復讐の始まり
陽が昇り、カレット村に夜明けが訪れた。夜に覆い隠されていた惨状が照らし出され、蛮行を白日のもとへさらけ出す。
広場にはほぼ灰と化したカレット村の人々の山と、上下に分かたれた王国兵の死体が転がっている。
今この村で生きているのは、ユークレスただ一人だった。
そのユークレスは今マナを埋葬している。簡素だが、彼は自分ができる限りの誠意を込めて幼馴染の墓を作っていた。
できることならば両親、そして村の全員分同じものを用意してやりたかったが、死体の山はユークレスが掴んだ端からボロボロに崩れ去ってしまい、個別に埋めてやることなどできない状態だった。
ロクドールとメルテラも、ユークレスが家に戻った時には遺体が無くなっており、広場に積まれた山の一部になってしまったのだろう。
「っ……。みんなぁ……」
掘り返し、マナの体を底に安置して土をかけてやっていた最中、家族の亡き骸を葬ってやることもできなくされていた理不尽さにユークレスの手は止まり、瞳には涙が溢れる。
『そんなに悲しそうな顔するなよ。こいつを殺した奴が死体を持ってきてくれたおかげで、今こうして恋人の墓を作ってやれてるんだぜ?』
「恋人じゃない。マナは、大切な幼馴染だ」
『ぎゃはは! それ聞いたらマナはもう一回死にそうだなぁ!』
ジルベールの悪趣味な言葉の数々も慣れてきて、ユークレスは手にした魔剣で堀り出した土を埋めながら無感情に返す。
不快極まる剣の言葉の数々だが、彼の復讐のためにはジルベールの力は必要なものであるとも心の底で理解しているため、感情に任せて投げ捨てる事もできない。もしもユークレスが手にしたのがなんの力も持たないただの剣であれば、彼の命は昨夜の内に終わっていたのだ。
きっと、英雄カレットもこの魔剣と戦ってきたのだろう。そう考え極力取り合わないようにする。
『……で? 他のみんなのおはかも用意してやるのか? 俺はスコップじゃないんだがなー』
「っ……」
散々土を掘らされ、嫌そうにしながら愚痴をこぼすジルベールに、彼は言葉を詰まらせる。
本当はそうしてやりたいが、ユークレスには彼らを運んでやることもできない。斬る事はできるようになっても、他の事は所詮子供相応にしかやってやれないのだ。
「みんなは……」
『ま、そのまま放っとけばいいんじゃねえのか? 勝手に風が運んで、土に還してくれるだろうしな』
「でも、そんなの……」
『あぁ? どうしてもってんなら、そいつの墓の隣に墓標だけでも立てときゃいいだろ。気持ちくらいは伝わると思うぜ』
ジルベールにしては珍しく建設的な案が飛んでくる。体は埋めてやれないが、それなら多少の弔いにはなるかもしれない。
気落ちしていた自分の頭にはなかった発想を授けてくれた魔剣に、少しだけユークレスは彼の見方が変わりそうになる。
「ジルベール……」
『まぁ、死んでる奴には気持ちなんざ伝わらんとも思うがな』
「……」
結局、ユークレスがジルベールを見る目は何も変わることはなかった。
『さーて、それじゃいい加減行くか?』
「……ああ」
マナと、村の皆の墓を作り終えたユークレスにジルベールが問いかけ、立ち上がりながら返事をする。
埋葬も弔いも不十分ではあるが、彼がこの村でできる事はやった。
ユークレスは、今の自分にできる方法でこれからカレット村の住民たちを弔ってやる旅に出るのだ。
『ユークレス。お前がこれから出会う者は全て敵だ。考えるな。耳を貸すな。俺を使い、ただ斬る事だけに集中しろ』
「分かってる。王国は、人間は、俺の敵だ」
剣と団結の王国を滅ぼす。ジルベールに従うまでもなく、夜明けの前からユークレスはそう決めていた。
そんな彼の言葉に、ジルベールも喜びを隠さずに声を弾ませる。
『いい返事だ。頑張れよぉ! ちゃーんとできたらご褒美でもやるからな!』
「剣に何ができるんだよ」
魔剣にそう返しながらユークレスは広場を抜け、その先の道へと歩いていく。
目指すのは当然剣と団結の王国、王都。最終目標は王子パルスの殺害だ。
『ところでよぉ、俺の事ハダカで持ち歩くつもりかぁ? 鞘くらい用意してくれよぉ』
「……仕方ないな、その辺で拾っておいてやるよ」
こうして、ユークレスの復讐劇が幕を開けたのだった。
「……以上がカレット村で発生した「火災」と、その犠牲者の数で御座います」
「……ふむ」
兵からの報告を受け、剣と団結の王国の国王、ブレスタン・オル・フォルティーヌは手元に渡された報告書を見て精悍な顔つきを歪ませる。
王の執務室には彼とその息子と、カレット村へ向かい帰還した兵の代表一名がおり、実に思い空気が流れていた。
自国領地内で起きた痛ましい災害に、思わず眉間に手を当ててしまう。
「この世界に平和をもたらしたとされる英雄が眠る地で、このような事があろうとは。未だに信じきれん。何故火事などと……」
報告書には「住民は全員死亡」と確かに記されている。
英雄の血筋がたった一夜の内に途絶えたとは、王には酷い冗談を聞かされているような気分であった。
「原因としましては火の不始末と考えられますが、詳細については何とも。周囲の森をも巻き込んで村全体が全焼してしまったとの事ですので」
「……悔やんでも悔やみきれんが、もはや彼らには何もしてやれまい。今はこれ以上の延焼を防ぐために消火を急がせよ」
「はっ!」
ブレスタンからの命を受け、兵士は退室する。
室内には王と王子だけの二人が残り、しばし沈黙が流れた。
「……それで、なぜお前の兵はあの村へいち早く駆け付ける事ができたのだ、パルスよ?」
その沈黙を破ったのはブレスタンの側からだった。報告を目を閉じ、しかし上機嫌であるのを隠し切れずに口角を上げながら聞いていた自身の息子へと視線を投げる。
「夢で見たのです」
「夢、だと?」
王は息子の事を疑っていた。
なにせ、パルスは火の手が上がったという報せなど受ける前から兵を動かし、カレット村へと向かわせて見せたのだ。
その不自然極まる行動は怪しいことこの上なく、火災のタイミングを思えば放火犯はブレスタンが彼へと授けた兵によるものと考えて当然だ。
どんな意図があっての行動だったのかと問えば、返ってきた答えはそれであった。
「はい、私の夢の中に、ヴェルセナ様が現れて告げたのです。あの村で近い内に恐ろしい事が起こると」
「ヴェルセナ。アレンデュラの所で言う神だったか」
「そうなのです。その言葉を聞き、私はいてもたってもいられずに我が兵を動かしました。……もっとも、それでも食い止める事は敵わず今回の結果となってしまいましたが、私は間違った行いをしたとは断じて思っておりません」
「神の……お告げ、か」
朗々と語る王子はまるで予め考えていたかのように自身の行動を説明していった。
夢の話など、本来であれば信じるに値しないものではあったが、ブレスタンは腕を組み、しばし考えた末に結論を出した。
「……鵜呑みにはできんが、お前がそうだと言うのならば一旦はそうしておこう。まことであれば向こうの国へのいい土産話にもなろうからな」
パルスの態度に不信を覚えながらも、結局は不問とした。いずれにしても証拠が出ない以上は息子の言葉を信じる事にしたのだ。
父のその言葉を聞き、パルスは王の理解を得られたと知って笑顔を見せるのだった。