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ユークとマナののんびりカレット村生活 3

「おはよぉ、ユークぅ」

「おはよ、マナ」


 一晩明けて早朝。カレットの墓掃除に向かうユークレスの家族三人はマナとその父親に合流した。

 家も近く、マナと仲の良いユークレスもいるという事でこの二つの家族はよく掃除の順番を合わせられているのだ。

 挨拶を交わす二人の横で互いの親も互いに礼をしている。


「おはようございますフォルトーンさん」

「どうも。今回もよろしくお願いしますね」

「あら、ルイナさんは?」

「ええ、体調の方が優れず……。今日は私と娘だけになります」


 マナの母親、ルイナは不参加らしい。が、親の具合が悪いという話だったのになぜか娘であるマナは嬉しそうに笑っている。


「? なんでマナは笑ってるんだ?」

「えへへぇ。……ユークぅ、私ね、お姉ちゃんになるかもなんだぁ」

「……? そう、なんだ」


 話しの繋がりがユークレスにはよく分からなかったが、マナの言ったことの意味が両親にはすぐ分かったようで、気遣う様子だった二人はすぐに表情が明るくなる。


「なんだ、そういう話でしたか! 言ってくれればいいのに! 何なら帰りにウチで祝杯でも用意しますか!?」

「いえ、妻に付いていたいので、掃除の後は家に戻ります」

「じゃあ私の方で何かルイナさんが食べたそうなもの、持っていきますね」

「ああ、それは有り難いです」


 どうやらマナの母は妊娠したらしい。ロクドールとメルテラはマナの父を挟んで笑顔を向けている。

 一転して場は明るいムードに包まれ、あまり理解が追い付いていないユークレスも新しい家族が増えるという事は分かったので、一緒に喜んでいる。


「へえ。良い事、ってことだよな。それにしてもマナはなんでそんなこと分かったんだ?」

「見てたからだよぉ」


 そして、そんな明るかった場の空気はマナのその一言で瞬時に凍り付いた。

 よくわからないので、ユークレスは首を傾げてマナに聞く。


「見てた? 何を?」

「パパがねぇ、後ろから」

「マナーーーー!! お墓までは距離があるからお父さんが肩車していってあげるよ!!!」

「わぁー、たかぁい」

「マナー、お前の父さんが何したんだよー」

「ママのぉ」

「うーん少し喋り過ぎてしまったなあ! ユークレス! カレット様の墓まで急ぐぞ! 話はあとでにしような!!」

「ルイナさんはそういうのが好きなのねえ」

「違いますよぉ、好きなのはパパの方で」

「ダッシュ!!!」

「はやぁい」


 良くない方向に話が広がり出したのを察知し、子供達の興味を逸らすために二人の父親はマナとユークレスをそれぞれ遠ざけるようにして、大きな声を上げながら森の奥へと進んで行った。




 キブの木の群生地を抜けた先、そこもまだ似たような高さの木が無数に生えており、日光は遮られて薄暗くなっている。

 しっとりとした森特有の空気を肌に感じながら更にしばらく進んだ先には少し開けた空間が待っている。

 円形に大木が伐採されたその場所には日が差し込んでおり、中央にそびえる石碑を神々しく輝かせているのだ。

 英雄カレットの墓。本来は黒色の墓標は光の反射で銀色と見紛う色合いとなり、もはや見慣れたはずのカレット村の住人でさえその美しさに改めて畏敬の念を抱かずにはおられない。

 朝だけの輝きを放つ墓標に目を奪われたユークレスも先程まで聞きたがっていた話の続きの事を忘れ、静かになっていた。


「よし、それではまず泥を落としていこう」


 その好機をロクドールも見逃さず、ユークレスに水のたっぷり入ったバケツを渡して早速掃除を開始していく。

 村の皆が大切にしている場所であるためそこまで汚れているわけではないものの、自然と泥や土埃は付着してしまうものである。ユークレスは墓石に水をかけ、汚れを洗い流していく。

