第2話 乗合馬車
いや、落ち着こう。
錬金工房のなかに収納した素材で錬金術ができるか試してみないと。
その前に、どれだけの量を収納出来るのかも確かめないとダメだし、鑑定だってどこまで出来るのか確認しないと。
興奮からやらなければならないことが次々と頭の中に浮かび、どんな順番で熟さなければならないのかの整理が付かなくなってしまった。
「一旦、落ち着こう」
今度は口に出して自分に言い聞かせる。
まずは気配遮断を発動させて人々の意識と視線が向かないようにする。
「よし、これで多少の独り言や不自然な行動も問題ないはずだ」
次に錬金工房の能力を確認する。
といっても説明書きがあるわけじゃないので試行錯誤するしかなかった。
「まずはアイテムボックスの機能だ」
足元に残した手荷物も錬金工房のなかへと収めてみるとあっさり収納出来た。
容量の限界はまだ感じないな。
「もしかして、この機能だけでも商人として成功出来るんじゃないのか?」
急に未来が拓けたような錯覚を覚える。
いや、成功するかは容量次第だ。ここは慎重になろう。
いま俺が収めただけでも大きめの背負い袋一つと大きめの手提げカバン一つ。
容量の確認だけなら岩でも樹木でも適当に収納してみれば分かるだろうが、これ以上ここで試すのは無理だな。
道中、隙をみて試してみるとしよう。
「次は鑑定だ」
親方から貰った金属を鑑定すると一つが高純度の鋼、他のもう一つは高純度の鉄であると表示された。
「薬草はどうだろう」
回復薬の材料になる回復の薬草、毒消し薬となる毒消し草など、貰った薬草を次々と鑑定していく。
どれも自分が知っている知識通りに表示された。
「これだと鑑定の範囲が分からないな」
自分が知っている範囲のことしか分からないのか、鑑定スキルと同様に自身の知識外のことまで分かるのかも確かめたいな。
俺は手持ちの荷物を片っ端から鑑定してみることにした。
鑑定の結果は上々だ。
恐らく通常の鑑定スキルと同様の能力を発揮していると考えていい。
問題は通常の鑑定スキルが見ただけで発動するのに対して、俺の鑑定スキルは錬金工房のなかでしか使えないということだ。
使い勝手の上では通常の鑑定スキルよりも数段劣る。
「少し残念だな」
気付くとそう溢していた。
俺は自分の贅沢さに思わず苦笑してしまう。
「次はいよいよ、錬金だ」
高純度の鋼と鹿の角に意識を集中する。
イメージするのは小ぶりのナイフ――、刃渡り十五センチの鋼の刀身に鹿の角の柄。イメージが固まったところで一気に魔力を流し込む。
すると、錬金工房のなかにたったいまイメージしたナイフが出現した。
当然、素材となった鋼と鹿の角はない。
「出来た!」
思わず叫んでいた。
俺はたったいま作ったナイフを錬金工房から取りだして手に取った。
俺の錬金工房スキルは、もしかしたら錬金術スキルの上位互換の可能性がある。
その可能性が頭に浮かんだだけで胸が高鳴る。
「焦るなよ……。まずは他の国へ逃げ延びて力を付ける。全てはそれからだ……」
ナイフを持つ手が震えていた。
◇
俺はマリウス親方に告げたバイロン市ではなく真逆の方角にあるコーツ市へと向かう乗合馬車に乗ることにした。
二台の乗合馬車と行商の馬車が一台。
合計三台の馬車隊である。
護衛も乗合馬車一台に三人ずつと行商の護衛が五人の十一人と、この規模の馬車隊にしては護衛が多いことも決め手となった。
「お兄さん、随分とご機嫌じゃないの」
乗合馬車で俺の正面に座った三十代半ばの女性が俺のことをシゲシゲと見ながら言った。
「そうですか?」
「さっきから顔がニヤけているよ」
しまった。
無意識のうちに浮かれていたようだ。
「今日、旅立ちなんですよ」
「へー、一人前ってことかい。おめでとう」
「ありがとうございます」
その後、軽く言葉を交わして再び錬金工房の検証――、対象物を錬金工房へ収納するのに必要な条件の検証へと戻る。
ここまで馬車のなかから周囲に気付かれないよう、岩や石、樹木を収納したり取り出したりしていた。
その結果に俺自身驚いている。
ここまで分かったことを整理しよう。
あの若い商人がやっていたように対象物に手をかざすといった動作は不要。
さらに、距離も十メートルの範囲なら自在に収納と取り出しができた。
一度に収納できる重量も恐らくは一トンを超えているし、これまで収納した総重量は十トンを超えているはずだった。
あの若い商人が一度にアイテムボックスに収納した重量は三百キログラムくらいだった。
それでも周囲の人たちは驚いていたし、本人も得意げだった。
俺が持っている錬金工房スキルの収納能力はアイテムボックスの上位互換の可能性が出てきたのである。
自然とニヤけてしまったのも無理はないよな。
さて、次は錬金術だ。
俺は収納した岩から少しずつ鉄鉱石を取りだして一振りの長剣を作りだした。
自画自賛になるが親方の作る剣よりも遙かに優れたものだ。
俺は錬金工房から剣を取りだして自身の目で改めてみる。
「お兄さん、抜き身の剣を馬車のなかで手にするのはやめておくれよ」
正面の女性が怯えるように言った。
「すみません」
「あんちゃん、もしかしてアイテムボックスのスキルを持っているのか?」
隣の男性が聞いた。
突然、何もない空間から抜き身の剣を取りだしたらアイテムボックス持ちだと思うよな。
「ええ。とは言っても、容量は凄く小さいんですけどね」
貴重品と予備の武器を入れれば満杯になる程度だと笑って返す。
「それでも羨ましいよ」
「兄さんは商人になるのか?」
別の男性が聞いた。
アイテムボックス持ちなら貴族に雇われるか商人になるのが一般的らしい。
「まあ、そんなところです」
言葉を濁すと、先ほどの若い商人の話題へと移った。
「そう言えば、今朝、門のところでアイテムボックス持ちの商人がいたな」
「私は見ていましたが、凄い容量のアイテムボックスでしたよ。馬車三台分を楽々と収納していました」
あの若い商人と同じ都市に向かう乗合馬車に乗ることも考えた。
錬金工房の能力に気付くきっかけを与えてくれた訳だし、もしかしたら他の気付きを得られるかも知れないとの打算もあった。
しかし、それ以上にあの若い商人が危うく思えた。
得意げに大容量のアイテムボックスを見せびらかし、多額のお金を自分に投資させて商品を買い付ける。
あまりにも軽率に映った。
「兄さんも容量が小さいからって気落ちしなさんな。アイテムボックスを持っているだけで成功の道は切り拓けるよ」
「そうだよ、自分の分の荷物だけだって十分じゃないか」
「ありがとうございます。容量は小さいですけど、何とか活かせるよう頑張ります」
そのとき、御者が昼食を兼ねて休憩をすると告げた。