第13話 来訪者
「ヴィムさん、デリアさん、お久しぶりです」
ジェシーが他の四人を引き留めて会話を始めてくれたお陰で俺は命の恩人であるヴィムさんとデリアさんの夫婦と三人で会話することができた。
「お久しぶりです、ブラント様」
夫のヴィムさんに倣ってデリアさんも深々とお辞儀をして俺のことを「ブラント様」と呼んだので慌てて止める。
「事情があっていまはルー・クラッセンと名乗っています」
「そうでしたか」
「そうですよね……」
歯切れの悪い受け答えに続いて二人が複雑な表情をした。
どうやら俺の実家のことをある程度知っているようである。
それでも念のため告げる。
「実家のことをどこまでご存じか知りませんが……、少々複雑な事情があり素性を隠しています。俺がブラント子爵家の血縁であることは黙っていて頂けませんでしょうか」
「承知致しました」
「もちろんでございます」
「それと、いまは平民なので畏まった態度を取らないで頂けると助かります」
「そう、ですよね。分かりました」
ヴィムさんがそう言った傍らでデリアさんも微笑んでうなずく。
ジェシーと会話をしているネリーの方をチラリと見てデリアさんが聞いた。
「娘には、ネリーにはクラッセンさんのことをどうお話ししましょう?」
「お嬢さんは俺のことを憶えていないようでしたが、ヴィムさんのところに大怪我をした俺が運び込まれたことは憶えているでしょうか?」
大怪我をした昔の俺――、ルドルフ・ブラントといまの俺――、ルー・クラッセンとが繋がることを警戒して聞いた。
「幼かったとは言っても衝撃的な出来事でしたので憶えています」
「クラッセンさんを見つけたのもネリーでしたから……」
ヴィムさんとデリアさんが口を揃えて言った。
やはり憶えているか……。
「そのときの少年がブラント家に縁のある者だと言うことを彼女は知っていますか?」
俺の質問に二人が静かに首を振った。
「ご領主様ご夫婦の死に関わることでしたので、ネリーにも詳しいことは話していません」
俺はヴィムさんの言葉に安堵した。
しかし、あのときの少年が俺だと彼女に知られない方がリスクは低い。
「ヴィムさんとデリアさんとは故郷であるブリューネ王国でお世話になったということにして頂けませんでしょうか?」
こちらの意図を理解した二人が即座に承諾の返事をした。
そしてヴィムさんが言う。
「どのような関係だったかだけでもこの場で話を作ってしまいましょう」
「そうですね。向こうもこちらが気になっているでしょうから絶対に後で聞かれますよね」
俺は軽く笑って話を続ける。
「錬金術師としてブラント領に出向いたときにヴィムさんと一緒に仕事をしたというのでは如何でしょうか?」
「私の仕事は猟師ですが?」
ブラント領に住んでいたときも猟師を生業としていたと言った。
好都合だ。
「では、弓や矢の手入れについて私の師匠に相談に来たことにしましょう。そのときに私と会って、私に弓矢の使い方を教えてくれた恩人と言うことで如何でしょうか?」
とっさに組み立てた作り話なので、後で幾らでも取り繕えるよう、あまり細かなことは決めずにおくことにした。
二人が納得したところで俺はジェシーに向かって軽く手を振る。
すると、ネリーが真っ先に走ってきた。
「三人で何を話していたんですか?」
「偶然の再会を喜んでいたところだよ」
俺の返事にネリーが驚いて自分の両親を見た。
「え? お父さんとお母さんとクラッセンさんが知り合いなの!」
「まあ、そうなるな」
視線を逸らすヴィムさんからデリアさんにネリーのターゲットが移る。
「ええ! いつ? いつ知り合ったの? なんであたしは知らないの?」
そこは決めていなかった。
デリアさんが助けを求めるような視線を向けたので彼女に代わって俺が話をする。
「六年くらい前かな? 師匠のところに弟子入りしたばかりのころ、立ち寄った村でヴィムさんと会ったんだ」
そのときにヴィムさんから弓矢を教えて貰ったことを話した。
ネリーが目を丸くして言う。
「それじゃあ、お父さんがクラッセンさんの弓矢の師匠になるの?」
「そうなるかな?」
「クラッセンさんの弓の師匠だなんて凄いじゃないの!」
ネリーの言葉にヴィムさんが渋面を作った。
「子どもだったクラッセンさんに、本当にちょっと教えただけだ。師匠なんて大したものじゃない」
「そうよね。師匠だなんて恥ずかしくて言えないわよね。いまじゃクラッセンさんの腕前の方がずっと上なんだから」
「父親をからかうんじゃない」
困ったようにそっぽを向くヴィムさんと傍らで二人のやり取りを微笑んで見つめるデリアさん。
家族ってこんな感じなんだろうなあ……。
俺は少し羨ましく思いながら三人を見ていると、ブライアンと彼の両親が遠慮がちに近付いてくるのが見えた。
俺から三人に挨拶をすると、ブライアンの両親が息子を助けてくれたことのお礼を述べる。
「息子が危ないところをありがとうございました」
そこへヴィムさんとデリアさんが加わる。
「ありがとうございました。何だか懐かしさのあまりお礼を言うのを忘れていて申し訳ありません」
二人とも恐縮した様に何度も頭を下げる。
「偶然通りかかったから助けられただけですし、そもそも、大したことをした訳じゃありませんから」
「いやいや。アーマードベアを狩るだけでも大したことですよ」
ヴィムさんの突っ込みにその場にいた人たちが口々に同意する。
皆の感謝の言葉と褒め言葉を何とかかわしていると、そこへ村人が血相を変えて駆け寄ってきた。
「マクスウェル様がお見えになったぞ!」
飛び込んできた言葉を聞いた全員に緊張が走った。
俺は内心の焦りを悟られないよう、平静を装ってジェシーに聞く。
「ご領主様は病気で伏せっていたんじゃないのか?」
「私もお会いするのは初めてですが、恐らくシャーロット・マクスウェル様ではないでしょうか?」
皆の視線が知らせを持ってきた村人に注がれた。
「神官様の言うとおりです。お見えになったのはシャーロット様です」
「分割統治をしている代行者か?」
「孫が五人いるって話でしたが、この村を代行統治しているのがシャーロット様ということでしょうか?」
俺は誰にとはなしに聞いた。
答えてくれたのは知らせてくれた村人。
「ご領主様のお孫さんの一人で、シャーロット・マクスウェル様です」
亡くなった長男の一人娘で後継者の最有力候補と目されている人物だと説明してくれた。
「もしかして、村人総出で出迎えるんですか?」
俺の質問に皆が首肯した。
統治の実績を示したい後継者候補か……。
嫌な予感しかしない。
何れは会うにしても、出来ればもう少し噂や情報を集めてから会いたかったなあ……。
内心でそんなことを考えながら、俺は皆の後に続いて村の広場へと向かった。




