第18話 対オーガ戦(3) (三人称)
ドリスの放った水の弾丸を左膝に受けて倒れこんだオーガの両目を、騎士たちの後方から飛来した矢が射貫いた。
「グギャー!」
「オーガの左右の目を射貫いた!」
オーガの苦悶の叫びに続いてルー・クラッセンの声が森のなかに響き渡る。
「本当か?」
「何だと!」
シャーロットと年配の騎士の驚く声が重なった。
しかし、見つめる先は違う。
年配の騎士の視線がルー・クラッセンとジェシー・リードの上に留まった。
「いまのは……、あの二人なのか……?」
「ゴアアアー!」
突然視界を奪われたオーガが半狂乱になって暴れだし、年配の騎士のつぶやきがオーガの悲鳴にかき消される。
左膝に損傷を受けて倒れ込んでいたとはいえ、八十メートル以上先の動く標的を一撃で射貫く。
それほどの弓の名手が果たして国内にどれだけいることか。
少なくとも領内では思い当たらなかった。
驚きの視線を二人に向ける彼の耳にシャーロットの声が響く。
「隊列を組み直せ! 魔法攻撃を集中させろ!」
大盾を構えた四人の騎士が横一列に並び、その後ろに攻撃魔法を担当する三人の騎士、最後尾の二人が弓を引き絞る。
水、火、風と複数の属性の攻撃魔法がオーガを襲う。
攻撃魔法に耐えながら立ち上がろうとするオーガの左膝に一人の騎士が放った火球が直撃した。
ドリスの放った水の弾丸で肉を大きく抉られていた左膝。
その傷口に直撃した火球は、着弾と同時に大きく爆ぜた。
「よし! 俺の火球がオーガの膝を壊したぞ! オーガの片脚と両目を潰したぞ!」
騎士たちの間から歓声が上がる。
「行ける! 行けるぞ!」
「俺たちだけでオーガを倒せる!」
自然と口元が綻ぶ。
しかし、そこへ「気を緩めるな!」とシャーロットの叱責が飛ぶ。
続く、彼女の攻撃指示。
「右だ! 今度は右脚を狙え!」
「女! 攻撃魔法だ! 残る右脚を狙え!」
騎士の一人が後方へと引いたドリスを再び戦列へと呼び戻す。
「オーガは弱っているぞ!」
「一気に片を付けよう!」
若い騎士たちの攻撃がオーガの頭部へと集中する。
集中攻撃を受けているオーガが、自分たちを追撃する余力のないことを見て取った年配の騎士がシャーロットに具申する。
「シャーロット様、撤退を!」
「お前は逃げることしか考えていないのか!」
彼を怒鳴りつけたシャーロットが他の騎士たちに向かって号令する。
「頭蓋は硬い! 喉だ、喉を狙え!」
視力と機動力を失ってパニックになっているいまがチャンスだ、と騎士たちにハッパをかけた。
「シャーロット様、もはやあのオーガは相手にするのは時間が惜しいです。ここは迫る二体のオーガを攪乱しながら撤退をしましょう」
「くどい! 父上の代からの筆頭家臣とはいえ、少し言葉が過ぎるぞ!」
シャーロットが焦っているのは承知していた。
後継者争いが激化するなか、頭一つ抜きん出ているうちに自分が後継者だと周囲に認めさせたいのだろう。
そのためにも実績が欲しいのも分かる。
「同行した騎士たちでは戦力不足です」
「随分な言いようだな。お前が鍛えた騎士たちであろう」
開拓村の魔物討伐に彼が選んだ騎士たちは精鋭揃いだった。
しかし、シャーロットは「華がない」という理由で覆した。
「彼らは未熟だと申し上げたはずです」
「だが、まもなくオーガを倒すぞ」
そのオーガを死に体に追い込んだのが開拓村の女性と若者二人であることに気付いていないのか、と年配の騎士は愕然とした。
彼の視界の端に森を駆ける二人の若者が映る。
年配の騎士が視線をルーとジェシーに向けるとシャーロットも彼の視線の先を追って二人視界に捉えた。
