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お別れ

 買って来た物を片付け、ユークレスの元へ戻ったカシルが案内したのは、この屋敷の最上階らしき階層の一番奥の部屋だ。

 そこは扉一つとっても厳格さを感じさせ、中に入る前からこの先にいるのは高貴な身分の者であると知ることができる。

 モルディラという公爵へ帰還の報告を兼ねてユークレスを紹介するつもりなのだろう。カシルは凝った装飾の施された扉をノックして中に入った。


「モルディラ様、ただいま戻りました」


 入室と同時にカシルはまるで人が変わったかのようになった。ユークレスと話していた時よりもわずかに声色が落ち着いたものになり、彼の前では避けていた呼称で公爵の名を呼ぶ。

 そう呼ばねば叱られるとは言っていたので仕方がないのかもしれないが、やはり気分のいいものではなかった。

 二人が部屋に入り、部屋の中央に位置するテーブルの向こうからモルディラという中年の男が視線をこちらへ向けてくる。

 かなり大柄で肉付きの良い体格の彼の瞳はカシルを見て微笑み、その後ろに続くユークレスを見て不審そうな顔になった。


「おかえり。……後ろの子供は誰だい?」

「ユークレスです。カレット村の友達で、買い物の途中で見かけました」

「あの村の? という事は、どこかから逃げてきたのかな」


 ハーフエルフという事で既に察しがついていたのか、モルディラはそう言ってユークレスをまじまじと眺めてくる。

 どこか嫌な感覚がする視線を受けながらユークレスが不快そうに顔を背け、しばらくしてモルディラは何に納得したのか頷く。


「大変だったろう。とりあえずそこに座りなさい」

「は? なんで」


 そう言って、公爵は自分の対面にあるソファーを指し示した。

 あまりユークレスはそれに従いたくはなかったのだが、拒絶を示すより先にカシルに腕を掴まれる。


「ほら、モルディラ様のご厚意なんだから、行こうよ」


 そのまま引っ張られ、ユークレスはカシルと二人でソファーに腰掛けた。

 振り払えない力でもなかったが、やはり彼には同郷の仲間に乱暴をしたくないという想いが強く、嫌々ではあるが従う事にした。


「改めて紹介するね。この方がモルディラ様だよ。この街の公爵様で、僕たちを助けてくれた人だよ」

「……金で買われたんだろ。何が助けてくれただよ」


 まるで聖人でも讃えるかのように語るカシルに、ユークレスは思わず事実を吐き捨てた。

 悪態を見せた彼に横に座るカシルはムッとするが、モルディラは怒るでもなく目を閉じた。


「ユークレス……」

「事実だからね。そう言われても仕方ないだろう」


 公爵はユークレスの言葉をそのまま受け止め、それから瞼を開いて彼を見る。


「だが、彼らを買った事で命が助かったのも事実なんだ。私の噂を知る兵が多かったお陰で八人、君を含めれば九人の子供が殺されずに済んだのだよ」

「っ……」


 そう言われ、ユークレスは言葉を詰まらせる。公爵の言に正当性を認めたというより、九人が助かったという部分についてだ。

 確かに、本来は九人が助かるはずだったのだ。マナ・フォルトーンという少女を入れた九人が。

 自分の不用意な行動の果てに無残な最期を遂げた彼女の事を想起し、ユークレスは歯を食いしばる。

 そんな彼を見て、泣いてしまいそうになっているとでも思ったのかモルディラは立ち上がり、彼の頭へ手を伸ばす。


「悲しむ必要はない。君の事も含めて、私がたっぷりと愛情を注いであげよう」

『……。おい、こんなオッサンにナデナデされる気か?』

「ッ、さ、触るな……!」


 唐突にジルベールにそう言われ、ユークレスはハッとしたように公爵の腕を払った。

 彼を撫でようとした手は直前ではたき落とされ、驚いたような顔をしてモルディラは自分の手を見る。


『しばらく聞いてたが、こりゃやっぱ殺しといて良さそうだな。さっさと斬っちまえよユークレス』

「い、いや、まだ早いだろ……!」


 屋敷に入ってから静かだった魔剣は、ここにきて公爵の殺害を提案してくる。

