第15話 魔物狩りの朝
この開拓村の統治を代行しているシャーロット・マクスウエルが魔物狩りのための部隊を率いて到着したのが昨日のこと。
翌日の早朝。
昨日の質素な歓迎に不満を漏らしていた騎士たちも、昨夜とは打って変わってやる気に満ちた顔をしていた。
そしてその中央にはシャーロット・マクスウェルがいる。
ジェシーが小声で言う。
「まさかシャーロット様が自ら魔物討伐の陣頭指揮を執られるとは思ってもいませんでした」
「そうだな」
馬車から降りた彼女が革鎧に身を包んでいたので、もしかして、とは思ったがそのことは敢えて口にはしない。
「クラッセンさん、リードさん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」
アーマードベアに襲われていた少年たちがこちらへと足早に寄ってきた。
冒険者登録をしてパーティーを組んでいる五人である。
リーダーはたったいま挨拶をした少年。
「やあ、ユーイン、おはよう」
「おはよう」
ジェシーと俺が挨拶を返すと他の少年たちもリーダーであるユーインに続いて次々と挨拶をした。
ブライアンが憧憬の眼差しを向ける。
「クラッセンさんとリードさんがいるなら今日の魔物狩りは楽勝ですよ」
「クラッセンさんはともかく私のことはあまりあてにしないでくれよ」
ジェシーが笑って流すが少年たちの信頼はかなり厚いようで、直ぐに反論と過去の実績が飛び出した。
それを聞く限り、手にしている短槍も相当な腕前だが腰に帯びた剣の腕もかなりのものであることがうかがえる。
ジェシーの戦闘力が水魔法と風魔法の使えるドリスさんよりも上だと言うことは本人の口から聞いている。
彼の性格からして自分を大きく見せるようなことはしないだろうから、他にも何らかの攻撃系のスキルを持っているか、光魔法による攻撃魔法にも長けているか、なのだろう。
「ドリス、索敵役を頼む」
「はい」
シャーロットと会話をしていたマッシュさんがドリスを呼ぶと、彼女はよく通る声で返事をして駆け寄った。
「お前の護衛に二人の騎士が付く。安心して索敵に専念しろ」
「畏まりました」
シャーロットは次にこちらを向いて指示をだす。
「先頭と最後尾は我々が受け持つ。お前たちは中央だ。守られているからといって左右への警戒を怠るなよ」
凜とした声が響いた。
最も危険な先頭と最後尾を受け持ってくれるのはありがたい。
貴族特有の横柄さは顕著だが、領民を使い捨ての駒程度にしか考えていない領主が多いなか、ここの住民はなかなかに恵まれているな。
「さあ、出発ですよ」
ジェシーに背中を押された俺は彼の隣に並んで森の奥へと向かった。
◇
辺境の開拓地だけのことはあるな……。
森に入って二時間余、周囲の景色が一変した。
巨木とはこういう木のことを言うのだろう。
直径二メートル以上あるような木がチラホラと視界に入るようになった。
話に聞いた「原生林」という単語が頭に浮かぶ。
「こんな景色初めて見ましたよ」
「俺もだ。ちょうど原生林って単語が頭に浮かんだところだよ」
「なるほど、ぴったりですね」
「先ほどからお前たち二人は口数が多いな」
ピクニックではないのだぞ、とシャーロットが睨んだ。
すると、周囲の騎士たちも「誰のために討伐に来ていると思っているんだ?」「身勝手な連中だな」などと蔑みだす。
領主と領民、それも開拓民の関係である。
開拓村の魔物の討伐は領主側の義務だし、そのことは開拓民募集の要項にも記載されている。
とはいえ、そんなことを言える訳もなく俺はただ口をつぐむだけだった。
騎士たちが、蔑みと罵倒を繰り返したところで、シャーロットが鼻で笑いながら形だけは騎士たちを止める。
「こんなヤツらでも領民だ。言ってやるな」
続く騎士たちの失笑。
「私たち、嫌われちゃったようですね」
「嫌われたのは俺だけだろ」
その瞬間、足を止めたシャーロットが振り返って真っ直ぐに俺を見た。
「察しが良いじゃないか、銀髪」
彼女の琥珀色の瞳が射るように俺を見つめる。
「私は銀髪が大嫌いなんだ! 特に琥珀色の瞳をした銀髪はな!」
「そんな、理不尽な……」
「理不尽? 結構! 今度ふざけた口を利いたら丸坊主にするからな!」
シャーロットはそれだけ言うと踵を返して再び歩き始めた。
俺とジェシーは彼女から距離を取って村人たちの最後尾を進むことにした。
さらに進むこと三十分余。
「樹木のせいで陽の光が届きませんね」
生い茂った樹木の間から射し込むわずかな陽射しを見上げながらジェシーがつぶやいた。
薄暗い原生林に樹木の間から射し込む幾つもの陽射しが光の柱のように見える。
そこだけ切り取れば幻想的な風景だ。
「光よりも蒸し暑さだよ」
「確かに」
