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その魔剣の名を呼べ

 村の中を走り抜けていくと、至る所で火の手が上がっていた。いくつかの家で叫び声と泣き喚く声が聞こえる。

 ユークレスが見ていたような光景が各家庭で繰り広げられているのだろう。

 できることならそれも助けたいが、今のユークレスには見て見ぬふりをして走り抜ける事しかできない。

 家の間を抜けて森へと続く柵を越える。キブの木の群生地を抜け、さらにその奥へ。

 月が出ているものの、夜闇に覆われた森林の葉々が月光を阻むせいで数メートル先を見渡す事も叶わないが、ユークレスは通い慣れた道を勘だけで突っ走っていく。

 時間にすれば十分もかかっていないが、暗闇の中を走る感覚は体感で何時間にも感じられる。

 無限にも思えるような疾走の末に、ようやく目的の場所へとたどり着いた。

 月光に照らされて輝くその墓碑は、朝方に見られる銀色の反射とは似て非なる雰囲気を醸し出していた。

 日中は貴いものを見るような恐れ多さがあったが、深い闇の中月の光を浴びるそれは触れてはならないものを呼び起こすような「恐れ」が感じられる。

 だが幼馴染とも言える少女の命がかかっているユークレスはそんな場の空気などになりふり構っていられない。

 英雄カレットが振るったとされる魔剣、ジルベール。その銀剣の前に立ち、柄へと手をかける。


「……なんとなく分かってたんだ。この前の墓掃除の時、なんでこの剣が抜けたのか」


 誰もいない空間、ユークレスは手にした剣へ語り掛けるように独白する。


「俺には「資格」があったんだよな? カレット様に近い姿を持つ俺が魔剣の主になれるなんて、ちょっと考えれば思いつくもんな。それとも、悪い事してるやつらを斬りたい、って思いが伝わったのかな」


