ユークとマナののんびりカレット村生活 2
「はぁーあ! 俺って人間は嫌いだなー!!」
その日の夜。ユークレスは両親との夕食の席で大きな溜息と共に家中に響くような声で言った。
昼間の王国兵の蛮行、マナと遊んでいる内にそれは幾分か晴れはしたが一時的になりを潜めていただけで、マナも家に帰り、時間を置いた事によって再び嫌悪感が噴出していた。
自分の思いを誰かに聞かせたい、というのも心のどこかにあったのかもしれない。だからこそ両親の前でそう叫んだのだろう。
「急にどうしたの?」
「……昼に色々とあってな」
ユークレスの突然な人間嫌い宣言に母、メルテラは目をぱちくりさせ、ロクドールが子細を説明する。
「まあ、それは確かに酷いわね」
「ハーフエルフの私達でもあまり見ないからなぁ。村の外では存在すら知らない者もいるとは思うのだが、少々なあ」
二人の兵士は、「剣と団結の王国」の者だ。その名が示す通りに剣と、互いに手を握り合う紋章の描かれた国旗を持つ国である。
カレット村を領地とする国であるが、英雄カレットと交わされた不可侵の約束があるため、彼らは村に関わることは無い。定期的に村の広場まで来て食べ物や生活用品を売りに来ている程度だ。
来る度に別の人間が現れるため村の者から親しみを持たれる事も無く、そして彼らも同じようなものなのか村へ興味を持つ事もないらしく、今回のような事が起きてしまったのだろう。
「……だとしてもやっぱり許せないよ。あいつら、殺したユキワタゲの事ゴミみたいに見てたでしょ」
「聞こえてたのか……」
ユークレスが去り際に聞いたあの言葉。奪った命の事を割れた瓶程度にしか考えていないと思えて仕方なかった。
手に持っていたフォークを握る力が強くなる。もしも今この場に彼らが現れたら、このフォークでサラダではなく彼らを突き刺してしまいそうだ。
「あいつらが同じことをまたやったら、その時は俺が……!」
「ユークレス、それはダメよ」
息子が何を言わんとしているのかを察し、メルテラは言葉を遮った。
「なんで!」
「殺されたから殺す。それではね、今度は自分が殺す対象にされてしまうからよ。そうしてあなたが殺されてしまったら私やお父さんが怒って殺す側になって、また殺されて、そうしたら今度は村のみんなが怒って、それで殺されてしまうの。……感情のままに行動しても、より悪い方向に事態が転がっていってしまうのよ」
「っ、だったら、どうすればいいのさ、母さん!」
「……。そんなに難しく考えなくっていいのよ」
自分の考えている事が村全体を巻き込む惨事になる可能性を示唆され、ユークレスはなんと言い返せばいいのかわからず俯きがちに叫ぶ。
そんな我が子の悩む姿にメルテラは微笑み、席から立ち上がるとユークレスの元へ行って優しく彼を抱きしめて答える。
「みんな殺せばいいのよ。あなたを殺そうとする人間がいなくなれば復讐の連鎖はそこで止まるから」
「メルテラ!?!?」
母と息子のやりとりを楽しそうに見ていたロクドールだったが、唐突に路線を変えたメルテラの爆弾発言に黙っていられなくなり止めに入る。
「どうしたんだ急に!! そこはもっと穏便な解決法を教えるべき所じゃないのか!?」
「えー、だって、ユキワタゲがかわいそうじゃない」
「そこは……そうだが! でもその結論が皆殺しというのは……どうなんだ!?」
「いいじゃない。カレット様だって似たような事をしたでしょう?」
「邪悪なものを斬りはしたそうだが、カレット様が聞いたら怒られるぞ、多分」
「わかりやすくていいと思うけどなあ」
「そっか、確かに、母さんが言う通りにすれば……」
「あーほら!! ユークレスがすっかり影響を受けてるじゃないか!!」
母の胸の中で極論に感化されつつあるユークレスを引き剥がし、ロクドールはそのまま浴室の方へと連れていく。
「ユークレス、とりあえず風呂に入って早く寝なさい! お前はまだそういう難しい事を考えるには早すぎる!」
「えー、でも」
「それに明日はカレット様の墓碑の掃除に行くんだぞ、あまり血生臭いことを考えるものじゃない」
「……そうだったね」
森の奥に建てられた英雄カレットの墓。村では毎月いくつかの家族が一緒になって交代制で彼女の墓を掃除している。
その恒例行事に自分も参加するのを思い出し、乱暴にすぎる考えは掻き消えるのだった。
邪悪なる存在をこの世界より消し去ったカレットだが、それに近しい姿のはずのユークレスがこんな陰惨な感情を抱えたまま掃除をしに来ても、きっと悲しむだろうと思ったからだ。
世界に平和をもたらした彼女の事を想い、ユークレスは父に言われたとおりに湯に浸かり、早めに眠るのだった。