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邪悪なる魔剣

 マナの遺体を抱きながらユークレスはカレット村へと戻ってきた。

 そのまますぐ近くにある薪の貯蔵小屋に入り、彼女の体をそこへ横たわらせる。

 彼女を運んできた時の姿勢はいわゆるお姫様抱っこと呼ばれるようなものだった。きっと、生きていた頃にしてやればさぞ喜んで顔を赤くしていたことだろう。

 しかし今の彼女は、マナ・フォルトーンはもうユークレスに対して何も喋ってはくれない。

 彼女を殺した兵士を斬り、それでももう戻っては来ないのだと痛感した彼は遺体の前に両手を突いて涙をこぼす。


「マナ……」

『おいおい、いつまでメソメソしてる気だ? もしかしてこれから一人殺す度にそうやって死んでった奴らの前で泣くのか? 殊勝だけどよぉ、そんなことしてたら敵に逃げられちまうぜ?』


 静かに嗚咽をこぼしていたユークレスに、ジルベールの嫌味な声が頭の中に響く。

 大好きな幼馴染の死を嘆く事に水を差され、頬に涙の筋を残しながらユークレスは立ち上がる。

 そして、その手に握る魔剣の腹を足で蹴りつけた。


『おおっ!? どうしたよ、そんなことして折れちまったらどうすんだぁ、ユークぅ!』

「うるさい! お前なんか折れちまえよ!! さっきから俺の事馬鹿にしやがって!!」


 何度も蹴りつけながら、ユークレスはジルベールに対して溜まっていた不満を物理的にぶつける。

 喋る魔剣ジルベールは、その使い手であるユークレスを執拗なまでに嘲弄してきた。

 肝心な時に力を発揮してみせたものの、とうてい我慢しきれるものではなかったのだ。


『ちょっと言い過ぎなぐらいじゃないと動けないだろ? これは俺なりの助力なんだぜ、ユークぅ?』

「お前に言われなくたって、動けるんだよ!!」


 立ち上がったユークレスはそのまま外へと出る。マナの遺体はここへ置いていくことにした。村の王国兵を一掃したら、後でどこかに埋葬してやるつもりだ。

 そして扉を開ける直前、彼は魔剣へと叫ぶ。


「あと、俺の事を二度とユークって呼ぶな!!」




 ユークレスが戻ってきた時、カレット村は静まり返っていた。

 少し前までしていた叫び声も泣き声も、今はどこからも響いてこない。みんな殺されたか、もしくはマナがそうなるはずだったようにどこかに連れ去られたのだろうか。

 そして静寂が嘘であるかのように村は明るかった。家屋に放たれた火が燃え上がり、周囲の木々すら巻き込みながら闇夜を照らしているのだ。

 生存者を探すのさえ無意味と一目で分かる。マナがいる小屋もいつ火の手に包まれてもおかしくない。

 そんな状況下でユークレスが小屋から出た直後、一人の兵士と鉢合わせる。

 兵士はその手に、今度こそ本物の松明を握っており、小屋から出てきたユークレスを見て驚いた様子だった。


「! き、君は……」

『危なかったなぁ、あのままお前が小屋でえんえん泣いてたらあいつが握ってる松明で火を点けられる所だっただろうぜ?』

「うるさい、わかってるよ」


 ユークレスの前に現れたのは、あのユキワタゲを殺したうちの一人だった。

 同じ事に相手も気付いたらしく、笑顔を浮かべながら近寄ってくる。


「こんな所で会えるなんて、偶然だなぁ。……この前は、すまなかった。あれから王国に戻って調べたんだが、あの化け物は君たちハーフエルフにとっては幸運の象徴なんだってね、いや、本当にすまない事をしたと今更思って、謝りたかったんだ」

