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帰還と、最後の敵

『……これで、ようやくお前の復讐も終わったか』

「……、うん」


 剣と団結の王国、杖と羽の国、つらぬく槍の帝国。ユークレスの暮らす世界に存在した全ての国は滅び、全ての住民が消えてなくなった。

 カレットが殺しきることのできなかった、邪悪なる存在。それを、彼が殲滅したのだ。

 それはユークレスの、そしてその先祖であるカレットの復讐が終わりを告げたという事である。


『……頑張ったな』


 今まで聞いた事も無いような優しい声色で、ジルベールはユークレスの努力を讃える。

 少ない言葉だったが、その音の響きに一瞬だけ父、ロクドールの姿を想起して瞳に涙がにじむ。


『おいおいはえーって! こんなとこで泣くなよ!! 村に帰って、ちゃんと全部報告するまでが復讐だぜ!?』

「なんだよ……復讐も終わったかってお前がいったくせに……」


 涙をこぼすのは堪えたが、急に前言を撤回したジルベールに彼は文句を言う。

 しかし魔剣が言いたい事も分かるため、あまり責めはしない。まだユークレスには、自分が復讐をやり遂げた事をカレット村の皆に知らせる義務があるのだ。

 溶けた鎧を脱ぎ捨て、銀の鞘に収まった魔剣を腰に提げ直し、彼は城を後にする。


「……なあ、ジルベール」

『どうした、ユークレス』

「村のみんな、喜んでくれるかな」

『はっ、何当たり前の事言ってんだか。ここまで頑張ってきたお前の事、認めないやつなんかあの村にいるわけねぇだろ? マナだって、きっと前よりお前の事好きになるぜ』









「近寄るなバケモノオオオオっ!!」


 剣と団結の王国の元森林地帯。カレット村があったそこへたどり着いたユークレスを迎えた第一声は、恐怖にまみれながら放たれる怒号だった。


「え……。なんで、こんな……?」


 王国に焼かれた森は木の一つも残っておらず、村もまた同様だった。ユークレスが出て行った後も延焼は続き、全ては灰と化してしまったのだろう。

 であれば何も残っていないはずのそこには、レンガが積まれていた。本来はカレット村の跡地である場所の上は、円形の壁のようなものが取り囲んでいたのだ。

 その壁の上部からは石弓を手にした人間が二十人ほど居並び、ユークレスを狙っている。絶叫を上げたのも、その中の一人だ。

 訳の分からぬ状況に、彼は困惑するばかりだった。


『……。すまねぇ、ユークレス』

「な、なんだよ、なんで謝るんだよ」

『その、な……。俺の力も万能じゃなかったって事だ。簡単に言うと、討ち漏らしがいた』


 ジルベールの力で殺してきた人間。その幾人かが危機を察知して逃げ、他の国へと移動していた。

 それだけではなく、彼らの内の何人かは元森林地帯へと逃げていたらしい。魔剣の力の探知範囲から奇跡的に逃れたのか、その集団がここにこの壁を築いたらしい。


『ここに残っているやつらが、本当に最後の人間だな。……皇帝をぶっ殺した後にこんな食い残しみてぇな連中がいるとはな。締まりのねぇ事で、悪いな』


 杖と羽の国、つらぬく槍の帝国へユークレスが向かっていた間、彼らはここに安全な拠点を作りあげたのだろうか。

 長い間ユークレスが留守にしていた時、ここで何が起きていたのか。中は、どうなっているのか。


「来るなと言ったはずだぁぁっ!!」


 一歩を進むユークレスに一斉に石弓が放たれる。まともに撃つ訓練もしていないのか矢は周囲に突き刺さるが、それは明確な敵対行為だ。

 彼は銀の鞘に収まる魔剣の柄に手をかける。


「……なあ、ジルベール。あいつらも敵なのか」

『……。お前に今弓を引いて、帰るべき場所を占領してるのは事実だぜ。どうする?』

「決まってるだろ」


 復讐は終わった。そう思っていたユークレスだが、ジルベールを鞘から抜く。

 敵はまだ、残っていたのだ。


「ジルベール……!」










「ま、待ってください……この子は、この子は何も悪くないんです、せめて、私の子供だけは……」


 壁の向こうにあった小さな村の住人は、とても弱かった。

 それも当然であろう。各国の兵士のように戦う力もなく、逃げる事を選んだ末にこの地へ集まった集団なのだから。

 ユークレスに追い詰められ、背後に自分の娘をかばっている母親もそうだ。戦うでも家の中から逃げるでもなく、ただ命乞いを彼へと向けてくるばかりだ。

 その光景に、彼は振り上げたジルベールを振り下ろすべきなのか、少しだけ止まってしまう。


「……」

『……ユークレス、ここで止める気なのか? こいつらが何を踏みにじって生きてるのか、忘れたわけじゃねぇだろ?』

「ッ、……ッ!!」

「ぎゃあっ!」


 迷いを見せたユークレスだったが、魔剣の言葉で意を決し、銀の剣で目の前の女を斬り殺した。

 血を撒き散らしながら崩れ落ちた母を見て、後ろで震えていた娘もその瞳を恐怖で震わせる。


「……なあジルベール、今俺がしてるのって」

「あああああああっ!!」


 怯えた少女を見て、魔剣へと問おうとしたユークレスの背後。突如物陰に隠れていた少年が薪割り用の斧を手に絶叫しながら襲い掛かってくる。

 だがその不意打ちは始めから魔剣の力で分かっていた。ユークレスは視線もそちらへ向けず、おぼつかない手付きで振り下ろされた斧をジルベールで受ける。


「今だ、逃げろ!!」


 彼らは家族なのか、それとも親しい友人同士だったのか、少年の方がわが身を囮としてユークレスを引き付け、その隙に娘の方を逃がすつもりだったらしい。

 少女は頷き、そして家の外へと逃げようとする。


「……ジル、ベール」


 今までで一番力のない声でその魔剣の銘を呼び、ジルベールを振るう。

 家の外へ逃げようとした少女も、ユークレスを止めようとしていた少年も、その一閃の前に無力にも両断され、物言わぬ屍となった。

 ユークレスだけが残された家の中、彼は魔剣を床へと突き刺し、膝を突いて俯く。


「ジルベール……俺、もうやめたいよ……」


 これまで堪えていたものが一気に決壊したかのように、ユークレスは涙とともにそう零した。

 皇帝を殺し、彼の復讐はそこで終わったと思っていたのだ。直後、カレット村のあったこの地であの時の再現をするかのような虐殺を自らの出て行い、もはや耐えきることができなかったのだろう。


『……泣くな。今ので、今度こそ本当に終わりだ』


 子供のような嗚咽を漏らしながら震えるユークレスに、ジルベールはこの場所にはもう人間はいないと告げる。

 この村へと戻ってくるまでの間に、彼は復讐など知らなかった頃のユークレスへと戻ってしまっていたのかもしれない。そんな彼には、この最後の戦いはこれまでで一番辛く、重いものであったに違いない。


『本当に……今までよく頑張ったな』


 それを聞き、ユークレスは大きな声を上げながら泣いた。これまでの悲しみ、その全てを吐き出すかのように。

 カレット村の焼失、家族と幼馴染の死、剣と団結の王国で再会した生存者、杖と羽の国での迫害、つらぬく槍の帝国で滅びた魔族とハーフエルフの村。

 もはや取り戻す事の敵わぬ喪失に、ユークレスは日が変わるまで泣き続けた。

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