第22話 錬金工房 レベル3
お待たせいたしました
復活です
張りつめた空気のなか弓を引き絞り、二百メートル以上先の牡鹿に狙いを定める。
聞こえてくるのは風に揺れる樹木の微かな音と鳥や虫の鳴き声。
距離はあるが外す気がしない。
俺の手を離れた矢が牡鹿の後頭部を貫く。
短い悲鳴を上げて牡鹿が倒れると傍らで息を潜めていたネリーとカールが歓声を上げた。
「凄い! あんなに離れていたのに……!」
「また一撃で仕留めた!」
騒ぐ二人をよそにヴィムさんが感嘆の言葉を発する。
「本当に凄い腕前ですね」
「ありがとうございます」
俺の弓の腕が凄いのではなく、弓と矢にかけられた付与魔法が凄いのだが、それを言うわけにもいかずなんとも言えない居心地の悪さを覚えてしまう。
「カール、血抜きをしにいきましょう」
そういうとネリーとカールの二人が走りだした。
そんな二人の背中にヴィムさんが「気を付けろよ」と声を掛ける。
ここ数日繰り返される光景だ。
俺は錬金術師として働く傍ら、村でただ一人の狩人であるヴィムさんの手伝いも行っている。
最初はヴィムさんと二人だけで森へ入っていたのだが、五日前からネリーとカールも同行していた。
ネリーとカール、二人が鹿の血抜きをする様子を微笑ましそうに見つめるヴィムさんに聞く。
「娘さんには狩人になって欲しいんですか?」
「本音を言えば狩人にもなって欲しくないんですけどね」
ヴィムさんが「過保護なのは分かっています」と照れくさそうに笑った。
親の気持ちか……。
何となく分かる気がするがそれを口に出すのは躊躇われた。
俺が無言でいるとヴィムさんが一人話を続ける。
「娘のスキルが冒険者や狩人に向いていることは知っていますが、親としては冒険者はして欲しくありません。いえ、危ないことをして欲しくないんですよ」
本人から聞いたわけではないが、この五日間で彼女がどんなスキルを持っているのかは大体察しが付いた。
恐らく身体強化系と気配察知に類するスキルだろう。
「お気付きでしょうが、娘は身体強化のスキルを持っています。畑を耕すのにも、荷物を運ぶのにも役に立ちます」
「将来は農家に嫁いで欲しいんですか?」
「贅沢を言えば、町の商家にでも嫁いでくれればと思っています、が……勉強嫌いのお転婆ですから無理でしょう」
と笑いだした。
「俺でよければ読み書き算術を教えますよ」
「え? よろしいんですか?」
開拓村の識字率は低かった。
まともに読み書きができる人は十人程度だろう。
算術に至っては俺とジェシーを含めても四人しかいない。
これから村を拡大するにあたり、読み書きと簡単な算術ができる人間は必要になってくる。
新たな入植者に期待するのではなく教会で読み書き算術を教えてはどうか、とジェシーと相談していたことを話した。
「クラッセンさんが教えてくださるならネリーも素直に勉強すると思います」
「教える対象は子どもや若い人たちだけでなく村人全員です。読み書き算術はできた方が今後のためですよ」
「本気ですか……?」
「マッシュさんに相談して了承を頂いたら、ですけどね」
俺がそう言うと、なんとも言えない複雑な表情でヴィムさんが話題を変える。
「今日の獲物はもう十分でしょう。鹿を収納したら村に戻りましょうか」
「まだ昼前ですよ」
「今日はご領主様から支援物資と食糧が届く日なので、クラッセンさんだけでも早く切り上げさせて欲しい、とマッシュにクギを刺されているんです」
なるほど、支援物資の員数確認要員か。
「村人全員が読み書きと算術ができれば、こういうこともなくなりますから、やっぱり勉強は必要でしょう」
「そうです、ね……」
俺がニヤリと笑うとヴィムさんがなんともバツの悪そうな顔をした。
村人の大半がこういう反応をするんだろうな。
「クラッセンさーん!」
「後頭部のド真ん中に命中してましたよ!」
手を振るネリーとカールに「いま行く」と俺も手を振って応える。
「騎士団を待たせたら何を言われるか分かりませんし、鹿を収納したら戻りましょうか」
「文句を言われることはないと思いますよ」
俺の脳裏にシャーロットが浮かんだ。
「そう願いたいですね」
俺はヴィムさんと連れだって仕留めた鹿へと向かって歩きだした。
ネリーとカールのもとへとたどり着くとヴィムさんがネリーとカールに言う。
「今日の狩りはこの辺りで切り上げて村へ戻るぞ」
「えー、まだイノシシ三頭と鹿一頭しか狩ってないよ」
「もう少しダメですか?」
ネリーとカールが、干し肉を作りたいからもう少し狩りをしたい、と言い出した。
しかし、領主からの支援物資とオーガ討伐の際の報酬として大量の食糧が届くことを告げると二人の顔色が変わる。
「え? それって今日なの?」
「それじゃ、今夜はご馳走が食べられるんだ!」
「今日の獲物は今夜のご馳走だな」
干し肉用の獲物は明日狩りにくるということで落ち着いた。
「鹿を収納しますね」
吊されている鹿を錬金工房へと収納した。
そのとき、突然、頭のなかに声が響く。
『錬金工房のレベルが3に上がりました。アイテムボックスを区割りできるようになりました。土、水、火、風の属性付与の調整ができるようになりました。属性付与の詳細が鑑定できるようになりました』
旅の途中、ポーションを作っていたときに響いた声と一緒だ。
レベル3だと……?
「どうしました?」
ヴィムさんだけでなく、ネリーとカールも俺を見た。
「何でもありません。些細な用事を思いだしただけです。大丈夫ですから村へ戻りましょう」
「クラッセンさんがそうおっしゃるなら……」
「大切なご用ですか?」
「考えておかなければならなかったことを思いだしただけだよ」
心配そうに見上げるネリーに微笑み、考え事をしながら後から付いていくと告げた。
すると三人が揃って歩き出す。
俺は逸る気持ちを抑えて錬金工房のなかをのぞき込む。
取り敢えず、この場で直ぐに確認できそうなのは鑑定だな。
錬金工房のなかにある『命中精度向上』を付与した矢を鑑定すると『命中精度向上(大)』と表示されていた。
命中精度向上(大)か。
そりゃあ、よく当たるわけだ……。
三人の後ろを歩きながら矢に属性魔法を付与しようとすると……、命中精度向上(大)(中)(小)と精度の段階が表示された。
任意に精度の段階を調整できるのか。
これはありがたい。
命中精度(小)の矢なら村人に配っても大きな問題にはならなさそうだ。
しかし、問題は命中精度(大)のさらに上に表示された『必中』だ。
必中を含めてレベルアップした錬金工房の検証をする必要がありそうだな。
俺はそんなことを考えながら三人の後に付いて村へと歩を進めた。
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