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第11話 開拓村、マッシュ

 直前までアーマードベアの脅威にさらされていた少年と少女。

 二人は未だ放心しているのか地面に転がったままの姿勢でこちらを見つめていた。


 改めてみると街道で呆然としている三人の少年たちよりも幼く見える。


「二人とも怪我はないかい?」


「あの……、ありがとう、ございます」


「助かりました……。ありがとうございます」


 少年と少女はお礼の言葉を口にすると安堵したのか二人とも涙を溢れさせた。


 まいった。

 怪我の有無を知りたかったのだが、とてもじゃないが身体の状態を聞き出すような雰囲気ではない。


 俺はジェシーに視線で助けを求める。


「ブライアン、ネリー、二人とも怪我はないか?」


「かすり傷だから大丈夫です」


 ブライアンが即答し、ネリーも嗚咽おえつしながら表情と仕種しぐさで大きな怪我のないことを伝えた。

 ジェシーは二人の反応に安堵すると先に街道へ飛び出してきた三人に視線を向ける。


「詳しい話は後で聞くとして、いまは全員の無事を神に感謝しよう」


 そう言って胸の辺りで両手を組む。

 その間、三人の少年たちの視線は俺にクギ付けだった。


 ジェシーが祈りを終えると少年の一人がチラチラと俺を見ながら聞く。


「ジェシーさん、そちらの人は?」


「新しく入植するルー・クラッセンさんだ」


 良くお礼を言っておけよ、と付け加えると三人が一斉にお礼の言葉を口にした。


「ルー・クラッセンだ。よろしく頼む」


「クラッセンさんは冒険者の方ですか?」


 街道に転がり出てきた少年の一人が期待の籠もった目で聞いた。


 この年頃の少年たちなら冒険者に憧れる者も多い。

 まして周囲に魔物が出没するような辺境の地域なら、脅威となる魔物を排除する力の象徴である騎士や冒険者への憧れは強いだろう。


「開拓村で冒険者をやって貰えると助かります」


「いま、開拓村で冒険者をやっているのって俺たちだけなんです。クラッセンさんがパーティーのリーダーをやってくれませんか?」


 三人の少年に続いていつの間にか俺の後ろに立っていたネリーとブライアンも続く。


「アーマードベアを一撃で倒せる大人なんて初めて見ました!」


「さっきの矢、あれは魔法が付与されている矢ですよね?」


 どこか既視感のあるセリフだな。

 俺は内心で苦笑しながら馬車のなかからこのやり取りを楽しそうに眺めている同乗者たちをチラリと見た。


 何人かは気付いたようでバツの悪そうな顔をしたが、ほとんどの者は自分たちが同じような質問をしたことを忘れているようだ。


「残念ながら冒険者じゃないんだ」


 五人が一斉に驚きの声を上げた。


「え? もったいない」


「アーマードベアを一撃で倒せるんですから冒険者をやりましょうよ」


 少年たちが冒険者でないことを惜しむなか、ネリーが恐る恐る聞く。


「クラッセンさんはどんな職業なんですか?」


「錬金術師だ」


 少年たちは放心したようにポカンと口を開けたまま俺を見つめる。


 この反応も同乗者たちと一緒だ。

 あのときは聞こえなかったのかと思ってもう一度「錬金術師」だということを繰り返したなあ……。


「喜びなさい。村で初めての錬金術師だ」


 俺の代わりに繰り返したのはジェシーだった。

 真っ先に反応したのはネリー。


「村で初めてとかじゃありませんよ、ジェシーさん。近隣の開拓村にも錬金術師なんて一人もいないじゃないですか!」


 それは初耳だ。

 しかし、よく考えてみれば腕の良い錬金術師なら貴族が取り込もうとするだろう。


 それなりの腕でも大都市で十分にやっていける。

 辺境の開拓村に流れてくる錬金術師って、冷静になって考えれば腕が悪いか、何かしらの訳ありの可能性が大きい。


 と言うか、自分を振り返れば後者なのだと改めて自覚する。

 気付くと少年たちの瞳に再び憧憬の念が宿っていた。


「錬金術師だって……!」


「俺、錬金術師なんて初めて見ました!」


「俺もです」


「さっきの矢も錬金術で作ったんですか?」


 錬金術師と付与術士を混同しているな。

 旅に出て初めて分かったのだが、一般の人たちの多くが錬金術師と付与術師を混同していた。


 俺は誤解を訂正することなく話を進める。


「錬金術師といってもようやく一人前になったかけ出しだから大きな期待はしないでくれよ」


「錬金術師なのになんであんなに強いんですか?」


「矢! あの矢は錬金術で作った魔法が付与された矢ですよね?」


 話を打ち切って馬車に戻るつもりだったが、放してくれそうにない。

 ジェシーや同乗者たちも面白そうに見ている。


 彼らの好奇心を満たさないとここから動けそうにない、と悟った俺は彼らの質問に答えることにした。


 ◇


 馬車隊が村に到着すると村人たちから歓声をもって迎えられた。

 コビスの町から運んできた物資を馬車から降ろす傍ら、今回新たにこの開拓村に入植する者たちが村長に紹介される。


「私がこの開拓村の村長をしているマッシュです」


 三十代半ばの筋骨逞しい青年である。