 ユキワタゲを殺した兵士たちへの怒り。消したつもりではあったが、結局の所彼の心のどこかには燻り続けていたのだろう。


「だったら、力を貸してくれジルベール! カレット村が……マナが! 殺されそうなんだ! だから……俺に!!」


 焼き殺されていった両親の最期を思い出す。きっとそれより前に殺されていたのかもしれないが、その遺体を無惨に燃やされたのだ。

 どんな理由があっても許せはしない。あの蛮行を止めるため、ユークレスは両手に力を込め、ジルベールを大地から引く。

 銀の剣は何の抵抗もなく抜け、その刀身を月光で煌めかせた。


「……!! 応えてくれたんだな!!」

『まあ、そんなにベラベラ喋らなくたって抜けはしたんだけどな』

「うわっ!?」


 再びその全身を見せた剣に感動した時、皮肉気に喋る声がユークレスの脳内に響く。

 驚き、周囲を急いで見渡すが誰もいない。この場にいるのはユークレスただ一人だ。


『そんなにビビるなって。さっきも起こしてやっただろ?』

「さっき……?! お前、もしかして夢の中で話しかけてきたやつか!?」

『おうよ。こんな大変な時に眠りこけてんだもんなぁ。優しい優しいジルベール様に感謝しろよ?』


 ジルベール、と名乗った声にユークレスは眼前の、自らの手に握った剣を見る。

 つまり、この声は魔剣ジルベールから聞こえているのだ。


「お前……ジルベールなのか!?」

『説明するまでもねぇ気はするが、そうだ。カレットの相棒、魔剣ジルベールだぜ』


 フランクな、ともすれば生意気な口調でジルベールはユークレスの質問に答える。


『俺の声が聞こえてるって事はお前にも俺を扱う素質があるってワケだが……。んなことよりいつまでも無駄話してていいのかよ、ユークぅ』

「っ、そうだ、急がないと!」


 英雄の振るった魔剣が応じてくれたことに感動して話をしてしまっていたが、そんな場合ではないのだ。

 マナの命がかかっている事を思い出し、ユークレスはジルベールを手にカレット村へと引き返していく。


『急げよユーク! お姫様を守るナイトになれるといいなぁ!』


 煽るように言うジルベールに従うように、全力でユークレスは元来た道をたどっていく。

 彼の足取りは行きよりも軽やかだ。なにせ英雄の使った武器を手にしているのだから。これさえあれば、既にマナを救ったも同然の気分である。

 だが、その足は村に戻るよりも先に止まる事になった。

 キブの森に差し掛かった辺りで、前方に明かりが見えたのだ。松明か何かに火を灯した誰かがこちらへとゆっくり歩いてくる。


『お? お前の仲間かぁ? 良かったなユーク、助けが来たのかもしれないぜぇ?』

「……違う。そうだったらいいけど、あれは王国の兵士だ」

『偉いなぁ、ちゃんと現実が見えてるじゃねぇか。そのまま目を逸らすなよ?』


 忠告なのか、それとも別の意図があるのか不明だが、ジルベールに言われるまでもなくユークレスは兵士から目を離さない。

 向こうも既にユークレスを視認しているのか真っすぐ彼の元へとやってきて、互いが認識できる距離で止まった。

 現れたのは、ユークレスの家で両親を焼いたあの男だった。鎧に血をべったりと付着させた男は、彼を見て安堵する。


「……良かった、あのままどこかへ逃げられたかと思ったよ」

「そんなわけないだろ。俺はマナを助けるために逃げたんだ」


 それを聞いて、大きな松明のようなものを持った兵士は目を見開き、それから笑った。


「ははははっ、本気で言っているのか?」

「笑いたかったら笑えよ。俺の手にはこのジルベールがあるんだぞ」

『ギャハハハハハァ!!』

「なんでお前が笑うんだよ!」

「な、何に言っているんだ……?」


 彼はユークレスのリアクションに不思議なものを見る目を向けて、それから手にしていた松明のようなものを突き付けてくる。


「まあいい。気でもおかしくなったのか。それより、どうやって助けると言うんだ?」

「決まってるだろ、お前を倒してマナのところに」

『待て待て、ユークぅ』

「なんだよ、今喋ってるだろ!」

『いいから、もっとよく見ろって』


 まるで何かをユークレスが見落としているかのようにジルベールは言う。何の事かわからないまま、敵の兵士をよく観察してみる。

 その手には血に濡れた剣が握られている。先程見た時より紅が増えたのを見るに、誰かを斬ったのだろう。

 反対の手には燃え盛る松明が掲げられている。大きなそれは子供くらいの大きさがあり、腹のあたりから血が流れ出たかのように赤く染まっていた。


「は。……あれ」


 そこで、ユークレスは自分の認識がおかしい事を知る。無意識の内に、視界がフィルターでもかけていたのだろう。

 松明に腹など無い。そう、兵士が掲げているのは松明などではなく、


「……で、マナ、だったか。どう助ける気だ?」

「マナ……、マナを……。じ、ジルベールで……」

『今言わなくてもいいかもしれねぇんだけどよ、ユークぅ。俺は剣だから斬る事は好きなだけできんだけど、生き返らせるってのは無理なんだよな』


 足の力が抜け、大地へ跪く。そのまま体も倒れ込みそうになるが、それだけはジルベールを支えにして防ぐ。

 目を逸らすな、とジルベールに言われたはずなのに、今は眼前の敵を視界に入れる事すらしたくなかった。

 だって、顔を上げれば自然と見えてしまうのだ。

 その手に掲げられたハーフエルフの少女が。


「ころさないって、言ってたのに」

「ああ、抵抗しないでいたらそうしたさ。しかし仲間を殺された以上はそんな生温い事も言っていられない」

『善戦してた方なんだがなぁ。お前が片道五秒で行って来てをできてりゃ間に合ったんだが』


 本気で言っているのか、ジルベールは惜しむような声をユークレスに向ける。

 聞かされた方は、思わず柄を握る手に力が入った。


