第12話 思わぬ再会
到着したのが昼前と言うこともあり、作業の手を止めて集まれる人たちだけだったが村人たちと簡単な顔合わせをした。
夕食は歓迎会を開いてくれると言うことでそこで残る村人たちと顔合わせとなる。
当面の寝泊まりは入植者用に用意された小屋となる。
しかし、いつまでもそこに寝泊まりするわけにはいかないので出来るだけ自分の住むところを決めて家を建てるように言われた。
俺と一緒に入植した家族は昼食を終えた後で再び村長であるマッシュの自宅を訪れた。
四人家族は農地開拓を希望している。
開拓村とはいっても好き勝手に農地を開拓出来るわけではない。
村全体で話し合いをしてからの開拓となる。
結果、一緒にきた四人家族は村長であるマッシュと一緒に村を見て回りながら開拓地の相談をすることに、工房の敷地程度しか必要としない俺はジェシーに開拓村を案内してもらうことになった。
俺は案内をしてくれているジェシーに聞く。
「失礼かもしれないけど、まともな建物が一つもないように見えるのは気のせいか?」
「気のせいじゃありませんよ。この村には大工がいないんです」
さらりと衝撃の事実を告げられた。
「よく知らないんだけど、大工のいない開拓村って一般的なのかな?」
「一般的なのかどうかは私も知りませんが、少なくともこの近隣に四つの開拓村がありますが、どこも大工が入植したという噂は聞きませんね」
「農民や狩人と一緒に大工を優先して送り込むものだと思っていたよ」
開拓には衣食住のなかでも食と住が特に重要だと思っていたから、この二つを確保するためにも狩人と大工が不可欠だし、定住するためには農業や牧畜を行う農民が必要となる。
極端な話、鍛冶師や裁縫師、薬師が作る品物は既にある町から買えばすむが、家だけはそういう訳には行かない。
「理想はそうなのでしょうが現実は厳しいです。開拓村はたくさんありますからね。どこも人材不足なんですよ」
この地方を治めるマクスウェル辺境伯が開拓に力を入れていることもあって国境付近には二十を超える開拓村が点在するのだという。
治癒ができる医者や神官はもちろん、大工をはじめとした生産系のスキルを所持する人たちがどこも不足していた。
「ですが、この村は恵まれています。錬金術師と神官という、どこの開拓村も喉から手が出るほど欲している人材が揃ったんですからね」
噂が広がればここへの入植希望者も増えるだろうと人懐っこい笑みを浮かべた。
「噂ね……。そう言えばジェシーも一ヶ月くらい前にここへ来たんだっけ?」
「正式に神官になって直ぐにこちらへ来ました」
大工すらいない開拓村がほとんどだとしたら、俺とジェシーがいるのは間違いなくアドバンテージだ。
しかも二人とも若く体力がある。
これから入植をしようという人たちに取ってこれは大きな魅力だろう。
「気になっていたんだけど、どうして貴重な神官のジェシーがコビスの町まで物資の調達に行っていたんだ?」
たった一人の光魔法が使える神官を物資調達に出す理由が分からない。
「薬草の買い付けが必要だったからです。こればかりは薬草の知識のない人には任せられませんから」
「もしかして創薬スキルも持っているのか?」
「光魔法と創薬スキル。授かったときは重複していると落ち込みましたが、両方あると使い分けが出来て意外と便利ですよ」
いまでは感謝していると笑う。
「創薬か……」
「クラッセンさんは錬金術師なので薬も作れるんですよね?」
「白状すると薬はまだ数回しか作ったことがないんだ」
「もしかして、薬草の見分けもあやしいとか……?」
「それは大丈夫だ」
錬金工房のなかに取り込みさえすれば鑑定ができるので間違った素材を使うようなことはない。
「それを聞いて安心しました」
「薬ってそんなに必要なのか?」
村の人の総数は今回入植した五人を含めてようやく五十人を超える程度だと聞いていた。
普段の治療は光魔法があるから緊急時と森のなかに入る際に携帯する程度なら二人がかりで量産する必要もなさそうだ。
