英雄の生まれた時
国境を越え、ユークレスはすんなりとつらぬく槍の帝国の村へと入り込むことに成功する。
帝国軍は総出で杖と羽の国の侵略へ駆り出されているらしく、道中で帝国の兵士と遭遇したりもしなかった。
杖と羽の国でのような異常なまでの排斥を受けたりもせず、ユークレスは普通の旅人として村の中に入る事ができた。
そして村の住民を全て殺し終えたユークレスは村の宿を見付けると、そこでしっかりと休んで体の疲れを癒していた。
『さて、それじゃあカレットが産まれてからの話、しとくか』
一晩眠ったユークレスの目を覚まさせたのは、ジルベールのそんな挨拶代わりの言葉だった。
「……なんだっけ」
『あいつが英雄って呼ばれるまでの話だよ、あんま知らねぇんだろ?』
「邪悪なものを滅ぼした、ってのは知ってる」
『ならあんま知らねぇって事だな』
起き抜けの第一声がそれだったので、ユークレスは目を擦りながら答える。
彼の方から帝国を滅ぼすと決めたためかジルベールもここまでは何も言わなかったが、最初の村に到着したということで改めて聞かせたいらしい。
『つらぬく槍の帝国から匿ってカレットが生まれたとこまでは前に話したよな。今回はその続きだ』
ハーフエルフとして誕生したカレットがどんな経緯で英雄と呼ばれるようになったのか。魔剣はそれを聞かせてくれるらしい。
その道程についてはユークレスも詳しくはない。そのためこれまでよりも強く興味を惹かれ、眠かった目もすっかり覚めてきていた。
『帝国から逃れて、しばらくは平和だったぜ。カレットは俺と同じくらいの年に産まれて、それからお前と同じ……いや、もうちょい上くらいの歳まであの村で育ったんだ』
「幼馴染だったのか?」
『そうなるな。……へへっ、まるでお前とマナってやつの関係と同じだったかもしれねぇな』
「へえ。……一応言っとくと、俺あの時お前が言ったこと全部覚えてるからな」
『あれはよぉ、ほら、お前に顔上げさせるために……。まぁその、話戻すわ』
ユークレスの視線に旗色の悪さを感じたのかジルベールは言い淀み、そして逃げた。
『……実際のとこ最初はそんなに仲良くはなかったな。歳が近いだけあってあいつの方からは俺にベタベタしてきてて、付き合ってやってはいたけど鬱陶しく思ってたなぁ、最初の頃は。ただ段々俺もそれが癖になってきてよ、俺もあいつの事見るようになって……』
「……」
『……。また話がずれてたな』
昔からの幼馴染との想い出を語るジルベールは楽しそうに馴れ初めを語っていたが、それも本題ではないと気付いてすぐに切り上げた。単にユークレスの視線が変わらず痛かったからかもしれないが。
『で、まぁそんな時だったな。帝国のやつらが俺達の村に来て、エルフも魔族も構わず殺し始めたんだよ』
「っ……」
それはユークレスもある程度予想していたことではあった。以前にジルベールは「カレットと村を出た時点で村には何もなかった」と言っていたのだから。
きっと、その点において彼とジルベールは似たような境遇であるのかもしれない。共に、故郷を失った者同士なのだ。
『理由は、帝国の臣民とならず勝手に領地を占有しているから、だったか。流石に今の皇帝とは別の奴だったが、国のやり方は今も昔もあんま変わってなかったな』
帝国の民にならねば敵として殺す。現皇帝がその思想であったのはユークレスも身をもって知ったが、ジルベールの時代も同一であったらしい。
『その時に俺とカレット以外はみんな殺された。村のやつらが協力してくれたおかげで俺達だけは村から逃げて生き残れたんだけどよ』
身勝手な理由で、ジルベールとカレットは大切な家族たちを殺された。生き残ったエルフたちも、それを匿い共に生きていた魔族もみな、人間の下らない都合で殺されてしまったのだ。
「……酷いな。杖と羽の国で聞いた時も思ったけど、人間ってそんな昔から変わってないってことなのか」
『……変わってねぇよなぁ。俺も悲しいぜ』
ユークレスの言葉に、魔剣は心底残念そうに肯定した。
英雄の手によって救われたはずの世界だが、人の在り方はまるで変わっていないと知ってしまったからだろうか。
