王都、大聖堂にて
「サルカドラが…………死んだ……?」
王都前、ヴェルセナ教本部の大聖堂にて報告を受けた大神官は悪い冗談を聞かされている気分だった。
最強の聖騎士を亡霊討伐へと向かわせた二週間後、ケルペンドは帰還の遅すぎるサルカドラの捜索へ教団の人間を向かわせたが、彼らが戻ると同時に告げられたのはその報告であった。
「サルカドラ様は、その、胴体から断ち切られており、死んでいると言うほかなく……」
「ご遺体の回収は済んでいるのですが、ご確認なさいますか……?」
「……本当に死んだと言うのか? 生身で槍を受けても傷すら付かなんだ男だぞ。どれほどの大軍が相手であろうと、そんな、はずが」
運ばれてきたのは真っ白い布に包まれた巨大な二つの塊だ。死体の回収を務めたケルペンドの部下らが布をほどき、その下のものを露わにする。
土気色の肌が覗き、見紛う事無くサルカドラの顔を大神官は見る。目を閉じた彼を見間違うはずもない。これまでずっとケルペンドを守護してきた者の死に顔だった。
驚愕と絶望に顔を歪ませながら、震える手で彼はサルカドラの首に手を当てる。とても冷たく、命が宿っているなどとは思えない状態だった。
「鎧も発見時のまま身に付けております。体が固まって脱がす事も叶いませんでしたので」
部下の言葉に視線を移し、輝ける鎧の切断面を指でなぞる。
どんな力で切り裂いたのか、その断面は非常にすべらかであった。
「……本物の女神の祝福を宿す鎧だぞ。双魔将の攻撃すら容易く跳ね退けたこれが、何故……」
その力を信頼し、女神ヴェルセナの象徴である「月」の二つ名すら与えられた聖騎士サルカドラが殺された。
彼の強さをよく知るケルペンドは計り知れない絶望へ包まれ、目を開いているのに視界が暗闇に閉ざされるような心地となる。
そしてサルカドラの強さは国民もまたよく知っている。もしも彼の死が広まるような事があれば大混乱に陥るだろう。
「……この事は、決して口外してはならん。埋葬も速やかに、少人数で行うのだ」
「え……しかし、サルカドラ様は我らの英雄にも等しき方です。その葬儀を小規模で済ませるのは」
「その英雄を殺した者が迫っておると言っている! それを民に知られればどうなると思っているのだ!! 隠し通すほかなかろうが!!」
事態を察せていない部下に怒号を飛ばしたケルペンド。それに続くように、大聖堂の扉が開かれて何者かが入ってくる。布で顔を隠し、俯いて顔を見せず、腰に剣を下げている。
礼拝に訪れた民間人であると思ったのか、彼の部下たちが素早く対応に当たった。
「申し訳ない。今は取り込み中で」
「すまないがお引き取りを」
「誰の葬式をするんだって?」
「っ!?」
背の低い、少年の言葉に大神官を含めた三人は息を飲む。先程の会話を聞かれてしまったのだとすぐに察した。
よりにもよって相手は子供だ。衝撃的なニュースを聞けば、たちまちのうちに周囲の人間へ広めてしまうだろう。
「……やれ」
そう理解した大神官の行動は速い。都合の悪い邪魔者は普段から排除し慣れている彼は部下へ静かに命令を下し、一瞬の躊躇は見せたが直ちに実行される。
普段から服の下に忍ばせている短剣を抜き、少年の喉を狙うように二人の男が刃を突き出す。
それが少年を襲うより、彼らの腕が吹き飛ぶ方が先だった。
目にも止まらぬ抜刀で、銀色に輝く剣がケルペンドの部下は両者とも片腕を失う。
「だよな、あいつのスピードを見た後だと遅く感じる」
少年は呟くと、慈悲など持ち合わせていないかのように腕を斬られた痛みに悶える男たちの首を斬り落とした。
崩れ落ちる二人の部下に、ケルペンドは恐怖する。
「なっ……何だお前はぁ!?」
「……お前らが探してた、亡霊だよ」
「……!」
少年は頭の布を取り、素顔を大神官に見せる。
それは杖と羽の国において異端とされ、邪悪な魔物として狩られるべきエルフの耳を持つ者だった。
「エルフだと!? 生き残りがまだおったと言うのか!!」
「ハーフエルフだよ、お前らが殺してきたエルフの子孫のな」
そう言って、彼はケルペンドへ向けて歩き出した。一目見れば分かるほどの殺意を瞳に秘めて。
「英雄の祖先の無念、俺が晴らしてやる」
「っ……! 誰か! 誰かおらぬか! サルカドラは……」
聖騎士の名を呼び、自分の足元を見て思い出す。サルカドラは死んだのだと。
ケルペンドの視線の動きに、少年も気付いたように遺体を見る。
「強かったな、そいつ。俺の方が殺されるかと思った」
「なっ……!? では貴様が……!!」
「……なんだったっけ、その、聖騎士だっけ。俺が殺したよ」
ここに来てケルペンドは亡霊の正体を知る。それは帝国の軍勢でも、もっと別勢力の軍団でもなく、ただ一人のハーフエルフの少年だったのだ。
それを知り、大神官は膝を突いてその場で恐怖する。
「剣と団結の王国を滅ぼしたのも、サルカドラを、この国の人間を殺して回っているのも、貴様一人の所業だったと言うのか……!?」
「……お前らが信じてる宗教と似たようなものだろ。俺一人でやってるからってなんでそんなに驚くんだよ」
首を傾げる少年に、ケルペンドは怒りを覚える。己の信ずる神を侮辱されたも同然だからだ。
「貴様のような魔物と同列に語るな!! ヴェルセナ様がこの地に住まうべきは人であると定めたのだ!! 貴様は死ぬべき、狩られる側だっ!! この地で生きるのは、ヴェルセナ教徒なのだっ!!」
「……。お前の言う通りだったな。やっぱり話すだけ無駄か」
剣を見ながら少年は溜息を吐き、一気に距離を詰める。
サルカドラを討ったのが事実であると示すかのように、その動きはケルペンドには到底捉えられるものではなかった。
「く」
激昂していた大神官の顎下から銀の剣が突き刺さる。もうこれ以上彼の言葉など聞きたくないかのように舌ごとまとめて剣が貫き、短い断末魔を上げる。
こうして、大神官の死と共に、ヴェルセナ教もまた終わりを迎えつつあるのだった。