第19話 錬金術師と神官
「手柄はシャーロット様と配下の騎士に譲るということで異論はないな?」
「異論はありませんが、質問はあります」
俺とジェシーとで行動不能にしたオーガ二体。
そのとどめと素材をシャーロットとその騎士団に譲ることでジェシーと話がまとまった。
「どんな質問だ?」
「手柄を譲る対価としてシャーロット様に何を求めるんですか?」
「面倒を避けたいだけだ、と言ったら信じるか?」
「信じません」
人懐っこい笑顔であっさりと言われた。
二人で二体のオーガを行動不能にできると知れ渡れば、俺たち二人を配下にしたいと考える貴族たちがでてきてもおかしくない。
それを説明した上で言う。
「少なくともシャーロットの配下にはなりたくないと思っただけだ」
「誰か他に目星を付けている人がいるんですか? たとえば他の後継者か……、或いは他領の領主への仕官を考えているとか?」
「それだったら自分たちの手柄にした方がいいだろ?」
「確かにそうですね……」
一瞬、思案するような表情を浮かべた後でうなずく。
「そんな条件だと逆に怪しまれて痛くもない腹を探られますよ」
ジェシーが村のためになるような条件も用意しようと提案した。
「具体的には?」
「直ぐには浮かびません。道すがら考えましょう」
笑ってそう答えると、何かに気付いたように前方を見据える。
俺も釣られてそちらを見ると、シャーロットに同行した騎士たちのなかで、ただ一人の年輩の騎士がたたずんでいた。
もしかして戦闘を見られたか! と身構えそうになったが何食わぬ顔で話しかける。
「約束通り無茶をしない範囲でオーガ二体の足を止めました」
「手柄を譲るにしては随分な言いようですね」
隣を歩くジェシーが呆れたようにささやいた。
「オーガ二体を二人で足止めした事実は消えないからな。放っておいても何れ噂は広がるさ」
「なるほど」
ジェシーが一人納得したように口元を綻ばせる。
何を察したのか尋ねようとする矢先、年配の騎士が口を開く。
「オーガは動けないのか……?」
どこか虚ろな目をしている。
「オーガの両目と両脚の機能を奪いました」
背後でうめき声を上げている二体のオーガが既に死に体であることを告げると、年配の騎士は強ばった顔で俺とジェシーを見つめる。
「君たち二人は、何者だ……?」
「錬金術師です」
「神官です」
「そう、だな。そうだった……」
そんなことを聞いているのではない、と目が語っていたがそれ以上の追求はなかった。
俺は背後で苦悶の声を上げるオーガを一瞥して言う。
「騎士様方をこちらに向かわせて頂けませんか?」
年配の騎士が不思議そうな顔をした。
「何故とどめを刺さなかったのかね?」
「わざわざ我々のために遠征して頂いたのです。シャーロット様と騎士様方の手柄にして頂こうと考えましたが、ご迷惑でしたでしょうか?」
「それは……、若い騎士たちも感謝するだろう」
喜ぶとは思うが、感謝して貰えるとは思えないな。
内心で苦笑しながら言う。
「その対価として幾つかお願いをしたいのですがよろしいでしょうか?」
「私の口から約束することは出来ないが、シャーロット様に進言すると約束しよう」
「ありがとうございます」
一介の騎士の立場ではそのあたりが限界だろう。
年配の騎士が「ところで」と話題を変えた。
「君は火魔法も使えるのか?」
貴族と平民という身分差があるとはいえ、スキルのことについて尋ねるのは褒められた行為ではない。
俺はあからさまに不機嫌な顔をして言う。
「スキルの詳細についてお話しするつもりはありません」
「そうだな、すまなかった」
心底申し訳なさそうに頭を下げた。
騎士が平民に頭を下げるなど聞いたことがなかったので、俺とジェシーは思わず互いに顔を見合わせた。
「頭を上げてください。そんなつもりで言ったわけではありません」
「いや、私の配慮が足りなかったのは事実だ」
本当に申し訳ない、と重ねて謝罪の言葉を口にした。
そして感嘆したように言う。
「本当に素晴らしい火魔法だった」
「先ほどの爆発は火魔法ではありません。火魔法の付与された矢を持っていたのでそれを使いました」
補充の効かない貴重な代物を使ったのだと告げる。
「感謝する」
「ちなみに、目を射貫いた矢にも命中精度向上の魔法が付与されていました」
自分たちの技量だけではとてもではないが動き回るオーガの目を射貫くなど無理なことだと白状した。
「命中精度を向上させる系統のスキルを持っていたのではなかったのか……」
「ご期待を裏切るようで申し訳ありません」
「私も彼が持っていた命中精度向上の矢を使わせて貰いました」
「そう、だったのか……」
俺とジェシーの言葉に年配の騎士は落胆を隠せずにいた。
しかし次の瞬間、ハタと気付いたように彼の顔に精気が戻る。
そして口にしたのは予想通りの言葉。
「君は錬金術師だと言ったね? 使った矢は君が作ったものなのか?」
ここまでの道中、錬金術師と付与術師の知識に乏しい人たちから同じような質問をされた。
年配の騎士は自分で口にした言葉に驚き、狼狽しながら否定の言葉を口にする。
「いや、そんなことはあり得ないな……」
それはそうだろう。
属性魔法が付与出来る錬金術師など歴史を振り返っても聞いたことがない。
属性魔法を付与するには、付与魔法と属性魔法の両方のスキルを所持していないとならない。
悲しいかな、付与魔術のスキルを持っていても属性魔法のスキルを持っていないとその付与魔術は宝の持ち腐れとなる。
故に属性魔法の付与出来る付与術師は希少でその地位は高い。
この世界で授かるスキルは最大で三つ。
歴史を振り返っても二つの属性魔法を付与出来る付与術師は二人しかいない。
俺は混乱する年配の騎士に言う。
「俺は錬金術師であって付与術師ではありません。属性魔法が付与された矢は祖国の友人たちから餞別として貰ったものです」
嘘を吐いた。
友人なんて一人もいない。
「君の友人と貴重な代物を使ってくれたことに改めて感謝する」
俺たち三人はシャーロット様と騎士たちが戦っているところへと向かって歩きだした。