「貴様たち、どこへ行く!」
二人の背後に向けてシャーロットの声が響く。
「こちらに向かっているオーガを足止めします」
「死ぬぞ! 戻れ!」
生意気な若者とはいえ領民である。
無闇に死地に向かわせるのは忍びなかった。
「無茶をするつもりはありません!」
ルーは走る速度を緩めるとシャーロットを振り返ってさらに言う。
「いま、騎士たちが袋だたきにしているオーガの両目を射貫いたのは俺とジェシーです。つまりは、それくらいの力量はあると言うことです」
その言葉にシャーロットが驚きのあまり目を丸くした。
だが、直ぐに気を取り直す。
「運を己の力だと勘違いするな!」
「自分の力は分かっているつもりです!」
「命が惜しいので無茶はしません」
ルーとジェシーはシャーロットに向かってそう告げると再び速度を上げた。
「こちらのオーガにとどめを刺したら応援に向かう! 無茶はするな! 必ず生き残れ!」
二人の背に向かってそう叫んだ彼女に年配の騎士が聞く。
「銀髪に琥珀色の瞳はお嫌いだったのでは?」
「大嫌いだ! 大嫌いだが、私の指揮下で村人を死なせたくはない」
領民を思う心があることがせめてもの救いだ、と年配の騎士は思う。
彼は迫る二体のオーガの足止めに向かった若者二人が、無事に戻ることを祈るような気持ちでその後ろ姿を目で追った。
「あの二人、死なせたくはありませんな」
「ここは私と残った騎士たちで十分だ。お前はあの二人が無茶をしないよう助けてやれ」
「よろしいのですか?」
「行けと言っている!」
シャーロットは年配の騎士に背を向けると、騎士たちの攻撃が集中するオーガへ視線を向けた。
「畏まりました」
目の前で転げ回っているオーガがシャーロットに害を成すことはないだろうと判断すると、彼はルーとジェシーの二人を追って駆けだした。
◇
年配の騎士がルーとジェシーの二人を見つけたのは、二体のオーガが二人に向かって走りだしたときだった。
既に交戦状態だったか!
彼がそう思った刹那、オーガの足元で爆発が起きた。
「まさか、火魔法なのか……?」
錬金術師と神官。
錬金術のスキルと光魔法、どちらも希少で有用なスキルだった。
それ以外にも、二人とも弓系のスキル――、それも命中精度が向上する系統のスキルを所持していると考えていた。
それだけにここで攻撃魔法が飛び出したのは予想外だった。
オーガの足元で二回目の爆発が起きる。
「二度も外した?」
弓矢の命中精度に比べると攻撃魔法の命中精度は落ちるのか、と一人納得したそのときオーガが雄叫びを上げて手にした棍棒をルーへと投げつけた。
オーガの投げた棍棒が大木に当たり周囲に鈍い衝撃音が轟く。
森のなかがざわめく。
そのなかをオーガがルーの隠れている大木目指して走りだした。
間に合わない!
年配の騎士がそう思った瞬間、弓を引き絞った態勢でルーが大木の陰から飛びだした。
「やめろー! 弓矢でどうにかなる相手じゃない!」
年配の騎士の悲痛な叫び声が爆発音にかき消される。
爆発で土と落ち葉が舞う。
彼の視界からルーの姿が消えた。
「弓を引き絞った状態で火魔法を使ったのか!」
国内でも有数の弓の技量に加えて十分な殺傷力のある火魔法が使えることに愕然とする。
続けざまに爆発音が轟くなか、年配の騎士はその火力の凄まじさに身を震わせていた。
若者の有望さに胸が高鳴った。
自らの部下に迎えたいと切望した。
爆発音が止み、土煙のなかから二人の若者が姿を現す。
オーガの苦しげなうめき声が響くなか、談笑をしながら悠然と歩いていた。




