れは広まるだろうと思っていたことだ。
しかし、予定より早まったのは困りものだ……。
「それでも最初は約束通りなにも言わないでいたんだ。本当だ、信じてくれ」
「信じますから先を続けてください」
すっかり意気消沈したマッシュさんをジェシーがうながす。
「村の発展を祝って、ってことで酒が出てきて……」
「酔っ払ってしまい、口が滑ったと言うことですね?」
「面目ない」
「さて、本題です。どこまで話をしましたか?」
「実はよく憶えていないんだ」
マッシュさんは「申し訳ない」と、俺とジェシーを拝むように謝罪した。
懸念していたことが的中したよ。
「憶えている範囲で良いから教えてください」
「マッシュさんに聞くよりも外の人たちに聞いた方が早いし確かだと思うんだが、どうだろう?」
「そうですね……。そうしましょうか」
俺とジェシーは安堵するマッシュさんを集会所に残して、外に集まった人たちと話をするために扉を開けた。
瞬間、我先にと殺到する人々。
圧倒されそうになる俺たちだったが、急に人々の反応が小さくなった。
続いて聞こえる、支援物資と食糧が届いたことを知らせる声。
この村の村人はもちろん、他の村から集まった人たちまで支援物資を積んだ馬車隊を迎えるために村の広場へと駆けだした。
「取り敢えず、助かりましたね……」
「できれば、マッシュさんがどこまで話をしたのかを先に確認しておきたかったけどな」
俺は更に面倒なことになりそうだと思いながらそう口にした。
「私はそうでもないでしょうけど、クラッセンさんは大変なことになりそうですね」
「最悪のことを想定して問答を考えておくよ」
「村人からの質問攻めに合うよりも、シャーロット様からあれこれと探られる方が楽かも知れませんよ?」
ジェシーはそう言うと軽い口調で笑った。
心にもないことを言う。
二十人の村人よりもシャーロット様の方が手強いのは分かっているだろうに……。
「何れにしても、お互いに他の開拓村へ出張することにはなりそうだな」
「クラッセンさんがポーションや薬を作れると分かったときから覚悟はしていました。この村だけでなく、近隣の開拓村の人たちを少しでも救えるなら私としては嬉しい限りです」
「前向きだな」
「嫌々やらされる仕事は精神的に疲れます。ですが、同じ仕事でも自分の意思でやれば終わった後で活力が湧いてきます」
騙されたと思って試してみませんか? と笑う。
「何となく分かるよ」
振り返れば、錬金術師として修行をしていた前半の三年間は『錬金工房』のスキルが開花するかも知れないとひたむきに頑張れた。しかし、後半の三年間は精神的にも疲れ果てていたのだといまなら分かる。
「では、明るい未来を信じて皆のために働きましょうか」
「見本的な神官だな」
「そう言ってくれるのは辺境の人たちだけです」
一瞬、暗い顔をしたが、それに気付かぬ振りをして広場へと向かった。
◇
俺とジェシーが広場へ到着すると十二台編成の馬車隊が到着したところだった。
「随分と多いな」
こちらが要求した食糧と支援物資にしては十二台の馬車隊というのは多すぎる。
物資輸送のためとはいえ騎士も前回の倍以上いた。
「貴人が乗る馬車が二台ありますね」
「シャーロット様だけじゃないということか……?」
「どうでしょう」
「シャーロット様と同格の貴人が二人だとしたら、騎士の人数もうなずけるな」
騎士の人数も気になるが顔ぶれも違和感があった。
見覚えのある騎士はあの年配の騎士だけだ。
確か、名前はグレイグ・ターナーとか言ったな。
グレイグさんは俺とジェシーを見つけると、にこやかに微笑みながら馬を近付けてきた。
「錬金術師殿に神官殿、元気なようでなによりです」
「食糧と支援物資をお届け頂き感謝いたします」
「約束ですからな」
そう言うと、「話は変わりますが」と話題を変えた。
「村が見違えるように発展しましたな」
そりゃあ、気付くよなあ……。
俺は内心で苦笑いをしながら答える。
「村の皆さんに協力を頂いて、公共の施設や家屋の立て直しをいたしました」
「錬金術師が主導したのですか?」
「成り行きでそうなりました」
シャーロットたち一行が村を立ち去ってから二十日余。
数が少ないとは言えその短期間で村の建物を建て直したのだから、一般的な錬金術師の能力を超えていることは明白だ。
「二人とは村長を交えて少々込み入った話をしたいと思っていたのですが……。村長抜きで話をする時間も取ってもらうことになりそうです」
話をするのは決定か。
「お話を伺うくらいはします。ですが、前回もお話したようにシャーロット様の配下になるつもりは……、少なくとも私はありません」
「神官殿はどうですか?」
俺の含みのある回答でジェシーにはシャーロットの部下になる意思があるのか、と期待の籠もった視線が向けられた。
「私は神聖教会の神官です。申し訳ございませんがご期待には添いかねます」
「村には十日ほど滞在する予定です。その間にゆっくりと説き伏せるとしましょう」
落胆する素振りすら見せずに鷹揚に微笑んだ。
「随分と長期の滞在ですね」
十二台の馬車隊の理由が判明した。
貴人と騎士が長期滞在するための諸々の物資だったのか。
「実はこの開拓村の領主代行がシャーロット様から別のお方に替わることになりました。そのお披露目と村の現状を把握するための長期滞在です」
「貴人の馬車が二台あったのはシャーロット様とその後任の方だったんですね」
納得したようにうなずくジェシーにグレイグさんがゆっくりと首を振る。
「後任の候補はお二方です」
ここで十日間過ごした後、本家へ戻ってからどちらが正式に後任となるのかが決まるのだそうだ。
そのとき、村人たちの間から響めきが湧いた。
俺も自然と響めく村人たちの視線の先を見る。
そこには顔立ちの整った二十歳前後の青年と成人前と思われる美しい少女がいた。
どちらも珍しい銀髪が特徴的だ。
「男性はパーシー・マクスウェル様、女性はクラーラ・サザーランド様。お二方ともマクスウェル辺境伯様のお孫様です」
「お二人が後任候補と言うことですか」
「後任候補でもあり、後継者候補でもあります」
「そんなことを一介の村人に話しても大丈夫なんですか?」
「問題ありません」
口元を綻ばせるグレイグさんにジェシーが話しかけた。
「先ほども申し上げましたが、私は神聖教会に在籍する神官なので仕官先がシャーロット様なのかそれ以外なのかというのは関係ありませんから」
ジェシーに先手を打たれた。
逃げに入ったな。
申し訳ないとジェスチャーで伝えるジェシーから視線を逸らしてグレイグさんを見た。
ジェシーに続いて俺もクギを刺そうとした瞬間、
「神官殿の事情は最初から予想できていました。それについてはご領主様も納得してくださっています。しかし、錬金術師殿はシャーロット様との相性だけが問題でしたので、ご領主様も是非ともお会いしたいとおっしゃっていました」
本命は俺か……。
「それは光栄です」
「事情を汲んでくださり感謝いたします」
俺とジェシーの声が重なった。
「荷物を下ろしたら二人に声を掛けるので近くにいるようにお願いします」
グレイグさんは満足げな表情でそう言うと、馬を牽いて後任候補の二人へ向かって歩きだした。
『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、【ブックマーク】と【評価】をお願いいたします
下部の星マークを【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】にすることでご評価頂けます