 なるほど、この開拓村が通称マッシュ村と呼ばれている理由は村長の名前からだったのか。

 俺は変なことに感心しながら握手を交わす。


「ルー・クラッセンです。錬金術師をしています」


「錬金術師ですか!」


 マッシュが驚きの声を上げた。

 しかし、直ぐに訝しむような視線となる。


 まあ、そうなるよな。


「ブリューネ王国から来ました。少々複雑な家庭の事情がありまして、半ば家出のようなものです」


「開拓村ですから人に言えない事情を抱えた人たちもいます。ここには詮索をするような人はいませんよ」


 他の人たちに聞こえないようにささやくとマッシュもささやき返した。

 今回、新しく入植するのは俺を含めて五人。


 他の四人は幼い二人の子どもを持つ夫婦で、夫は身体強化のスキルを持っており、妻は土魔法が使えると聞いていた。

 互いのスキルを使って農地を切り拓くのだという。


「皆さんを歓迎します」


 マッシュが笑顔で言った。


 そこへ物資の搬入を指揮していたジェシーが人懐っこい笑みを浮かべてこちらへと歩いてきた。

 後ろには助けた五人の少年と少女。


 ジェシーがにこやかに言う。


「クラッセンさん。物資も降ろし終わりましたし、皆が見ているところで出しましょうか」


「皆が見ているところで、出す?」


 不思議そうに聞き返したマッシュが俺を見た。


 ジェシーの後ろにいる少年たちも期待の視線をこちらに向けている。

 改めて周囲を見回すと同乗してきた人たちも遠巻きにこちらを見ていた。


 やれやれ……。

 いたずらに加担するようであまり乗り気はしないが、やると約束した以上、いまさら後には引けないか……。


「じゃあ、この辺りにお願いします」


 ジェシーの示す場所――、マッシュの直ぐ隣に頭の半分を吹き飛ばしたアーマードベアを出現させる。


「な!」


 驚いたマッシュが反射的に後方へ飛び退った。


「このアーマードベアはクラッセンさんが一撃で倒したんだぜ!」


 少年の一人が驚く村人たちに向けて言い放つと二人の少年たちもそれに続く。


「魔法を付与した矢で頭を吹き飛ばしたんだ!」


「弓の腕も一流なんだからな!」


 何が起きたのか分からずにただ驚いていた村人たちだったが、少年たちの言葉と突然出現したアーマードベアの死体が繋がると彼らの間に響めきが広がる。


「アーマードベアを一撃で仕留めただって? 本当か?」


「実際にあそこに転がっているんだぞ」


「これは頼もしい若者が来たものだな」


「あれって……、もしかしてアイテムボックスか?」


 村人のその言葉を待っていたかのように同乗してきた村人たちが声高に言う。


「クラッセンさんはアイテムボックス持ちなんだ!」


「馬車三台分の物資と食料がそっくり入るだけの容量だぜ!」


 周囲の人たちの視線が再び俺に向けられた。

 期待と値踏みのない交ぜとなった視線のなか、追い打ちをかける形で三匹のワイルドボアと七匹のフォレストウルフをアーマードベアの傍らに出現させる。


「続いて、ワイルドボアとフォレストウルフです」


 マッシュさんが絞りだすように言う。


「少々、いたずらが過ぎるな……」


「申し訳ありません」


「悪いのはクラッセンさんじゃありませんよ」


 ジェシーが割って入るとマッシュが彼を睨み付ける。


「ジェシー、お前か……」


「私というか、私たちですね」


 ジェシーが馬車に同乗してきた村人たちを見回す。


「マッシュ、怒らんでくれ」


 年配の男性が進み出ると、


「別に怒ってなんかいませんよ。ちょっと驚いただけです」


 マッシュがどういうことなのかと聞いた。


「クラッセンさんのアイテムボックスがあまりにも凄かったんで皆にも驚いて貰おうと思っただけなんだよ」


 実は彼らもコビスの町を出て直ぐ、俺のアイテムボックスに驚いていた。

 自分たちだけが驚くのでは面白くない、と村に着いたら村人の目の前でアイテムボックスから大量の物資や食料を取り出そう、ということになっていた。


 しかし、そこへ先ほどのアーマードベアが転がり込んできたことで、取り出すものが物資や食料からアーマードベアやワイルドボアなどの魔物へと替わったのだ。


「娯楽の少ない辺境なんですから、たまにはこういうのも良いでしょう?」


「娯楽か……。次からいたずらをするときは事前に教えてくれ」


 人懐っこい笑みを浮かべるジェシーにマッシュが深いため息を吐いた。

 マッシュさんと同じように驚かされた村人たちだったが、誰もがジェシーと一緒になって笑っている。


 マッシュさんか……、苦労してそうだな。

 俺は改めてマッシュさんに挨拶をする。


「アイテムボックスを持った錬金術師です。皆さんのお役に立てればと思っています」


「この村にアイテムボックスを持った者はいないので色々とお願いすると思います。こちらこそよろしくお願いいたします」


 再び握手を交わした。

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[一言] 母親の実家への連絡は後々かね。
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