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レア・ラグラムと魔剣の鞘

 王都を越えた先の村、ユークレスがそこで見たのは火の手を上げる家屋と、既に死体と化した杖と羽の国の人間たちだった。


『……なんだこりゃ。こいつらもしかして仲間割れでも始めやがったのか?』

「いや、多分違う」


 ジルベールが言うような同士討ちの可能性はユークレスには感じられなかった。

 死体は争い合って殺されたのではなく、一方的な殺戮に襲われたような雰囲気がある。剣や槍での傷が多いが、体の前面ではなく背中側にその負傷が目立つのだ。

 だとすると今度は生存者がいないのもおかしい。周囲には死体ばかりで、殺した側の人間が残っていないのだ。

 そして、ユークレスにはこの光景に見覚えがある。


「……多分、どっかの兵士に殺されたんだろうな」


 カレット村が襲われた時の事を思い出す。一方的に、彼らは殺されたのだ。

 おそらく似たような事が起きたのだろう。ユークレスはこの国の人間など殺す対象としてしか見ていないので手間が省けた程度にしか感じないが、カレット村の事を思い出して胸が少し苦しくなる。


『なるほどなぁ。……なあ、ユークレス。俺その犯人分かったかも知れねぇ』

「誰だよ」

『ほら、あっちの方見てみろって』


 あっち、と言われてもどこか理解できなかったが、ユークレスはとにかく周囲を見回して不審なものを探す。

 すると、村の中央の大地に旗が立っていた。それは杖と羽の国のものではない。

 一本の槍が盾を貫通したマークの国旗。ユークレスには見覚えがないが、ジルベールは知っているようだ。


『「つらぬく槍の帝国」、だな。はぁー……。今度はこいつらまで出てくるのか。気が重いな』

「帝国とも何かあったのか?」

『おう、まぁ……この国に来た時の話の続きになるな』


 杖と羽の国でエルフが迫害を受け、帝国方面へ逃げた末に魔族に匿われたという話。その話には続きがあったらしい。

 それもそうだろう。カレットが育ったのが魔族の村だと言うならなぜ彼女はその後正反対の国の森へ村を築いたのかという謎が残る。剣になる前のジルベールが暮らしていた村で、まだ何かがあったのだろう。

