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王子私兵隊長ラーム

 村の広場に死体が山のように積み上げられている。それらは既に家屋に襲撃をかけた兵士たちによって焼かれたものであるが再度一か所に集められ、多量の油をかけて再び焼かれている。

 王子パルスによってカレット村住民の殲滅を言い渡された彼の私兵、その隊長ラームは、炭化し、不快な臭いを立ち昇らせながら崩れていくハーフエルフの山を無感情に眺めていた。


「生き残りを捜索しに向かった者らが戻り次第、村全体に火を放って我々も撤収する。準備をしておけ」

「はッ!」


 部下に命令を下し、ラームは無表情を装いながら今回の任務への不満を心中でぶちまける。


(……自身が殺される夢を見たからハーフエルフの村を滅ぼせとは。王子も無慈悲な命を下しなさる、彼らが村から出た事など一度もないというのに。どうして顔も知らぬであろう王子の命を狙うなどと考えたのやら)


 彼の知る限り、カレット村に住む者はその生活の殆どを村で完結させている。

 他の国の事情までは知らないが、少なくとも剣と団結の王国においてハーフエルフが暮らすのはこの村だけで、国民の大半はカレット村の存在すら知らないほどだ。

 一応は王国の領地の村であるため生活必需品の売買程度はされているが、互いにそれ以上の干渉はしていないのだ。

 そんな彼らがどうして見ず知らずのパルスを討とうと思ってしまったのか、それがラームには不思議でならない。夜襲をかけるために日中は村の外で動向を監視していたが、誰も村民から血生臭さを感じる事はなかった。

 彼らが王子に恨みを持つとすれば、この殺戮こそが原因となろう。それが分かっているからこそ、ラームは徹底的に王子の命を遂行し、誰一人として生かしておくつもりはなかった。

 だがこの血も涙もない作戦も間も無く終わる。全体の掃討が終わり半数の部隊は先んじて撤退させてある。村の者が皆帰宅した頃を狙ったため討ち漏らしもあまりおらず、見回っている兵が戻れば任務完了も同然だ。


