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第10話 開拓村へ

 ブリューネ王国とシェラーン王国との国境にあるミュールの町に到着したのは二週間前。

 翌日には国境を越えてシェラーン王国側へと入った。


 シェラーン王国側の国境の町はコビス。

 コビスの町はミュールとの交易で発展してきた町だったが、国境沿いに開拓村が幾つもおかれたことで、そこへの食料や物資の供給拠点として賑わいを見せていた。


 俺が乗り込んだ馬車隊は、コビスの町から馬車で二十日ほど進んだところにあるマッシュ村と呼ばれる開拓村に到着しようとしていた。

 開拓村に向かう馬車は五台。


 二台は人が乗り込み、残りの三台には食料や物資が積まれていた。


「クラッセンさん、あの森を街道沿いに回り込むと開拓村が見えてきますよ」


 俺の隣に座っていた男性が前方右側に広がる森を指さしながら、あと二時間あまりで到着すると説明をしてくれた。

 彼の名前はジェシー・リード。


 俺と同じ十八歳の若者である。

 同年と言うこともあってミュールの町から開拓村までの道中、比較的会話をすることが多かった一人だ。


 彼は神聖教会の神官で開拓村へ教会を設立するために入植したのだという。

 しかし現実は厳しく、入植してなんとか雨露をしのげる小屋を建てたところで、物資調達の役割を引き受けたそうだ。


 本人は「引き受けた」と言っているが、同行している開拓村の村人たちの口ぶりでは若く体力があるからと押しつけられたようだ。

 彼が頼まれると断れない性格なのはこの十日間で容易に知ることが出来た。


「クラッセンさんが到着したら開拓村の人たちは大喜びですよ」


 ジェシーがそう言うと彼と同じように物資調達に同行した者たちも彼に同意する。


「錬金術師がいない村だから本当に助かるよ」


「何だかあてにしているようで申し訳ないな」


 開拓村に錬金術師として入植するのだから、あてにされるのは承知の上である。

 俺としても頼られるのは嬉しい。


「皆さんの役に立てたら俺も嬉しいです」


 自分の気持ちを素直に伝えるとジェシーが人懐っこい笑みを浮かべる。


「クラッセンさんほどの優秀な錬金術師なら活躍する場は幾らだってありますよ」


 国境を越えてからは自分が錬金術師であることを隠すのをやめた。

 錬金術師の地位は比較的高い。


 素材さえあればあらゆるものを創り出せるのが錬金術師である。

 鍛冶師が作る金属製の武器や道具、裁縫師が作る革製品、薬師が作るあらゆる薬品を熟練の技術ではなく熟練の魔法で創り出す。


 錬金術師はいわばあらゆる職人たち――、薬師、鍛冶師、裁縫職人、木工職人などの上位に位置する職業なのだから地位が高くなるのは当然であった。

 それが辺境の地となれば尚更である。


 そしてその錬金術師としての腕前もこの十日余の間に格段に上達しているのを自分でも実感していた。

 錬金術師の工房で六年間修行しているからこそ、その凄さが分かる。


 俺の知っている錬金術師と比べても創造する速度は五倍以上、一度に作り出す量も三倍ではきかなかった。

 端的に言って桁外れに優秀な錬金術師である。


 しかし、その基となっているのは俺自身の錬金術師としての技量ではなく錬金工房というスキルだった。

 俺自身の魔力量の多さと自己回復スキルによる魔力回復がそれに拍車を掛けている。


 錬金工房と自己回復。

 この十日間余、この二つのスキルの有用性を実感していた。


 ジェシーたちと他愛のない話をしていると、突然馬のいななきが響き、俺たちの乗っていた馬車が大きく揺れる。

 馬車をく馬が嘶きを上げて後ろ足で立ち上がっていた。


「危ないだろうが!」


 御者の怒鳴り声が響く。

 彼の視線の先を見ると十代半ばほどの三人の少年が馬車の先に転がっていた。


 少年たちがこちらを見て驚いた顔をする。


「馬車?」


「まだ、仲間が森のなかにいます!」


「助けてください!」


 飛び出してきた少年たちが自分たちの飛び出してきた森と馬車とを見比べて顔を引きつらせていた。


「どうしたんだ? 何があった?」


 御者の声に緊張がうかがえる。

 俺自身も飛び出してきた若者たちが魔物にでも追われていたのかと想像して彼らの言葉に耳を傾けた。


「アーマードベアです! アーマードベアがでました!」


 熊に似た大型の魔物で強靭な体躯と力、堅固な外皮に覆われているのが特徴の魔物だ。


「クラッセンさん、行けるか?」


 御者が即座に俺を振り返った。

 乗り合わせた乗客たちの視線も俺に注がれている。


 ここまでの道中、肉を得るために何度か森へ入りその過程で何度か魔物にも遭遇していた。

 魔物と言ってもそのほとんどがゴブリンやコボルドといった、低ランク冒険者どころか村人でも狩れそうな魔物ばかりなのだが。


 それでも弓矢と腕輪に付与された攻撃魔法で俺が最も多くの魔物を仕留めていた。

 当然のように期待が寄せられる。


 見方によっては良いように使われているとも取れそうだが、それでも他者から期待されるのは悪い気がしない。


「大丈夫です。行けます」


 俺は言葉とともに馬車を飛び下りた。

 索敵の指輪を使ってアーマードベアの位置を確認するまでもなく、街道から視認できる距離まで迫っていた。


 距離、三百メートル。

 その手前、二百メートルのところに少年と少女。


 逃げ遅れた二人が必死の形相で駆けてくるのが見えた。


「そのままこちらへ向かって走れ!」


 俺は二人に声をかけながら、錬金工房のなかから魔法が付与されている弓と矢を取り出す。

 弓には飛距離向上と威力向上が付与され、矢には命中精度向上と火魔法の爆裂が付与されている。


 我ながらあり得ない付与だと思う。

 通常、矢に付与できる魔法は一つだけだ。


「走れ! もっと速く走れ!」


「こっちだ、早く!」


 森から飛び出してきた少年たちがアーマードベアに追われている仲間に向けて必死に声をかける。

 馬車の乗客たちも緊張した面持ちでこちらを見ていた。


 弓に矢をつがえて引き絞る。

 距離、二百メートル。


 逃げる少年と少女の顔が引きつる。

 アーマードベアの速度が上がった瞬間、俺の手を離れた矢がその頭部に突き刺さった。


「ゴアー!」


「キャー!」


 続く爆発音がアーマードベアの断末魔の咆哮ほうこうと少女の悲鳴をかき消した。

 突進して来たアーマードベアは頭部の上半分を失って、勢いそのままに地面を転がって大きく跳ねた。


「やった! さすがクラッセンさんだ!」


「アーマードベアの頭部が半分吹き飛んでいるぞ!」


 乗客たちの歓声に続いて少年たちの驚きと戸惑いの声が耳に届く。


「スゲー……」


「いまの、魔法……?」


「たった一本の矢で、仕留めた……」


 頭部の半分を失ったアーマードベアを呆然とみていた少年たちの視線が俺へと向けられる。

 逃げ遅れた少年と少女が街道にたどり着くと、後ろを振り返ることなくその場にへたり込んだ。


 馬車のなかの人たちの歓声が止まぬなか、アーマードベアに追われていた彼ら五人は声を上げることもなくただ俺を見ていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ある程度実力示しとかないと下に見てくるめんどくさいやつとか出てきそうだし良いぞ~
[一言] こんだけ派手に動いてたら叔父じゃないヤツに拐われそう
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