 前回ほどにもったいぶる気も無いのか魔剣はあっさりと話を始めた。


『帝国がよぉ……。……』


 が、ジルベールは一言目で静かになった。

 突然の沈黙にユークレスは不審がり、剣を見つめる。


「おい、ジルベール? なんで急に黙るんだよ」

『すまんユークレス、今すぐ西に行ってくれ』

「え、なんで」

『いいから! 後で話すからとりあえず走ってくれ!』


 有無を言わさぬ態度のジルベールに、ユークレスは理由も聞かされぬままに走り出した。

 無情な言葉を投げかけてくる時はあれど、この魔剣が無意味な事はさせないというのは彼も最近分かってきたのでとにかく走る。

 細かな方向修正を受けながら、ユークレスは小さな林の中に連れてこられた。


『見つからねぇように隠れてろ。で、向こうをよく見てくれ』


 魔剣の言うままに樹木で身を隠しながら、その先の光景を見る。

 そこには、たった一人の男が多数の人間相手に対峙する状況だった。悪魔の王を思わせるような漆黒の鎧に身を包む男は、赤い剣を手にしている。


「貴様ら、我が帝国の臣民となれ。そして我を讃え、帝国のためにその生涯を捧げよ」

「愚か者が! 誰がヴェルセナ様を捨てるものか!」

「女神の名に懸けて、我々は永久に杖と羽の国の国民だ!」

「お前のような皇帝など崇めてたまるか!」

「そうだ! 声が小さいんだよ!!」

「異端者が、殺してやるぞ!!」


 従属を促し、返ってきた罵声の数々に皇帝と呼ばれた男は少しの間瞳を閉じ、ひとつ息を吐くとその手に握る剣を振り上げた。


「そうか。帝国の敵として立ちはだかるならば慈悲はかけん。――レア・ラグラム!」


 その声と共に赤き剣が振り下ろされ、炎が皇帝の前へと扇状に広がっていく。

 相対していた杖と羽の国の民は言葉を発するよりも先に炭へと変わり、瞬きの後には焼け焦げた大地だけが広がっていた。

 一太刀で眼前の敵すべてを屠る光景に、ユークレスは既視感を覚える。


「……あれも魔剣か」

『しかも俺との相性が最悪な能力だ。……まあそっちは今はいい。俺が見せたかったのはあいつの持ってる鞘の方だ』


 そう言われ、ユークレスは皇帝が持つ鞘を見る。

 赤い剣、発していた言葉から恐らくレア・ラグラムという銘の魔剣が収められた鞘は、剣の色とは合わない白銀の鞘であった。

 それはまるで、別の剣を収めるためのものであるかのように思える。


『あれは……俺の鞘だな。近くに来てようやく感じ取れたぜ。まさか帝国に置いてあったとはなぁ』


 ユークレスの考えを肯定するかのように魔剣はここまで来させた理由を語る。

 あの皇帝が持つ鞘こそが、本来ジルベールを納刀するためのものであったのだ。


「じゃあ、あれを取り返してくれって事だよな」


 立ち上がり、ユークレスは林の中から出る。

 復讐を始めた時からジルベールは鞘を探せと言われていたのだ。ユークレスは面倒がって最初に見つけた兵士の鞘を流用してここまで来てしまったが。

 案内したのもそのためだろう。皇帝とやらを討ち、鞘を取り戻せと言いたかったに違いない。

 ユークレスは皇帝へ向かって走り出す。


『は? いや待て、俺は一旦確認だけで良かったんだ……やめろ! 見つかるぞ!!』

「え?」


 停止を叫ばれ、ユークレスは困惑しながらも止まる。彼の考えは早とちりであったらしい。

 だが間に合う事は無く、足音を聞きつけた皇帝がユークレスへと顔を向けてしまう。


「何者だ」

『遅かったか……! おい、ユークレス! 分かってるだろうな!』

「ああ。……ジルベールッ!」


 相槌と共に、ユークレスは魔剣を振るう。彼の一年の寿命と引き換えに、その一閃で皇帝は両断され、


「ほう、ジルベールという名か」

「……ッ!?」


 しかし、皇帝は生きていた。一つの傷も負うことなく、二本の足でしっかりと立ち、ユークレスを正面に捉えたままだ。


『馬鹿! 今のあいつには俺の力が通用しねぇんだよ! 殺すんじゃなくて逃げろ!』

「効かない!? 先に言えよ馬鹿!!」


 衝撃の事実を知らされ、ユークレスはジルベールに叫ぶ。皇帝はそれを不思議そうに眺めながら赤き魔剣を抜き放った。


「ジルベールよ、貴様もこの国の人間と同じ答えを返すか?」

『ッ!! ユークレス、分かってるだろうがあの炎に当たったら死ぬぞ!! 絶対に避けろ!!』


 言われるまでもなく、彼があの魔剣の炎に飲まれれば焼け死ぬのは間違いない。

 理由は不明だがジルベールの力も通用しない相手である。ユークレスは、即座に皇帝から距離を取って逃走する道を選んだ。


「答えよ。貴様は」

「うるさい! 俺はこの国の人間じゃなくてこの国の敵だッ!」

「――そうか、敵か。であれば、我と貴様は同じ国を敵として奪い合う……敵同士という事だな」


 彼の返答に、皇帝はレア・ラグラムを構える。ユークレスもまた、帝国の敵として認識されたようだ。

 皇帝が動いたのを見て、ユークレスは全力で彼が出てきた林の方へと疾走する。


「レア・ラグラム!」


 背を向けたユークレスに容赦なく皇帝の魔剣が振るわれる。大地を焼き尽くしながら津波のごとく業火が迫る。

 木々の間をすり抜けながら走るも、炎は勢い衰える事なく林を呑み込みながら追ってきた。


「おい、これ逃げ切れるのかよ! お前だったら必中なんだろ!?」