「!? 隊長!」


 ラームがそう思っていた矢先、部下の一人に呼び掛けられる。

 振り向けば、居並ぶ兵士たちの向こう側にハーフエルフの少年の姿があった。

 銀色に輝く剣を手にした褐色の少年、その反対の手には王国兵の兜が逆さまに握られている。

 その兜が誰のものか、ラームとその場にいた兵士らはすぐに判別できた。先程生存者を探しにいった兵のものだ。

 兜の中には彼の頭部が収まったままなのだから、見間違うはずもない。


「生き残りがいやがったか!」

「よくもやってくれたなぁ!」


 仲間が殺されたことに激怒し、ラームの部下は命令も待たずに少年へと襲い掛かった。


「ジルベール!」


 いずれも熟練の兵士たちだったが、彼がそう叫びながら剣を振るっただけで間合いに入ってすらいなかったはずの兵たちはみな胴と腰が分断され、広場に血の花を咲かせる。

 残ったのは、それを呆然と見つめていたラームだけであった。

 彼が生きているのを見た少年は顰め面になり、その手に握った銀の剣へと喋り出した。


「……おい、生き残ってる奴がいるぞ。皆殺しにするんじゃなかったのかよ」

「っ!?」

「……なんだよそれ、話す事なんかないだろ。そんな気遣いなんていらないから、一緒に殺せよ」


 一目見て、彼は狂ってしまっているのではないかとラームは思った。物言わぬ剣と会話をするような素振りを見て、そう判断したのだ。同胞を殺され、正気を失ったに違いない。

 だがただの狂人が剣を一閃しただけでラームの部隊を壊滅させられるはずもない。どんな術を使ったのかは分からないが、相当の手練れなのだと察する。

 それに言葉を聞いていれば今の一撃でラームも纏めて殺害するつもりであったらしい。任務の最終局面で現れた隠し玉に思わず戦慄する。

 イライラした様子で剣と会話していた少年だが、最後には何か納得をしたのか諦めるような溜息を吐くとラームへと向き直った。


「お前、王国の奴らだよな」

「……、……そうだ。王子の命により、このハーフエルフの村を消しに来た」


 返答をするか迷ったラームだが、無視すれば即座に謎の技で殺されるのが予想できたため、素直に答える事にした。

 会話の中で隙を見つけ出し、どうにか彼を殺すつもりでいる。


「喋るな!!」

「!?」


 唐突に激発した少年に、ラームはたじろぐ。彼の方から聞いてきたとはいえ、その内容が到底我慢ならないものであったからだろうか。

 いや、そうではないと気付く。少年はラームではなく剣の方へ視線を向けている。返答が気に入らなかったのではなさそうだ。

 その証拠に少年は更なる質問を彼へ重ねてくる。


「……なんで殺したんだ。俺達が何をしたんだよ」

「それは……」


 それは当たり前の問いかけだ。

 どうして、何の罪もない善良な存在である自分達が殺されなければいけないのか。当事者であるハーフエルフはみな、その疑問を抱きながら死んでいったのだろう。

 だが、その言葉にラームは彼らの、そして目の前の少年を納得させられるような答えを返せない。

 事実を話す事は簡単だ。しかし、ラームが殺される立場であれば欠片でさえ納得できはしない。


「……夢で見たのだそうだ。ハーフエルフが、パルス王子の心臓を貫いて殺す夢を」


 ためらいの末、ラームは話す事にした。納得も理解もできはしない話ではあるが、それゆえに彼の隙を生み出す事も容易だと考えたのだ。


「……夢? そんな下らない理由で、父さんは、母さんは……マナはッ!!」

「っ!!!」


 思った通りの効果があった。真実を知り、動揺と怒りが少年を支配した瞬間にラームは間合いを詰める。

 互いの距離はラームなら三秒で縮められる。その一瞬に勝機を見出し、腰の剣を滑るように抜刀させた。

 瞳を涙で潤ませた少年の首を刎ねるため、ラームの刃の狙いが定められる。


「今度こそ殺せよ、ジルベェェーールッ!!」


 殺意の籠った刃が振るわれる。それも想定の範囲だ。ラームは一撃を受けるか、もしくは相打ちとなっても仕留めるつもりでいたのだ。

 しかし怒りに任せた少年の一振りは完全に素人のそれであり、この剣閃が部下を皆殺したのが信じられないほどだった。

 受けるどころか回避するまでもない。的外れの軌道はそのまま空を斬り、明確な隙を見せた所をラームの剣が少年の首を落としにかかる。

 だが、次の瞬間宙に舞っていたのはラーム自身の首であった。






『……一応言っておいてやると、今のはサービスだ。喜べよ、一年長生きできるぜ?』


 隊長格らしき兵士の首と体が大地に倒れ、ジルベールが語り掛けてくる。

 周囲にはもう生きている王国兵もいなくなったのを確認しながらユークレスは息を吐く。


「当たり前だろ。今ので二年分持ってかれたら、本当にお前の事捨ててやる所だからな」


 ジルベールの力を使う代償。それは魔剣の名を叫びながら振るえば寿命を一年奪うというものだった。

 軽く見えるが、それは人間が使えばせいぜい八十回程度が限度なのだ。復讐の標的を王国と定めたユークレスには少なすぎる回数だろう。


『細かい事で怒るなって。お前もハーフエルフなんだから一年二年の寿命なんて誤差みたいなもんじゃないか?』

「……本当に今のはカウントしてないんだろうな」

『さぁ。それは実際に死ななきゃわからねぇだろ』


 ジルベールが言うように、ユークレスは人間ではなくハーフエルフだ。それも英雄と呼ばれたカレットに近い姿を持っているため、寿命自体は種族の平均すらもはるかに超えて高いはずだ。

 それでも有限の力である事に変わりはない。使い所を判断せねばならないと分かった魔剣の能力。そことどう向き合っていくべきかをユークレスは考えるのだった。

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