滅びゆく帝国
「なんだ……俺達が離れていた間に、何が」
三か月の時間をかけてつらぬく槍の帝国は杖と羽の国を侵略し、彼らの領地として占領した。
帝国の国境付近は住民が残っていたものの、王都から先の町も村も全ての人間は殺されており、皇帝や双魔将を含む帝国軍はみなこの国で何が起きていたのかを知らず、ひどく困惑する。
生存者など一人も存在しなかったため簡単に国は堕とせたが、このあまりの異常事態に不安を覚えた双魔将の指示のもと帝国兵の半数は帝国へ帰還し、自国を守るために撤退した。
そこで見たのは、兵士たちの故郷である帝国の領地に転がる無数の死体。村も町も、杖と羽の国と同じように一人残らず斬り殺されていた。
帝都に戻るまでしらみつぶしに各町村を回って生きている者を探したが、どこに行っても見つかるのは無残な亡き骸ばかりであった。
そして帝都の入り口には、兵士たちの絶望を煽るかのように帝都住民の死体が山と積まれていた。
悪夢のような光景に、帝国兵はみな絶望に体を震わせる。
「まさか……王国か? 俺達が杖と羽の国に釘付けになっている間に帝国を攻め滅ぼすつもりだったのか?」
「そんな、王国にはろくな戦力など無いだろう。兵を集める動きも無かったと聞いたぞ」
「いや、最近になって杖と羽の国との国交が盛んになっていたそうだ。協力して兵を集めていた可能性はあるんじゃないか」
「だとしても、こんな……。誰も伝令を寄越せなかったと言うのか? いかに二国が協力していようとも弱兵だったのだ。誰かがこの事態を報せてくれさえすれば、双魔将のどちらかだけで押し返せていただろうに……」
祖国を蹂躙した死を前に、兵たちは口々に嘆く。
だが、そんな中で兵士の一人は気付いた。
「おい……王国が攻めてきたとして、何故俺達は後方から奇襲を受けなかったんだ?」
首都までを攻め滅ぼし、その後は本来ならば隙だらけの本軍の背後を狙いにいくべきだろう。だが彼らはそんな攻撃は受けていないのだ。
皇帝ディオンダールに恐れをなしていたとしても、ここまで大胆に帝都を襲っておきながらひと当てもせずにいるのは不自然である。そう考え呟いた兵士に賛同の声が上がる。
「確かに、友好国が攻められていたのが囮だったとしても、救援に来なかったのはおかしいな」
「すると始めから杖と羽の国を助ける気などなかったのか? ……それとも、まだ帝国にいるのか?」
兵士たちはざわめき出す。奇襲を受け、本国が壊滅させられたと思っていたが、敵はまだ帝国を蹂躙する最中なのではないだろうかと。
そもそも王国がこの惨状を生み出したのだとしても、杖と羽の国が消えれば残るは帝国と王国のみになる。
そうなれば帝国市民を殺した彼らに皇帝が慈悲を与えはしないだろう。剣と団結の王国の人間は皆殺しにされるというのが分からないはずがない。
つまり、敵は未だ帝国に残っているのだ。彼ら帝国兵に背中を向けて。
「……探せ!! 俺達は城の内部を見てくる! お前たちはこのまま北上して敵部隊を発見し次第、殺せ!!」
考えが纏まってからの行動は速かった。少数は帝都に残り、後は帝国の更に北側の地域の捜索へと向かう。
帝都に留まった兵士らは急ぎ皇帝の住まう城へと走った。彼らの忠誠を誓う者の居城を荒らす者が残っているかを確認し、無事を確認次第杖と羽の国へと戻って双魔将に報告を入れに行く算段である。
帝都前に死体が積まれている事から既に引き払っている可能性は高いが、念のためである。
その結果、彼らは玉座の間にて一人の少年を見付けた。
皇帝だけが座すべきその場所には、銀色の髪をした褐色のハーフエルフが膝を組み、髪色と同じ銀の剣を手にして座っていた。