「近隣の開拓村から買いに来る人たちがいます」
「あ! そういうことか」
「貴重な現金収入でもあるので、頑張って作りましょう。特に魔力回復ポーションは飛ぶように売れますよ」
魔法スキルを持ったものは数が少ない割に頼まれる仕事が多いので、どこでも自前の魔力だけでは足りない状態らしい。
「それ、大丈夫なのか? 過労死したりしないよな?」
「地位は高いはずなので無茶なことはさせられていないと思いますよ」
「もし無茶なことを要求されたら俺は他の開拓村に逃げるからな」
「そのときは一緒に逃げましょう。錬金術師と神官の二人ならどこでも引く手数多ですよ」
ジェシーは笑いながら「もっとも逃げた先でも似たようなことになりかねませんけどね」と付け足した。
「それって領主に問題があるんじゃないのか?」
「マクスウェル辺境伯はご高齢な上、病気で伏せっていると聞きますから思うように統治できていないのかも知れませんね」
「いまは旦那様が代行統治しているのか?」
「旦那様も二年前に他界されています……」
初耳だった。
情報収集を怠ったことを後悔しながら聞く。
「それは……、寂しいだろうな……」
「ご長男は戦死し、次男と次女はどちらも毒殺されています。長女は隣国のブリューネ王国に駆け落ち同然で嫁いで絶縁状態でしたが、その方も盗賊に襲われて亡くなられたと聞いています」
現辺境伯には息子と娘が二人ずついたがすべて早世しており、いまは領主代行として五人の孫たちが各開拓村を分割する形で統治しているのだという。
「統治に差異がでるな」
「誰が後継者に相応しいかを試している、という噂もあります」
「領民としては迷惑極まりない話だな」
「それでも他の領地よりはよほどマシですよ」
ジェシーは自分が幼い頃に食い詰めて、両親とともに逃げるように他領から移民してきたことを語った。
「大変だったんだな……」
「昔のことです。私は明るい未来を夢想しながら生きるのが好きなのでこの話はここまでにしましょう」
◇
村を一通り案内された俺はジェシーと一緒に中央の広場へと差し掛かる。
すると、前方から六人の村人がこちらへ向かってくるのが見えた。
その顔ぶれに気付いたジェシーが言う。
「クラッセンさんが助けたブライアンとネリー、その親御さんたちです」
「お礼を言いに来たのかな……?」
「でしょうね」
予想は的中した。
他の三人の少年たちの親からは到着して直ぐの顔合わせで息子たちを助けたことへの感謝の言葉は貰っていた。
あのとき不在だった年少の二人の親御さんか……。
俺はこちらへと歩いてくる四人に意識を傾けた。
あれ?
見覚えがある……?
ネリーの手を引いている女性とその傍らにいる男性の顔に見覚えがある気がした。
向こうも驚いたように俺の顔を見ている。
ちょっと待てよ!
脳裏に暗殺者に襲われたときの記憶が蘇る。
街道脇の茂みに身を潜めて暗殺者をやり過ごした俺はその場で意識を失った。
再び気付いたときに真っ先に目に飛び込んできたのが、心配そうに見つめる少女だった。
あのとき俺を見つけて看病してくれたのがネリーの両親だったのか?
だとすると、あのときの少女はネリー……?
「どうしました? 顔色が悪いですよ」
呆然と彼らを見つめる俺にジェシーが聞いた。
「いや、何でもない。大丈夫だ」
再びネリーの両親を見ると、向こうも明らかに気付いたようだ。
ネリーは知らないとしても、二人は俺がブラント子爵家の長男だったことを知っている。
「ジェシー、すまないがネリーの両親と三人だけで話をしたい。協力をしてくれないか?」
「構いませんが……?」
理由を知りたい、と言った顔つきだ。
「事情は後で説明するから、取り敢えずは三人で会話出来る状況を作ってくれ」
「分かりました」
今夜はゆっくりと飲みながら話をしましょう、と言ってジェシーはブライアンとネリーたちに向かって歩き出した。




