業火を越えて
『……またここに来る事になるとはなぁ』
双魔将グリンスタッドとの闘いから五日。ユークレスは杖と羽の国の王都へと戻ってきていた。
ジルベールが言うにはこの先で皇帝が待っているらしい。おそらくは、アレンデュラを殺したあの城のどこかだろう。
皇帝ディオンダールもまたユークレスが迫っていることは予想しているかもしれない。だとすれば、きっと彼を待ち構えるに相応しい場所にいるはずだ。
「皇帝は、どこにいる?」
『んー、玉座の間っぽいな。……それよりユークレス、作戦はちゃんとあんだろうな?』
王都の市街地を歩く彼に、魔剣は確認するように聞いてくる。
それに、ユークレスは力強く頷きを返した。
「ああ。この前の雷みたいに、あの炎に突っ込んで魔剣を壊せば勝てるだろ」
『…………聞いといてよかったぜ。あのなユークレス、それじゃ駄目だ、お前は死ぬ』
「え、なんでだよ。あの雷撃は耐えられたのに」
ただの余波ですら帝国兵を殺した雷の魔剣フリンツヴォルド。その直撃を二度受けきれた彼はグリンスタッドを倒したのと同じ作戦で戦おうと考えていたが、真っ向から否定される。
ディオンダールの魔剣はそれほどに強力であるというのだろうか。
『正直魔剣の力自体は大した事ねぇ。双魔将のも皇帝のも俺より下のランクの魔剣だ。何なら雷の魔剣の方が皇帝が持ってる方より強いかもな』
「だったら平気だろ。なんで……」
『いやぁ、俺は昔っから火が苦手でよぉ……』
申し訳なさそうに自身の苦手を告白するジルベールに、ユークレスは意味が分からない、という顔になる。
魔剣の宣言にどんな理由があるのかよく分からず、続きを促す事にした。
「怖いって事か? 我慢しろよ」
『あー、ちょっと可愛く言い過ぎたか。いや、苦手っつーか、魔族だった頃からの俺の弱点だったんだよ』
噛み砕いての説明に、ユークレスもようやくジルベールの言いたい事が理解できた。
魔剣となった今もその弱点が残っているのだろう。きっとあの炎をその刀身で受ければ、ジルベールは簡単に溶けてしまうはずだ。
「それくらいだったら、俺がお前の事守れば何とかなるだろ」
『へへっ、惚れ惚れするセリフだな。……嬉しいけどよ、こいつは俺だけの話じゃねぇんだよな』
ジルベールの弱点が炎だと言うなら、自分が盾になる。
それで問題は解決かと思いきや、まだ懸念が残っているらしく、魔剣は話を続けた。
『ユークレス、お前の住んでた村を造った、そしてお前の先祖となってるのは誰だ?』
「は? ……カレット様だよ、知ってるだろ」
『ああ知ってる。……じゃあ、そのカレットの夫となったのは誰かもお前は知ってるよな』
「お前の事だよな。急になんでそんな……!?」
聞くまでもなく知っているはずの確認をされ、どんな意図があるのかをユークレスは考える。
そして、すぐにその意味を理解してハッとした。彼の思考が正解であるのを肯定するかのように、ジルベールは声を出す。
『そう、つまりお前は俺とカレットの、子孫なわけだ。……この体でどうやってカレットと子供を作ったかは秘密だが』
「どうでもいい話をするなよ! ……っていう事は、つまり」
ユークレスはその身体に英雄と呼ばれたカレットの特徴を強く受け継いでいる。そのおかげで体は頑丈で力もかなりある。
だが受け継いだのは彼女の力だけではない。ユークレスは彼女の夫である、ジルベールとも近い存在なのだ。
それを思い出し、魔剣が伝えたかった事を完全に理解した。
『お前は強いが、俺の弱点も受け継いじまった、って事だな』
あの炎を受ければ死ぬ、とは皇帝と初めて遭遇した際にジルベールは確かに言っていた。
ユークレスはそれだけ強力な魔剣なのだろうと思っていたが、少しだけ違った。単純に、彼の弱点を教えてくれていただけなのだ。
真剣そのものだったあの時の魔剣を思えば、単にユークレスの耐久力を心配していただけでなく、レア・ラグラムの炎を耐えられないと自身の経験から知っていたのだろう。