 水で全体を流した後は全員でそれぞれ布を持ち、こびりついた汚れを拭きとっていく。毎月の行事であるため、これでほぼ新品同様にピカピカになってくれる。


「じゃあユークレスはそこを頼む。指を斬らないようにな」

「うん」


 水かけを終えたユークレスが任されたのは墓標の前に突き立てられた銀色の剣だ。

 これはいたずらで置かれたものなどではなく、英雄カレットが使っていたとされる剣で、名をジルベールと言う。

 彼女の愛した男の名を持つその剣は決して朽ちず、ただの一閃で眼前に映る全ての敵を両断し、彼女を英雄と呼ばせるまでの力となったそうだ。

 戦いを終えたカレットはジルベールをこの場所に突き立て、自分の死後はこの場所に墓を作るよう命じたとされている。

 使い手を選ぶ魔剣であるのか、カレット以外にこの剣を抜ける者はなく、村の歴史においても誰一人として剣を引き抜けなかった。

 引き抜けなかったはずなのだが。


「うわ」


 曇り一つない刀身だが、念のため布で拭こうとしたユークレスは剣を布で挟んで下から上に引くようにして拭く。

 すると羽のように軽々と刃が持ち上がり、ジルベールは大地からその切っ先を露わにしてしまった。


「え……?」


 自分自身、それから直前のユークレスの声に振り向いた四人もまたジルベールが抜けてしまっているのに驚き、同じ声を漏らした。

 驚きに刀身を握っていた手の力が緩み、剣は布越しに滑って半回転し、ユークレスの反対側の腕を浅く斬り付けてしまう。


「あいてっ」

「ユークレス!!」

「ユークぅ!!」


 ジルベールは鈍い音を立てながら大地に転がり、ユークレスの腕の切り傷からも血が溢れ出していた。

 流れる血が剣の刃に滴り落ちたのを見て、事態をようやく察した大人たちとマナは怪我をしたユークレスに駆け寄る。


「平気かユークレス! 手は動くか!?」

「え? ああ、大丈夫。掠っただけだし、そんな痛くないよ」

「しかしかなり血が……。なにか、押さえておかないと危ないのでは!?」

「そうかな。……じゃあこれで」


 大慌ての大人たちの中、負傷した本人のユークレスは逆に落ち着いていた。

 とにかく血を止めた方がいいと言われ、さっきまで拭き掃除に使っていた布でとりあえず傷口を押さえておく。

 すると、その手の上からマナの両手がそっと布を押さえにくる。ユークレスが彼女の顔を見れば、信じられないくらいに泣きじゃくり始めていた。


「ごめんねぇ、ユークぅ……。私、ぜったい、こんどこそ守るからぁ……」

「……そんな泣かなくてもいいのに。大丈夫だよ、マナ」

「やだぁぁ、ユークがけがするとこ、見たくないぃ……」


 大粒の涙をこぼして泣くマナに、ユークレスは彼女が布を押さえてくれたおかげで開いた手で頭を撫でてやる。

 が、それでは泣き止む素振りも見せない。よほどユークレスが出血するさまがショックだったのだろう。


「ユークぅ、しなないでぇ……」

「死なないって。じっとしてればすぐ血も止まるからさ」

「……仕方ない。ユークレス、後の掃除は父さんたちでやるから、マナちゃんと一緒に休んでいなさい」

「うん、わかった」


 本当はそこまでの怪我でもないとは思うのだが、ここで無理に動いて傷口が開いたりでもしたらマナがより一層泣いてしまうかもしれない。そう思ったユークレスは父の言葉に素直に頷く。

 それを見てロクドールら大人三名は手早く、それでいて丁寧に墓の掃除を終わらせにかかる。村を築いた偉大な英雄とはいえ、流石に傷付いた子供の方が大事であるからだ。

 剣を拾い上げ、ユークレスの血が付いてしまったジルベールを拭いて元の場所に戻しながらロクドールは呟く。


「……それにしてもジルベールが抜けてしまうとは。雨か何かで土が緩んででもいたのか?」


 そうしてふと思い立って大地に刺し直した剣の柄を握り、ロクドールは軽く引っ張ってみる。

 ジルベールは微動だにすることなく切っ先を地面に埋めたままだった。

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