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喪失 前編

「うわああああああああああああああああぁぁっっ!!!!!!」


 深夜、「剣と団結の王国」の城で絶叫が上がる。

 国王の一人息子、王子パルス・オル・フォルティーヌに与えられた寝室のベッドから飛び起きた彼は荒い息を吐きながら自分の胸を握りつぶすかの勢いで掴む。

 痛いくらいに握る胸の感触に、むしろ痛みを覚える事に安堵したパルスは徐々に呼吸に落ち着きを取り戻していく。

 酷く汗をかき、寝着は服を着たまま水浴びでもしたかのように濡れている。

 不快極まりない衣服の纏わりつく感覚。しかしそれすらも今の彼からすれば自らを安心させてくれるためのものに思えて他ならなかった。


「……どうかなさいましたか!?」


 絶叫を聞きつけてか見張りの兵士が寝室へ飛び込んでくる。

 それを見て、安心と絶望の入り混じった表情を向けながらパルスは口にした。


「……僕は、殺された」


 真剣な顔で、生きているパルスからそう告げられ、兵士は驚きと困惑で眉を顰めてまばたきする。


「殺、され……? ……ええと、御存命でいらっしゃるように見受けられるのですが」


 当然の返答をする兵士の顔は、きっと寝惚けておかしな事を言っているのだろうと考えているような苦笑いだった。

 間も無く17歳になろうかという王子はその反応に極めて苛立ち、怒声を上げる。


「真面目に聞け!! 一国の王子が殺されたと話しているのだぞ!!!」

「っ! そ、そう仰られましても」


 いきなりの激怒に委縮するが、他にどう捉えろと言うのか、と内心でため息を吐きたくなる。

 依然として事態の深刻さを理解しない兵に歯ぎしりしながらパルスはまた胸を押さえる。


「僕は確かに殺されたんだ、この胸に……あの禍々しく輝く銀の剣が突き刺さって」

「銀の剣。……というと、大昔にハーフエルフの英雄が使ったとかいうあれですかね」

「ッ!!」


 ハーフエルフ。そう聞いた途端にパルスの瞳は怒りと恐怖でぎらりと輝く。


「そうだ、僕を殺したのはハーフエルフだった! あいつらは、僕を殺そうとしているんだっ!!」

「それは……穏やかな話ではありませんが……。ですが失礼ながら王子、それは夢の中での話ではございませんか?」

「夢であるものかッ!! 冷たい刃が肉と骨を断つ感触、零れ出る血の臭いを確かに感じたッ!! あれが夢であるならば……!!」


 そこでパルスははたと気付き、それまでの激情ぶりが嘘のように冷ややかな表情に変わっていった。

 ベッドから立ち上がり、兵士の前に立つと口を開く。


「……予知夢だ」

「はい?」

「そうだ、間違いない。僕が見たものは予知夢だ。この先に起きる惨事を神が僕の夢を通じて教えて下さったに違いない」

「神、ですか。アレンデュラ様にお聞かせすればさぞ喜ばれそうではありますが」

「父上が隣国と友好を結んでくださった甲斐があったな。お陰で僕の身を脅かすものを事前に潰すことができた」


 パルスはそこまで信仰に厚い人間ではない。だが、あれほどまでに鮮明で現実そのものであるような夢を見せたのは、神の慈悲なのではないかと思った。

 このままでは無惨に殺されてしまう自分を憐み、未来を変えよ、と神が告げているのだと信じた。

 だから、彼が下す命令に何の躊躇いも持たない。


「兵を集めろ。あの森に潜むハーフエルフを皆殺しにして僕を殺そうとする者を一匹残らず消せ」






「ユークぅ、怪我はもう平気ぃ?」

「ああ、ちょっと斬っただけだもん。ほら」


 カレットの墓掃除の翌日。ユークレスは家に遊びに来たマナにそう声をかけられた。大きな傷ではなかったのだが、やはりそこそこの出血があったためか心配でならないのだろう。