ジェシーは苦笑いをすると「この蒸し暑さは不快感を掻き立たせますね」と続けた。
「それに集中力も削ぐ……」
俺は気を引き締めるよう周囲の人たちに告げた。
そのとき、索敵の指輪に反応があった。
左から人間ほどの大きさの魔物が五匹と右前方から大型の魔物が近付いている。
索敵役のドリスさんを見るがまだ気付いていないようだった。
大型の魔物との距離は五百メートルほどで、人間ほどの大きさの魔物との距離は約三百メートル。
どちらも拓けたところなら視認できる。
「大型の獣か魔物がいます」
ドリスさんが右前方を指さした。
「距離は分かるか?」
「あの三つ重なったとても大きな木の向こう側です」
騎士の一人が聞くとドリスさんは申し訳なさそうに答えた。
「ここからでは視認が難しい。回り込むぞ!」
シャーロットの指示が飛び、騎士たちが一斉に右側へと移動する。
俺たちも彼らに続いて移動する。
人型の魔物との距離が取れるので出会い頭の接敵や不意打ちを食らうことはないだろう。
移動途中に視認できた時点で警告を発するのでも十分に対処出来る。
そう判断した俺は騎士とともに大型の魔物を討伐することにした。
「合図だ」
先行していた騎士から手による合図が発せられた。
俺には何が何だか分からなかったが、それを読み取ったヴィムさんの顔が瞬時に強ばる。
「どうしました?」
「オーガ……」
ヴィムさんはそう口にした後で、自らの言葉を否定するように首を振った。
「不味いですね……」
ジェシーが不安げな顔をした。
騎士の戦力を把握していないので断言は出来ないが、オーガを倒すのに騎士が十人必要と言われているそうだ。
「なら、戦って勝てない戦力じゃないだろ?」
騎士が十人と村人が九人、十分に戦えるだけの戦力に思えた。
「オーガは単独でいることが少ないんです」
オーガは四、五匹で群れを作る。
しかし、フォレストウルフのように常に近くにいるのではなく、それぞれ五百メートルから一キロメートルくらい離れて行動しているそうだ。
つまり、戦闘になれば索敵の範囲外にいるオーガが増援にくる可能性が高いと言うことだ。
ジェシーの不安を裏付けるように騎士たちの間にも動揺が走る。
「戦力不足と判断したようです」
ヴィムさんが騎士たちの間でやり取りされる合図を読み取った。
無理な戦いを避けて撤退する。
判断としては正しいのだろう。
しかし、こんな近くにオーガの群れがいると分かれば村人たちの間に不安が募る。
何とも歯がゆいな。
そのとき、視界の端に三匹のゴブリンを捉えた。
先ほどから索敵の指輪で感知している人間ほどの大きさの魔物だ。
「ヴィムさん、ゴブリンです」
俺は左側面から近付いてくるゴブリンたちを指さした。
距離は二百メートル。
障害物はあるが射程圏内だ。
幸い、視認したゴブリンの武器は剣と短槍で、飛び道具の類いは持っていない。
「投石が来るぞ! 大木の陰に隠れろ!」
ヴィムさんはそう言うと、即座に俺とジェシーを見て話を続ける。
「私は騎士にゴブリンが迫っていることを知らせます。お二人は子どもたちをお願いします」
俺とジェシーが首肯すると同時にゴブリンたちが騒ぎだす。
「ギャ、ギャ」
「ギャギャッ!」
その声に騎士たちも気付いた。
騎士の一人がゴブリンに向けて矢を放つと、応戦したゴブリンの投石が騎士を掠めて大木の向こうへと消えた。
「オーガに気付かれた!」
オーガを視認できる位置に移動していた騎士の一人が叫び声を上げて駆けだす。
「戦うしかなさそうですね」
ジェシーが顔を引きつらせる。
「オーガとの戦闘経験は?」
「ありません」
即答だった。
俺は弓に矢をつがえながら言う。
「オーガは一旦騎士に任せて俺たちはゴブリンを先に片付けるぞ」
「ゴブリンならやれます」
「おい! 俺たちもやるぞ!」
「ゴブリン程度なら俺たちだってやれる!」
年長の三人が鼓舞するように声を掛け合うその側でオーガの咆哮が響き、
「落ち着け! 前衛は盾で防御だ。攻撃魔法を足元に集中しろ! 機動力を奪え!」
慌てる騎士たちを指揮するシャーロットの声が聞こえた。
撤退準備を決断したところに、第三勢力の不意打ちを側面から受けてオーガに気付かれたのだから慌てるのも分かる。
むしろ、この状況で騎士たちを叱咤し、指示を飛ばしているシャーロットを賞賛すべきなのだろう。
しかし、そんなことを理解したり褒めたりしたところで状況は悪化するだけだ。
「ゴブリンを片付けたら、俺はオーガを仕留めに行くが一緒に来てくれるか?」
騎士との連携は考えずに自分たちだけでオーガを倒したいと告げた。
「騎士を出し抜くんですね。後が怖そうですが面白そうです」
やりましょう、とジェシーが口元を綻ばせた。




