第17話 対オーガ戦(2)
「貴様たち、どこへ行く!」
俺とジェシーが駆けだすと背後からシャーロットの声が聞こえた。
「こちらに向かっているオーガを足止めします」
「死ぬぞ! 戻れ!」
意外にも心配をする言葉が返ってきた。
「無茶をするつもりはありません!」
騎士たちがとどめを刺そうとしているオーガの両目を潰したのが俺たち二人だと告げると、
「運を己の力だと勘違いするな!」
シャーロットがもっともらしいことを口にした。
「自分の力は分かっているつもりです!」
「命が惜しいので無茶はしません」
俺とジェシーはそう告げると走る速度を上げる。
背後でシャーロットが何かを言っているのは分かったが、ハッキリとした言葉としては捉えられなかったので振り返ることなく走り続けた。
並走しながらジェシーが聞く。
「ところで、勝算はあるんですか?」
「付いてきておいて、いまさら聞くことでもないだろ?」
ジェシーは念のためですよ、と笑って話を続ける。
「アーマードベアを一撃で仕留めた爆裂魔法が付与された矢。あれが五本もあるのなら足止めも可能だろうと思っています」
「あの矢なら三桁の本数を持っている」
「驚きました」
あまり驚いていない顔だ。
「使うか?」
「間違って爆発なんてしませんよね?」
「鏃にある程度の衝撃が伝わらないと爆発しないから安心してもらって大丈夫だ」
ジェシーに爆裂の魔法が付与された矢を差しだすが、
「いやいや。それって全然安心出来ないじゃないですか」
と苦笑いを浮かべて受け取りを辞退された。
俺は爆裂系の魔法が付与された矢を錬金工房のなかへと収納し、替わりに十本ほどの矢の束を取りだす。
「これは命中精度を向上させた矢だ」
「こちらの方が私には合っているようです。ありがたく使わせて頂きます」
「見えた!」
二百メートルほど先、巨木の合間から二体のオーガが姿を現した。
「二体同時ですか……」
ジェシーが顔を曇らせた。
「手間が省けたじゃないか」
「前向きですね」
「十二歳からの六年間、後ろ向きに生きてきたからな。これからは前向きに生きていく事に決めたんだ」
「それ、見習わせて貰うことにします」
「ゴアー!」
俺と目のあったオーガが咆哮を上げてこちらを棍棒で指すと、それに合わせてもう一体が俺から見て右側へと回り込む動作をする。
もしかして連携したのか?
錬金術師の工房にいた頃――、まだ少年だった頃にオーガの素材を直接持ち込む冒険者からオーガ討伐の話を聞いて心躍らせたことがある。
しかし、オーガがコミュニケーションを図って連携を取るなど聞いたことがない。
「いま右側に移動したオーガ、左側のオーガの指示に従ったように見えなかったか?」
「同じ群れなら連携くらいはしますよ」
当たり前のように答えた。
まだまだ知らないことが多いな。
内心で苦笑しながら聞く。
「オーガの知能はかなり高いと考えた方が良いのか?」
「少なくとも一体が両目を射貫かれたら、残った一体はそれを警戒した動きをするはずです」
知能はゴブリンよりも上だと言った。
「手間が省ける、と言ったことは取り消す。二体を分断して叩こう」
少なくとも互いがどんな攻撃を受けているのか分からないようにしたい。
「具体的にはどうやりますか?」
「爆裂系の魔法が付与された矢を使って二体を分断する。巨木がオーガの視界を遮ったら目を狙ってくれ」
「分かりました、やってみましょう」
俺とジェシーは、互いに左右に分かれて走り、それぞれ巨木の陰に身を隠した。
最悪は付与する爆裂魔法の火力を上げた矢を使おう。
錬金工房のなかに収納してある火力を上げた矢を確認する。
数は二十本。
十分だ。
命中精度向上と火力を上げた爆裂魔法、両方の魔法が付与された矢でオーガの目を射貫く……。
頭蓋が幾ら固くとも内側から脳を破壊すればオーガとはいえ倒せるだろう。
だが、それは最悪の場合だ。
二匹のオーガが巨木へと差し掛かった。
いまだ!
巨木を挟んで左右に分かれた瞬間を待って左側のオーガの足元に矢を撃ち込む。
爆発に驚いたオーガの進行方向が変わった。
よし、次だ!
右側のオーガの足元にも同じように矢を撃ち込む。
足元の爆発にたじろぎ二、三歩後退したところで踏みとどまると、矢を放った俺のことを真っ直ぐに睨み付けた。
目が合った瞬間、オーガは咆哮を上げ、手にした棍棒を投げつける。
慌てて大木の陰へと身を隠す。
すると俺が身を隠した大木に棍棒が当たり、鈍い衝撃音が轟き大木と大地とが揺れた。
棍棒って投げるものじゃないだろ!
状況を確認しようと大木の陰から顔を出した瞬間、急速に距離を詰めるオーガの迫力に背筋が凍り付く。
地面から伝わる振動が恐怖をかき立てる。
オーガが五十メートルとない距離に迫っていた。
距離のアドバンテージが消えた!
落ち着け!
まだ間に合う!
命中精度向上と爆裂魔法の付与された矢をつがえて弓を引き絞る。
狙いは迫るオーガの足首。
矢が放たれる直前、オーガの進行方向が変わった。
まさか、読まれたのか?
不安からか何かに心臓を鷲掴みにされたような感覚が襲う。
足首を狙った矢はオーガの足元に突き刺さり、轟音を伴って爆発をした。
爆風でよろめいたオーガの右手が先ほど投げた棍棒へと伸びる。
進路を変えたのは武器を手にするためか!
俺は矢継ぎ早にオーガへ向けて矢を放つ。
地面に転がる棍棒へと伸びるオーガの右手。
「グガア!」
爆音とともにオーガの右手の指が何本か吹き飛ぶ。
続けて足首と膝に狙いを定めて矢を放つ。
右手の痛みで動きが鈍ったのか、矢は吸い込まれるようにしてオーガの左足首と左膝に命中した。
続く爆発音とオーガの叫び声。
ジェシーの方はどうだ?
「ガアアー!」
左目を射貫かれて半狂乱になったオーガがジェシーの隠れている巨木へと向かって走り出した。
こちらには目もくれていない。
同じように足首と膝を狙って矢を放つ。
三連射。
一本は外したが二本はオーガの右膝を捉えた。
爆発音とともにバランスを崩したオーガが地面に転がり大木に衝突する。
「ガアアア!」
苦しげな咆哮を上げながら矢を射た相手を探すようにオーガは残った右目をさまよわせた。
その右目に矢が突き刺さる。
「グア!」
ジェシーの放った矢だ。
念のため残った脚も潰しておこう。
俺とジェシーは手分けをしてオーガの両目と両脚の機能を奪った。
「あちらはまだ片付いていないようですね」
「ドリスさんやヴィムさんたちが無茶をさせられていないか心配だ。こいつらは放っておいて向こうの様子を見に行こう」
俺とジェシーは未だオーガと交戦している騎士たちのところへ向かって歩きだした。




