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女神は血に濡れる

「……」

「そうか、あの男も死んだ、か」


 寝室にて亡霊が王都へ到達した事を知らされ、ヴェルセナ教の大聖堂が堕とされたと聞かされたアレンデュラは、慌てふためくことはせずにむしろ安堵した。


「奴は私欲に生き過ぎる傾向があったゆえ、あれに民が苦しめられる未来が消えたのは喜んでいいのかもしれんな」


 後継もおらず、死を間近にした老王にあの大神官が何を考えていたのかは彼も知っていた。

 一国の王に並ぶほどの力をつけていたヴェルセナ教のトップであったケルペンドだが、その野望は彼の命と共に潰えたのだ。杖と羽の国の危機を一つ乗り越え、アレンデュラの憂いも同じく消える。


「……とはいえこの国の滅びは依然変わらぬか。亡霊はもう、城へ来ておるのだろう?」


 王の言葉に、側近が静かに首肯する。

 王都に突如現れ、大聖堂の人間を殺したハーフエルフの少年が王都の住民を殺害しながら恐ろしい速度で城へと向かっている。アレンデュラの元まで来るのに一時間とかからないだろう。


「そうか。ではお前も仲間を連れてこの国から逃げるがいい。亡霊の目的は分からんが、目の届かん所まで行けば殺されはせんだろう」

「……」

「ふっ、儂の事はもう構わん。病で死ぬも、斬り殺されるも、もはや変わらん程度の命であるからな。こんな老いぼれと最期を共にする必要もなかろう」

「……!」

「……言って聞くような者であれば、とっくに儂の元を離れておったか。ならば好きにするがいい」


 言葉数は少ないが、長年の付き合いであるため彼の意志は充分に伝わってきた。頑固で、後先考える事もしない彼らに老王は馬鹿であると思い、それと同じだけ嬉しくも思う。

 物静かな側近と共に、アレンデュラは迫る死を受け入れるのであった。








『……すばしっこいやつらだったな。見づらい服着てやがったし、俺の力がなかったら大苦戦してたんじゃねぇか?』


 杖と羽の国の王城へ侵入したユークレスは、城の上層部にある薄暗い通路で黒衣の男たちと戦っていた。

 十数人が同時に空間全体を飛び回り、闇の中に溶けるようなその軌道に翻弄されはしたが、魔剣の力で全滅させた。

 決死、という表現が似合うほどに彼らは全ての力で挑んできたようだったが、魔剣の力には抗えなかったようだ。


「お前がいなかったらこの前の聖騎士に殺されてたよ」

『なんだよ、ようやく俺の有難みがユークレスにも分かってきたのか?』


 黒ずくめの死体を踏み越え、その先の扉に手をかける。ジルベールが言うには、この先に王都の最後の人間がいる。おそらく、この国の王だろう。

 帝国方面の町や村がまだ少し残ってはいるが、それを殺せばこの国も滅ぼしたも同然となるだろう。ユークレスは扉を開ける。

 最初に目に入ったのは空の机だ。王のものであるだけあって金の装飾が施されて高価な印象を受けるが、そこには誰も座っていない。

 その少し奥にはこの国へやってきて幾度も目にした女神ヴェルセナの大きな石像が置かれていた。が、それの陰に隠れているような事も無く、部屋の中は静かだった。


「……こちらだよ、亡霊殿」


 彼を呼ぶ声にユークレスは右を向く。そこにはベッドが置かれており、老いて小さな体になった老人が毛布に包まれて横たわっている。

 あれがこの国の王なのだろう。ユークレスは老人の方へとずんずん進んでいく。

 枕元に立つ少年の姿に、老いた王は目を見開いた。


「! こんな小さな子供が……。それもエルフの……。因果応報という訳か」


 老王は悲しみに瞳を閉じ、それからユークレスへと言葉をかけた。


「君が何故この国の者を殺し続けるのか、見て分かったよ。だが……改めて聞いておこう。この国を、そして儂を殺すそのワケを」


 構う事無く殺しもできたが、この国の人間には珍しいユークレスを見ても怒り狂わない相手であったため、答えることにした。


「俺はハーフエルフで、カレット様の子孫だ。そのカレット様の先祖がこの国の奴らに理由もなく殺されてきたって知った。だから、その復讐をしに来た」

「……やはりな。君も、ここに来るまでに味わってきたのだろう。ヴェルセナ教徒による人でない者への排斥を」


 王の言葉にユークレスは小さく頷く。古来より変わらないという杖と羽の国の人間の行いに、彼は強い怒りを覚えたのだ。


「……言い訳はできんな。今やろくに体も動かせんが、せめて体が動く内に女神の教えを変えてやれば……いや、だとしてもあれが邪魔建てをしておったろうな」

『おい、さっさと殺しちまえよ。どうせお前の同情でも誘って殺すの躊躇わせようとしてるだけだぜ?』

「いいよ、どっちにしたってそんなに長くはないだろ」


 ベッドの上の王は呼吸も浅く、喋るだけでも時折苦しそうにしている。たとえ情が移って殺せなくなったとしても、明日には死んでいてもおかしくないように見えた。

 ユークレスの言葉を聞き、彼は力なく笑う。


「は……そうだな。今更悔やんだ所で、過去の罪が消えるでもないか。ならば……君のやりたいようにしてくれていい。儂と共に、ヴェルセナ教の行いを、断ち斬り賜え」


 始めからそうすると決めていたかのように、老王は毛布を剥ぎ、自らの体をユークレスへと差し出した。

 それ以上はもう話す事も無くなったのか、ただ静かに彼の行動を待っていた。


「……お前は、もしかしたら悪いやつではなかったのかもな」


 ユークレスは老王にそう言い残し、その胸に銀の魔剣を突き立てた。

 死が間近に迫った彼の肉体は非常にもろく、これまでのどんな相手よりも簡単に刃が心臓を貫いていった。

 王は小さく息を漏らしただけで、それきり動かなくなる。


『なんだよ、悪いやつじゃないかもしれねぇのに結局殺しちまうのかよ?』

「……全部殺すのが俺にできる復讐なんだ。一人でも残ってたら、駄目なんだよ」

『そうかい。まぁ初志貫徹ってぇのは立派だと思うぜ。残りも頑張れよ』


 ジルベールを引き抜き、魔剣に付いた血を振り払う。飛沫は部屋にあった女神像にまで飛び、その顔を老王の血で染めた。

 こうして、杖と羽の国の王都は滅びを迎えたのである。

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