「来たか。大勢どっか行ったって聞いたから来ないかと思ったよ」
「貴様ぁ!! そこはお前のようなガキが座っていい場所ではないぞ!!」
退屈そうに頬杖を突きながら喋る少年に、兵たちの一人が吠える。それを皮切りにみな抜剣し、玉座のハーフエルフを取り囲む。少年の行いはそれだけで敵対行為と見なされたのだ。
「薄汚いガキが! ディオンダール陛下の玉座を穢した罰、その身で償わせて……」
「ジルベール」
縦に一振り。
どこにも当たることのない一閃と共に、少年を罵倒する兵士以外が両断され、崩れ落ちる。
嘘のような一撃で包囲が崩され、兵士は少年と一対一の状況となった。
「!? これは、まさか……魔剣!?」
「言わなくても俺のやりたい事やってくれたな、ありがとう」
剣の銘らしきものと共に振るわれ、尋常でない結果を生み出す。それは帝国の軍人であれば誰もが知る、魔剣の力だ。
兵士の言葉に返したようだったが、少年の視線は銀の魔剣に向かっている。
まるで敵ではないとばかりに兵士は視界から外され、そのままの姿勢で少年が口を開く。
「……お前だけはここで殺さないでおいてやる。だから、皇帝に伝えろ」
「っ……!」
魔剣の力をよく知る帝国兵の一人である彼は、その言葉に慄く。
無礼極まりない口ぶりだが、少年がその気になれば周囲に転がっている死体と同じようになっていてもおかしくはないのだ。ただの言づてのために、自分が生かされているのだと知る。
「お前たちは生きていていいやつらじゃなかった。だから英雄カレットに代わって、俺がこの世界の人間を一人残らず殺してやる。覚悟しろって」
「き、貴様……。おっ、お前など皇帝陛下が出るまでもない! 双魔将の魔剣で……!」
「……」
「っ!!」
帝国を、皇帝を害するというその宣言。本来であれば斬り殺すべきだが、兵士には彼を殺せないと理解してしまっている。
魔剣を持つ者は帝国に三人いるが、彼らの力を知っているために魔剣を持つ少年もまた敵わぬ相手だと分かるのだ。
視線だけをこちらへ向け、「行け」と指示する少年に、兵士は逃げるように走り出した。
「なるほどねぇ。それでキミは逃げ出してきたと言うんだね」
杖と羽の国にて待機していた双魔将の一人、ブラムスカル。彼は軽々とした態度で帝都より戻ってきた兵士の話を聞く。
「は、はい……。あの子供は魔剣を所持しており……私では討てぬと、判断しまして」
「そうだねー、きっと死んでたろうね。魔剣の力はみんな知ってるもんね」
頭を下げる兵士に、ブラムスカルは慰めるように肩を叩く。
「でもさ、殺されるって分かってても陛下の玉座を占拠する賊に何もせずに逃げ帰るのって、陛下に対する裏切りだなって思わない?」
「え……っ」
そう言った双魔将は兵士の肩を掴み、強引に立ち上がらせる。
そして、彼はその腰に提げた魔剣を引き抜き、兵士へ突き付けた。
「伝言は別の者に伝えさせておくから。安心してね、反逆者くん」
「そっ、そんな……! うわあああああああっ!!」
双魔将の言葉の意味を理解し、兵士はブラムスカルに背を向け全力で逃走を試みる。
だが、容赦なくブラムスカルの魔剣が振り下ろされた。
「エルペダ!」
「があああああああっ!!!!」
その銘と共に、周囲の空間がねじ曲がり穴が開く。
穴の中からは鰐のように巨大で鋭利な歯を持ち、狼のような四足歩行の名もなき魔物が無数に現れた。
魔剣の力によって召喚されたそれらが逃げる兵士に襲い掛かり、鎧ごと肉を食い千切り、絶叫と共に彼は死んだ。
それを見届けると、双魔将ブラムスカルは魔剣を鞘へ戻す。
「待っててね、ハーフエルフの反逆者くん。この僕の召喚魔剣、エルペダで食い殺しに行ってあげるからね」