『油断するなよユークレス。口ではお前に謝ってるが、あいつの手がどこに置かれてるのか分かるよなぁ?』

「分かってる、いちいち言わなくていいんだよ」


 松明を掲げるのとは反対、体の影に隠されてはいるがその手は剣の柄にかけられているのだろう。

 ジルベールに言われるまでもなく、喋っているのは彼を油断させて殺すための演技だ。本気で謝るつもりがあるなら、自分が殺した生き物の事を化け物などと呼ぶわけがない。

 だが、兵士は自分の言葉がユークレスに通じたと思ったのか、嬉しそうに小走りで接近してきた。隠された腕が動くのも、同時に捉えられる。


「……よかった、なんて謝るべきか、ずっと考えていたんだよ! こんな形での再開になったけど、許してもらえて良かっ」

「ジルベール」


 間合いに入られるより先に、その名を呼びながら剣を斜めに斬り払う。

 当然空を斬るが、それで魔剣の力が発揮される。兵士の鎧ごと肩から斜めに胴体が両断され、下半分だけが滑るようにユークレスの足元に転がる。


「え、なに、が」


 切り離された上半身が仰向けに転がり、自分が一体どうなったのかもわからぬままに言葉を発さなくなった。


「…………おい、ジルベール」

『なんだ?』

「こいつ、俺を殺そうとしてたって言ったよな」


 ユークレスに隠すようにされていた手。それは剣ではなく、兵士の背中側の腰に付けられた革袋へと伸びていた。

 そこに握られていたのは、小さな人形だった。個人の手によって作られたものなのかひどくいびつで、ユキワタゲの形を模されている。

 とてもユークレスを殺そうとする人間が持つには不釣り合いで、意味の通らないものだ。

 どういう事か問い詰める彼に、銀の魔剣はやれやれ、と呆れるように言う。


『ユークレス、俺が言ってない事を勝手に言った事にされたら困るぜ? お前にはこの兵士がどこに手を伸ばしてるか聞いただけだろ?』

「ッ……!! 騙したのか!?」

『騙すとは心外だな。ちゃんと確認しない方に問題があるぜ?』


 謀られた。ユークレスは自分を殺す意思のない、ただ自身の非道を詫びようとした相手を有無を言わさず斬り殺してしまったのだ。


「……そんな……だったら……!」

『殺したくなかったってか? そんな馬鹿な事は言うなよ? こいつだってどうせお前の見えない所で村の仲間をぶっ殺してたんだぜ? もしかすると、お前の親の息の根を止めたのがこいつだったかもしれないんだ』

「っ、それ、は」

『そうだろう? 相手がいい奴だとか悪い奴だとか、気にすんなよ。復讐ってのはもっと大きな目線でするもんだぜ?』

「大きな……?」


 自分の事を騙していたはずのジルベールは、まるでユークレスを諭すかのように語り掛けてくる。

 言われてみれば確かにその通りであるようにも思えてきた。ユークレスはカレット村と、そこに住む自分以外のハーフエルフの命を奪われたのだ。

 どんな理由があったにせよ、こんな暴虐が許される道理はない。


『王国の人間は何の罪もないハーフエルフを皆殺しにしたんだ。……なら、生き残ったお前が王国の人間を一人残らず殺してやるのが、唯一の弔いになるんじゃねぇのか?』

「……全部、殺せばいいのか?」


 その甘言に思い出されるのは、母メルテラの言葉。

 カレット村が剣と団結の王国に殺されたのならば、ユークレスは王国の全てを殺すべきなのか。


『おっ、中々話が早いじゃねぇか。そういう事だよ』


 素直にユークレスが自分の言葉を飲み込んだのを見て、ジルベールは嬉しそうに肯定を返す。


『お前にとって王国は村の皆を殺した「邪悪なる存在」ってわけだ。なら、殺そうぜ。一人残らず』


 かつて英雄カレットがこの世界から消し去ったという邪悪なる存在。剣と団結の王国の民こそがそれである、と魔剣は言う。

 同じものではないはずだが、ユークレスにとってその事実は関係がない。確かに、彼には王国が存在するべきでないものに思えてならなくなっているのだ。

 そして、それを成すための力が、彼の手にはある。


『悪を消すためなら、俺は喜んでお前に協力する。俺の銘を叫び、全ての敵をぶった切ってやれ。代償は貰うが、いつでも力を使わせてやる』

「……。分かった、力を貸してくれ、ジルベール。俺は……剣と団結の王国を、滅ぼす」


 決意したユークレスの、確かな意志を持った瞳。

 それを見たのか、ジルベールは喜びを表現するかのように輝いた気がした。

 全てを両断する必殺の魔剣。これさえあれば、ユークレスの復讐は必ずや叶えられることだろう。


「……ちょっと待てよ。代償って何の事だ?」

『ん? 言ってなかったっけか』


 不穏な言葉を聞いたと気付いたユークレスは、ジルベールに問うと、言い忘れていたと魔剣が続ける。


『俺の銘を呼んで敵を殺す度に、お前の寿命を少しずつ奪ってんだよ。それが代償だ』

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