 無論最終的にはそうするつもりだったが、ユークレスはまだ様子を伺いたかった。

 悪い人間の素振りもまだ見えず、突如人間に触れられそうになって思わず拒否はしたが、王子を殺すまでの間カシルたちを任せてもいいように思えたからだ。

 なぜジルベールは早くもその結論を出したのか、ユークレスには分からなかった。


「……なるほどな。まあいきなり私が触れては怖がりもするか。すまなかったね」


 モルディラも、彼の言動に納得がいったのか謝罪をしてみせる。

 そして、カシルの方へ向いた。


「ではカシル、その子の服を脱がせてやりなさい」

「……は?」


 突如、当たり前のようにそう言ったモルディラに、ユークレスは大きく困惑した。

 理解が追い付くより先にカシルの手がユークレスの衣服を掴み、まくり上げるようにして肌着ごと服を脱がせようとしてくる。


「えっ、カシル? 何やってんだよ、どういうことだよ!?」

「大丈夫だよユークレス。怖くないから」


 そう言って抵抗できないように顔を近付けながらカシルは彼の服をたくし上げ、ユークレスの滑らかな褐色肌が露わになってしまう。

 なぜ自分が今脱がされているのか分からないユークレスは硬直し、同郷の少年のされるがままになろうとしていた。


「ふふふ。痛い事はしないよ、安心してくれていい。ユークレス君が望むなら、友達も一緒に……」

『……おい、もういいだろ。俺を使えよ、ユーク』


 上半身裸にされたユークレスを見て、魔剣は囁く。

 状況は未だ把握しきれていないものの、彼を見る公爵の顔はとても醜悪に映った。そして、公爵によってカシルが操られているのにも気が付けた。

 それに気付けば行動は速い。ユークレスはカシルを軽々と押し退け、ジルベールを抜く。


「わっ……!? ユークレス!? 何を!?」

「俺を、その名前で呼ぶなぁッ!!」


 幼馴染に呼ばれていた愛称で呼ばれ、魔剣へと吠えながらユークレスの対面にいるモルディラの肩口へと刀身を叩き込む。


「ぼ、がぁっ……」


 生き残ったカレット村の子供たち。彼らを自分の言うことを聞く人形のように扱っていたのだろう男への怒りを込めた一撃。

 公爵はその一閃を防ぐこともできずに受け、斜めに切り裂かれた体は首の付いている側からまるで貝のように開いていった。

 口と切断面から血を吐きながら、モルディラはがくがくと全身を震わせながら床へと倒れた。


「モルディラ様ぁっ!!」


 目の前で公爵を殺されたカシルは、世界が終わってしまうかのような絶叫と共に、既に死体へと変わりつつあるモルディラに駆け寄った。

 自身が血にまみれるのも厭わず、銀の剣によって開かれた傷口を閉じようと必死に断面同士を押し付ける。


「ユークレスっ、どうするんだよ! 繋がらないっ、し、死んじゃうよぉ!!」

「……当たり前だろ、殺すつもりでやったんだから」

『まぁ、変態の末路としてはそこそこだな』

「変態……だったのか?」

『お前……ほんっとに分かってなかったのかよ』


 ジルベールに呆れられている間も、カシルは泣き顔になりながら生気を失った顔のモルディラを蘇生させようとしていた。

 そのもはや無意味な行為を止めさせるべく、ユークレスは彼の隣にしゃがみ込み、肩に手を置いた。


「もう大丈夫なんだよ、カシル。これで、お前と他の奴らも自由になるんだ」

「自由……?」

「ああ。カシルたちを奴隷として買った奴は殺した。だから、もうその人間の事なんか考えなくていいんだ。……村は燃えちゃったけど、何ならみんなで一緒にもう一度カレット村を」

「ふざけるなよ!!」

「わっ」


 モルディラからの解放を告げるユークレスを、激昂した様子のカシルは突き飛ばした。

 そのまま、ユークレスの上に馬乗りになって彼が握っていた魔剣、ジルベールを奪い取る。


「え、カシル」

「モルディラ様は僕たちに生きる場所をくれてたんだぞ! 何が奴隷だ! 最初はそうだったとしても僕たちの事を愛してくれてたのは事実なんだ! それを、お前は殺したんだぞ!!」