『俺は魔族を素体にした最上級品だからな! だがあいつが持ってるのは俺よりランクの下の魔剣だ、必中じゃねぇし範囲の限界はある!』


 同じ魔剣の事には詳しいのかジルベールは断言する。しかし炎は依然迫り続け、対してユークレスは木々を避けながらの走行なので少しずつ彼我の距離が縮まっていく。


「いつだよ限界って!!」

『知らねぇ! いいから走り続けろ!!』


 林を抜け、それでもなお襲い来る炎に、ユークレスはただ無心で逃げ続ける事しかできなかった。







 ユークレスは魔剣レア・ラグラムの炎から逃げ、結局帝国の旗が付き立っていたのを発見した村まで逃げ帰ってくる羽目になった。

 村の家屋を何件か焼きつつようやく魔剣の炎は火勢を弱め、消えたと同時にユークレスも限界を迎えて倒れ込んだ。

 長時間の全力疾走で奪われた体力を取り返すように、必死で酸素を求めて喘ぐ。


「はぁっ、はぁ……っ」

『……皇帝だかは追ってきてねぇみたいだな。ひとまずは助かったか』


 ジルベールが言うように再び炎が襲ってくることもなく、あの男に追撃の意志がなかったことをユークレスは心中で喜んだ。


『だが安心してもいられねぇだろうな。皇帝って事は帝国のトップだぜ、そんなやつが単独でこんな国に乗り込んでくるかってんだ』

「え……っ、どういうことだよ」


 ようやく息が戻ってきたユークレスは魔剣の不穏な言い回しに思わず聞き返すと簡潔なセリフが返ってきた。


『皇帝だけじゃなく兵士も連れ歩いてるって事だよ。この村はあいつの手下にやられたんだろうな』


 ユークレスは村を見回す。切り裂かれ、穴の開いた死体と破壊された家屋。火の手も上がっているが、魔剣の放った炎ほどの勢いはない。

 あの皇帝がこの村にも訪れていたのなら人も家も残っていないだろう。それはジルベールの言うように、彼以外も杖と羽の国へ攻め込んでいるという証拠ではないだろうか。


「あんなやつらがたくさんいるって言うのか……?」

『違うだろうな。強ぇのは皇帝くらいだと思うぜ。魔剣を持ってるのも厄介だが、何より俺の鞘がある以上は能力が無効化されちまうからな』

「さっきも言ってたけど、それってどういう事なんだよ」


 どういうわけかジルベールの鞘を持っていた皇帝。それに対して全てを斬り裂くはずの魔剣の力が通用しないとは相対した時に言われたが、その理由については説明されていない。

 先程は逃げるのに全力で聞けなかったため、ここで改めて魔剣に問いかける。


『そんな難しい話じゃねぇよ。ユークレス、お前は俺を誰かに奪われた事って何度かあったろ』

「……うん」


 ジルベールの質問に首を縦に振る。隙を突かれ、魔剣が他者の手に渡った経験は確かにしているのだ。


『その時に奪ったやつが俺の銘を叫びながら振るったら、お前だって真っ二つになるわけだ』

「……じゃあ、あの時ってすごく危なかったのか」

『いや、俺を使う資格がある奴だったらの話だ。あいつらが能力の使い方を知ってたとしても、資格は無かったから何も起こりはしねぇさ』


 一歩間違えば殺されていた、という話ではないようで、魔剣はユークレスの言葉を否定した。

 魔剣の力を発揮するためには魔剣自体に認められる必要があるらしい。ジルベールはユークレスの何を認めたのか、というのも気になるがそこは本題ではなかったらしく聞かせてはもらえなかった。


『だが資格のある奴に拾われたら大変な事になるだろ? それを防ぐために、俺の鞘を持ってる奴は俺の能力で斬れないようになってるんだが……』

「皇帝が持ってたって事か」

『ああ。あいつの墓の近くに鞘が無かったのは不思議だったが……魔族の村にカレットが供えに行ってたのかもしれねぇな。あっちもあいつの故郷みてぇなものだし』


 敵に奪われ、魔剣の力で自滅するのを防ぐためのジルベールの鞘。

 英雄のもう一つの故郷に供えられていたはずのそれは、つらぬく槍の帝国の皇帝の手に渡ってしまっていた。

 それが意味するところと言えば。


「……あいつ、お前の村を荒らしたって事か」

『元々カレットと村を出た時には何も無ぇのも同然だったけどよ。……ま、いい気分しねぇってのは変わらんかな』


 皇帝は、過去にエルフたちを匿っていたという魔族の村に踏み入った。

 そればかりか、戦いを終えたカレットの遺したものを持ち去り、自分の物としていたのだ。

 ジルベールはどこか軽い反応をしてみせるが、ユークレスに強い怒りを覚えさせるのには十分だった。

 彼は立ち上がり、逃げてきた方向を見る。その先にいた男を睨むように。


「皇帝っていうのがどれだけ偉いかなんて知らないけど、カレット様のいた村に入り込んで、盗みまで働いたってのなら許しておけない」


 瞳に敵意を宿したユークレスに、ジルベールは嬉しそうな声色で言葉をかける。


『それが聞けて嬉しいぜ。あいつが言うに、俺達は「敵同士」らしいからな。つまり……やることはこれまでと一緒って事だな』

「ああ」


 頷きを返し、ユークレスは歩き始めた。行き先は、まっすぐと北へ。

 今も、彼の胸の中には母の言葉が生きている。国のトップが敵だと宣言したのであれば、その臣民もまたユークレスにとって全てが敵である。


「行くぞジルベール。帝国を滅ぼす」

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