フリンツヴォルドの雷の時と同じ作戦は取れない。その事実を理解し、ユークレスは皇帝に立ち向かう術を一から考え直す事になるのだった。
「――現れたか、ジルベールよ」
杖と羽の国、王城。その玉座の間にて長き間を待ち続けたディオンダールは、ユークレスが扉を開け広げて入ってきたのを見て、その顔を上げる。
『……おい、こいつまだお前の名前がジルベールだと思ってるみたいだぜ。訂正しないのか?』
「どうでもいいだろ、好きに呼ばせればいい」
「……その鎧、グリンスタッドは破れたか」
彼を見たまま皇帝は無感情に戦いの結末を受け入れる。
炎の魔剣に対して無力であると知ったユークレスは一度来た道を引き返し、グリンスタッドの死体から青の鎧を剥がしてきた。
魔剣の力を防ぐこの鎧さえあれば、レア・ラグラムの炎も凌ぐことができると考えたのだ。がたがたと音を立てながらユークレスは皇帝と対峙する。
『全然サイズあってねぇけど、本当に大丈夫だろうな?』
「……」
彼の体にはあまりに大きすぎる鎧の重さに意識を取られないよう、ユークレスは静かに魔剣を構える。
呼応するかのように、ディオンダールもレア・ラグラムを抜き、天へと掲げた。
「一度は見逃したが、その後我が帝国を蹂躙した貴様にもはや慈悲は無い。……ここで、死ぬがいい」
赤き魔剣が振り下ろされる。
「――レア・ラグラム!」
「ッ!!」
魔剣より吹き荒れる業火がユークレスに襲い掛かる。今度は初の遭遇の時とは逆の、全身をする。
鎧の腕甲で顔を覆いながら、本来ならば一瞬で彼を焼き尽くしていただろう死の暴風に耐えながら炎の向こう側を目指す。
『……おいユークレス、思ってたよりも猶予はねぇぞ! 急げッ!!』
「ッ!?」
切羽詰まったように叫ぶジルベールに自身の体を見ると、魔剣の力を防ぐはずの鎧は融けだしていた。
レア・ラグラムの炎はそれほどに強力なのか。それでもまだ彼の体にダメージは来ない。今の内に走り、魔剣の炎を抜け出す。
「レア……!」
その先では、既にディオンダールが第二刃を繰り出そうとする瞬間であった。
再びの業火を止めるべく、ユークレスはジルベールを敵の剣へ打ち合わせる。
「ラグラム!!」
「ジルベールッ!!」
フリンツヴォルドを砕いた時と同じ手順。だが、レア・ラグラムはそれでは砕けず、炎が再びユークレスを襲う。
「うわあッ!!」
『……クソ、俺の鞘が邪魔してやがる! ユークレス!! 狙うのは魔剣じゃねぇ、鞘を狙えッ!!』
ジルベールに従い、ユークレスは再び皇帝をへと迫る。
炎を抜けた時、融解した鎧には穴が開き、もうこれ以上の防御は期待できそうもない。次、レア・ラグラムの炎を放たれた時がユークレスの最期となるだろう。
「レア……!!」
皇帝もそれを理解してるのか、絶え間なく魔剣の力を行使しようとしてくる。
だが今度こそユークレスは標的を間違えはしない。魔剣ではなく皇帝の腰に提げられた鞘へとジルベールを放ち、銀の魔剣の鞘を天井高くへはね飛ばした。
そのまま、皇帝へと最後の一太刀を浴びせる。
「ラグラ……」
「ジルベェェーーーールッッ!!!!」
ユークレスが僅かに速く、銀の鞘の護りを失った皇帝を斬る。
魔剣の力が発動し、ディオンダールの身体を上半身と下半身へ分断させた。その衝撃に、レア・ラグラムを取り落とす。
「我、が……敗れるのか……。我が、帝国、が……!」
アレンデュラのものであった玉座へ上半身が叩きつけられ、流れ出る血液が座席を汚していく。
自らの死を受け入れたくないのか、ディオンダールはユークレスへと届かない手を伸ばしながら、少しずつ力を失っていった。
皇帝の元を離れ飛び上がっていた鞘が落ちてくる。その銀の鞘をユークレスは掴み取り、収めるに相応しき銀の魔剣を納刀した。
つらぬく槍の帝国、皇帝ディオンダールは死に、それを以て帝国もまた最後の国民を失い、滅亡する。
――この日、ユークレスは世界の全ての国を滅ぼしたのであった。