 そんな彼女に負傷した腕を見せてやる。切り傷に良く効く薬草を塗ったおかげか、既に怪我は完全に塞がっていた。

 治りの速さを見て、マナも驚くような声を上げる。


「わぁぁ、もう綺麗になってるぅ」

「カレット様の力かな。あんなくらいならすぐ治っちゃうんだよ」


 英雄に近い姿を持つユークレスは、身体能力だけでなく治癒力も高いらしい。これもカレットの血を濃く受け継いだ恩恵なのだろう。


「へぇぇ。……あれぇ? でもカレット様ってそんなにすぐ怪我が治ったりするお話し、あったっけぇ?」

「ん? んー、どうだっけ。まあ治ったんだしいいだろ? 今日は何して遊ぶ?」

「かくれんぼしよぉ」


 かくれんぼはユークレスの得意中の得意だ。前に隠れた時は村の中だったが、全力を出した事によって二日ほど見つからなかった事がある。

 その後親に心配をかけたせいで彼の人生で一番こっぴどく叱られてしまったので長らくやっていなかったのだが、彼女の方から提案してくるのは意外だった。


「珍しいな、マナがかくれんぼしたいなんて。前は俺の事見つけられなかったのに」

「村の中、だと広すぎただけだよぉ」

「じゃあ俺の家の中、か。ふふん、村と比べたらそりゃ結構狭いけど、マナに見つけ出せるかな?」


 範囲を限定したら一方的なゲームにはならないと踏んだのだろうか。それでもユークレスには隠れ続けられる自信がある。

 が、自身があるのはマナの方も一緒なのか、勝ち気に笑ったユークレスに続けてふんすと笑う。


「ひさくがあるんだぁ。今日こそ絶対見つけるからねぇ」

「秘策? なんだよ」


 何かの用意があるらしく、ユークレスは尋ねてみた。

 するとマナは顔を少し赤らめて鼻息も荒く策を説明してくれた。


「あのねぇ、見つかった人は見つけた人になんでも好きなことされちゃうってルールを付けるのぉ」

「罰ゲームありかぁ。緊張感は出るかもだけど、それが俺を捕まえる秘策なのか?」

「うん。これなら多分すぐ見つけられちゃうなぁ……♡ いいよねぇ、ユークぅ」

「なんかちょっと声怖いけど……いいよ。やろうか」

「じゃあ、数えるねぇ」


 了承を得ると、すぐにマナは腕で目を隠してカウントダウンを始めた。ユークレスもそれを見てすぐに隠れにいく。

 ちなみに自然な流れでユークレスが隠れる側でマナが探す側になっているが、それには理由がある。

 マナが隠れるときは非常にあっさりと見つけてしまうからだ。単に隠れるのに慣れていないのか、一分とかからずにユークレスは彼女の尻が物陰からはみ出しているのを見かけるのだ。

 それは別に問題ないのだが、毎回どういうわけか服が捲れあがって下着が見えてしまっているのだ。彼女は気付いていないのかどうなのか、いずれにしてもユークレスとしてはあまり見てはいけない気がしているので自然と自分が探される方になるようにしている。

 ともかく、ユークレスはまっすぐに両親の部屋へと入る。ロクドールとメルテラは夕食用のキノコを採りに行っているので誰もいない。

 彼は父の衣服タンスを二つ引き開けると、片方に入っていた服をもう片方の引き出しのなかに詰め込んでしまい、空になった引き出しへと器用に体を押し込んでタンスを閉める。

 あまり多くの服を持っていない父のタンスはスカスカであり、隠れるにはもってこいの場所だと前々から思っていたのだ。

 今日はこの場所で両親が帰って来るまで粘るつもりでいる。マナがユークレスを見る目がなんだか怖かったというのもあって全力だ。


「気合入れてたマナには悪いけど、今回も俺の勝ちかな」


 既に若干勝利を確信し、ユークレスは余裕の表情になる。

 カウントダウンが終わってマナも彼を探し始めたのか、「ユークぅ~、どこ~?」と遠くから声が聞こえるがもちろん答えたりはしない。

 何度か扉を開ける音が聞こえ、少しずつ近付いてきたそれがユークレスの隠れる部屋のドアを開ける音がした。ばれないように、呼吸を小さくし身動きを取らないようにする。

 しかしマナは部屋の中を軽く見て回っただけで、すぐに扉を閉めて別の部屋に行ってしまった。


「ふぁ……」


 これは想像していた通り長期戦になるだろう。そう思ったユークレスは自然とあくびが出てしまう。

 自分の隠れ場所が暗く狭く、安心感を得られたためであろうか。襲ってきた眠気を振り払おうと体を動かしたい所だが、そんなスペースがある場所ではないためだんだん瞼が重くなっていく。


「……いっか……ちょっと寝よ」


 結局ユークレスは諦め、睡魔にその身を任せる事にした。

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