『カレットも目の前で親が殺されてよぉ、見てるだけでこっちも泣きたくなるくらい泣いてたんだぜ。……だからさ、俺もあいつのために言ってやったんだ』
世界を救った英雄も家族の命を奪われては涙を流すよりほかなかったらしい。
ユークレスとてそうだったろう。もしも自分だけが生き残り、ジルベールも無かったとしたらできたことなどそれくらいしかないのだから。
そんな彼女に、魔剣となる前の彼はなにを言ったのだろう。
『あんな邪悪な存在、生かしておく価値ない。俺を使って、ぶっ殺しちまえってよ』
「……。え? おい、ちょっと待てよ」
慰めの言葉ではなく、ジルベールがかけたのは「殺せ」という教唆だった。
そして、彼のその言葉によってある事実も浮かび上がってくる。
「お前、それをカレット様に言って、魔剣になったのか?」
『おう。詳細は省くが俺の体から一本の剣を造り出し、魔族を素体とした最上級の能力を持ち、その上意思を持つ魔剣ジルベールが誕生してカレットの相棒になったわけだ』
「……それってつまり、カレット様が滅ぼした邪悪なる存在って」
『人間の事だけど、お前まさかそれも知らなかったのか?』
ユークレスの指摘に、ジルベールは意外そうな声を上げる。
彼が村で知っていたのは「カレットが邪悪なものを討ち滅ぼした」という話だけだったのだ。それが人間の事だったとは今知った。
「え、でも人間は生き残ってるじゃないか。どういうことなんだ?」
『……カレットも俺の言う通りにしちゃあくれたんだけどよ、根が良い子だったんだろうな。「悪いやつらだけみんな殺そう!」って言って、悪事を働いてる奴だけ殺したんだよ。それでも結構な数だったけどな。ここを含めた三国以外は影も形も残ってねぇんじゃねぇか?』
英雄カレットは、ジルベールを使い無数の人間を殺した。それも「悪である」と断じられるものだけ。
確かに魔剣が言うように、それは実に優しい事だ。ユークレスとは違い、相手を見定めるなど。
『俺はあいつのそういう所も好きだったしいいんだけどな。結果的に残った人間から感謝もされてたし。「南方の森林をくれてやるから、もう私達を殺さないでくれ、関わらないでくれ」って』
「それ、感謝だったのか……?」
『そっくりそのまま言われた訳じゃねぇけど、顔見りゃそいつらが心の中で何思ってたかくらいは分かるってもんだ』
結果的に、カレットは英雄とはなった。だが、それはそうして讃える事によって彼女を僻地へと追いやり、二度と関わることがないようにしようとする意図があるようにも見える。
ジルベールはそれを理解していたようだが、カレットは果たしてどうだったのだろうか。
『あいつは……喜んではいたな。これで私たちのための村が作れる、って。……本心だったかは怖くて聞いてねぇけどな。少なくとも俺はあいつの最後はハッピーエンドだったと信じてぇからよ』
「ジルベール……」
『それから十年くらいだっけかな、あいつが死んだのは。悪いやつだけ殺そうってのはかなりギリギリだったって事だな』
ユークレスは静かに魔剣の名を呼ぶ。それはいつもの斬るためではなく、彼の事を想っての呼びかけだ。
ジルベールはそれを無視し、さらりとカレットの死を話すと強引に締めくくった。
『これで話は終わりだな。この世界から悪を消し去ったあいつは、その後英雄と呼ばれるようになる』
「……消えてないだろ」
『だよな。そこで俺からお前に頼みたい』
カレットが悪を消した、と魔剣は言うがそんなことがないのはユークレスもよく知っている。
人間は今も変わらず、自分の都合で他者を傷つけている。彼女が残した村でさえ、人間の手で焼かれてしまったのだ。
世界には今もなお邪悪が残っている。そのユークレスの言葉に、ジルベールは真剣な声色で返す。
『カレットに代わり、お前がこの世界に残った邪悪を……人間を全て殺してくれ』
普段の態度からは考えられないほど、魔剣の声には悲痛なものがこもっているのが彼にも感じ取れた。
そして、ジルベールに問われるまでもなく、ユークレスの答えはとっくに決まっていた。
「任せてくれよ。カレット様のために、この世界を真の平和にしてみせる」