「お前、見てたのかよ」

『あー、お前の事を視るついでにちょっとな。まぁそう気に病むなよ、森に入った時にはもう手遅れだったんだからさ』

「見てた? ……死ぬ瞬間の話ならそうなるな。ユーク、と言ってたぞ」


 兵士の言葉に、地べたに倒れていた足に力が戻る。

 待っていろ、そう言われた彼女は死の間際、どんな想いでその名を遺したのだろう。

 もう喪われ、聞く事のできないその声にどんな意味があったのか。絶望に打ちひしがれていた心と体が立ち上がる。


『俺も聞いてたけど、再現するか?』

「があああああああぁッッ!!!!」


 ユークレスの心には火が付き、爆弾のように弾けた。

 なぜ、英雄の手にした剣が聖剣ではなく魔剣と呼ばれているのか。その一端を燃え上がる怒りと共に理解しながらユークレスは目の前の男へとジルベールを振りかぶる。


「おっと」

「ッ!!!」


 獣のような咆哮と共に、しかしユークレスは剣を振り下ろす事が叶わなかった。

 兵士は盾にするかのように彼女の遺体をユークレスの眼前に突き付けたのだ。

 彼が決して傷付ける事のできないもの。それを相手は理解しているらしく、狡猾に利用してくる。

 ユークレスが止まった隙を突き、血に染まった剣が突き出される。遅れて後方へ飛んで回避するが、かわしきれずに肩の肉が削がれた。


「ぐっ……!!」

『卑劣だなあ。あんな他者を弄ぶような行動許せねぇよ。……そんな時こそ俺のチカラの出番なんだが』

「黙れぇぇぇッ!!」


 まさにユークレスを愚弄する言動の魔剣へと吠え、力任せに兵士へと二度目の太刀を振るう。

 結局それも同じことの繰り返しだ。肉の盾が効果的と見るや、より前面へ押し出してきてユークレスの刃は止まり、退避を余儀なくされる。


『そんなに怒るなって。お前を立ち上がらせるためにはちょいと発破かけないとダメだと思ったんだよ』

「喋るなぁ!! お前の事も絶対に許さないからなぁッ!!!」

「……さっきから何が聞こえてるんだ、お前に、はっ!!」


 攻めの手が緩んだユークレスに、容赦なく兵士の剣撃が飛んでくる。それを自分の剣ごと叩き折るようなつもりで迎撃していく。


『……おい、俺をこのままブンブン振り回してたってお前は子供なんだ。すぐ疲れて隙を晒すぜ。そしたらあいつは両手に花ならぬ両手に盾だ』

「はぁっ、はあぁぁッ!!」


 激しい兵士の攻撃に、もはやユークレスは返事をする気力もない。ただ力任せに迫り来る剣を弾くだけだ。

 意固地になった様子の彼に、ジルベールは諦めたように言う。


『……ったく、そんなに難しい事は要求しねぇからよく聞けよ? 俺の銘を呼んで、俺を振れ。それで、お前の窮地を断ち切ってやる』

「……っ、……ッ!!」


 追い込まれ、もはや息も絶え絶えなユークレス。攻撃を弾き返す余裕もなく、よたよたと後退するような回避しかできていない。

 そしてもはや回避もできなくなる。背後にそびえる木がユークレスの退路を奪ったのだ。

 すかさず剣が突きこまれる。喉を狙ったそれを避けはしたが、その一突きはユークレスの肩を貫き、木へと縫い留めた。


「うううっ……!!」

「……素人にしては、よくやった方だな」

『おい! 早く俺を呼べよ! マジで殺されるだろうが!!』


 ユークレスは呼びたくなかった。英雄カレットの使った剣がこれほどまでに性格が悪かったとは思わなかったのだ。

 もはや止めを刺されるのを待つばかりの状況。ここに至っても、ジルベールの力とやらを使う気にはなれなかった。


「このまま殺された方が、マシだ……!」

『はぁ!? なんでそうなんだよ!?』

「……随分手こずらされたが、潔い事だ。望み通りにしてやろうじゃないか」


 肩の剣が抜かれ、ユークレスは滑るようにして座り込む。もう全てを諦めたかのような彼に、容赦なく兵士は剣先を向けた。


『マナの仇を討たずに死んでいいのかよ!!』

「ッ……」


 その叫びに、彼の目は見開かれる。

 目の前に立つ男は両親を殺し、そしてマナの命をも奪った。

 カレット村では同じような事がいくつも起こっていた。彼女の両親もまた、ユークレスの親と同じように殺されているのだろう。

 それを止めなくていいのか。力を手にしたというのに、気に入らないからといって使わずに死んで、マナに合わせる顔があるのか。

 そんなはずがない!


「ジルベェェェェルッッ!!」

「!?」


 咆哮と共に振られた剣は、しかし兵士に届かなかった。またも、少女を盾として使われたからだ。

 突然の絶叫に一瞬身構えた敵は、しかしそれ以上何も起こらない事を確認してユークレスを見る。


「急に叫んだかと思えば……助けでも呼んだつもりか? 残念だがあの村の奴らは皆殺しになる。今さら何をしようが、お前はここで、死――」


 饒舌に語っていた男は、不意に喋らなくなる。いつの間にか体の中心から縦に、両断されていたのだ。

 二つの肉と、一人の少女の体が大地に倒れる音がする。

 穴の開いて痛む肩に無理をさせながら、ユークレスはようやく自由になった彼女の遺体の元へと行って、抱き上げた。


「……マナ」


 彼女を焼いていた炎も、消えていた。これもジルベールの力なのだろうか。

 だがあの魔剣自身も言っていたように彼女が生き返ることは無い。ただ消火だけのされた、見るに堪えない死体が彼の腕の中にあるだけである。


「仇は……討ったよ」

『そうだな、でもまだ「全員の」ではないよな?』

「…………。ああ。みんなの仇を、討たないと」


 彼女の体を抱きながら、ユークレスはカレット村へと戻っていく。

 殺されたのは三人だけではない。きっと、他の村人もだ。


「だから、待っててね、マナ」


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