「うあっ!」


 両手で柄を握り、銀の魔剣がユークレスの胸に突き立てられる。

 ざくり、と剣先が肉を切り裂くが、カシルの力が弱いのか深くは刺さらず致命傷には至らない。

 それでも血は流れ痛みも感じる。思わず声を上げたユークレスにカシルは容赦なく何度も剣を振り下ろす。


「ユークレス! 僕たちを愛してくれた人をっ! なんで殺したんだっ!! なんでっ! なんでっ!!」

「やめ、カシル……。痛いだろ……」

『……ああ、ユークレス。お前に悲しい知らせがある。よく聞け』


 胸にいくつもの刺し傷ができていく中、ジルベールが嘆くように言葉をかけてくる。


『お前はこれからカシルを殺さないといかん』

「ッ!? な、んで」


 剣で刺される痛みより衝撃を受けた。なぜカシルを殺さなければいけないのか。

 ユークレスは多少肉体が頑丈なのでこんな子供に刺され続けても死ぬような怪我は負わない。しばらく耐えていれば彼も落ち着くと思っていたのだが、それでは駄目だというのだろうか。


『分かるだろ? もう手遅れなんだよ。こいつも、多分他の七人も、完全に公爵の奴隷として調教されきっちまったんだ。もうお前が知ってるカレット村の子供たちじゃなく、人間に従順なペットにされてんだよ』

「そんな、わけ……」


 公爵は殺したが、カシルはこの二か月の間に変えられてしまったと魔剣は言う。自分が村で一緒に遊んでいた時の彼はもういないのだと。

 否定しようと、ユークレスはカシルを見た。

 その瞳に映し出されているのは、殺意だけだった。村の仲間へと向ける感情など一切なく、ただ飼い主を殺されて怒り狂う狂気がユークレスを睨みつけていた。


「死ねよ、人殺し!!」

「……っ」


 一際大きくジルベールが振り上げられ、それを見たユークレスは悲しみに顔を歪めた。

 ほんのわずかでも村の住民が助かっていたと思っていたのに、結局誰一人として助ける事はできなかったのだと分かったからだ。

 だから、ユークレスは振り下ろされた銀剣を両手で挟み込んで止め、そのまま奪い返す。

 村の仲間ではなく、彼もまた自身を殺そうと襲い掛かる「敵」になってしまったのを悲しみながら、カシルの胸へと魔剣を突き刺す。


「っ、あ……」

「……ごめんな、カシル」


 貫かれ、剣を伝いながら血が流れ落ちてくる。自分に覆いかぶさるように息絶えるカシルの血を浴びながら、ユークレスはぽつりと呟いた。

 力を失い、崩れ落ちる彼の体からジルベールを引き抜いて抱きとめる。そのまましばらくの間、カシルの頭を抱きながら目を閉じた。

 生き残った子供たちを、ユークレスは救うことができなかった。守るべきだったものは、見つけた時にはもう死んでいたようなものだったのだ。モルディラという公爵の手に渡った彼らは心を侵され、生きた人形にされてしまっていた。

 もっと早くにこの街へ来ていればカシルたちも助けられたのかもしれない。だがそれがもはや叶わぬ願いであることも、ユークレスは受け入れる。

 優しく抱いていたカシルを離し、ユークレスは立ち上がり体に付着した血も気にせずに服を着た。自分とカシルの血が混じり合いながら衣服へ染み込んでいく。


「……あとの、七人もなんだろ」

『おっ、分かってるじゃねぇか。まあ見てはいないから何とも言えんが、そいつと同じようなもんだろうな』


 公爵の部屋を出ながらそう聞かれ、ジルベールは感心するように彼の言葉を肯定した。

 カシルと同じくカレット村よりこの屋敷へ連れ去られたという七人。それらもきっと、あの少年と同じように心を壊されてしまっているのだろう。

 だとすれば殺してやるしかない。ユークレスは魔剣の言葉を信じ、彼ら、もしくは彼女らをも斬ることにしたのだ。

 精神の壊れてしまった者を元に戻す術など知らない。あんな変わり果ててしまった彼らにユークレスがしてやれるのは、それしかないのだ。


『頑張れよ! きっとこいつらの親御さんも喜んでくれるだろうぜ!』

「すごく怒られるよ、きっと」

『そうかぁ? 俺ならきちんと礼を言うけどなぁ』


 挑発としか思えないような魔剣の言葉。だがユークレスにはそれが剣なりの鼓舞のつもりであるとも分かる。

 身内を殺すようなものだ。彼には堪えると、ジルベールはそう思っているのだろう。

 だがカシルを斬った時点でユークレスの覚悟は決まっている。変えられてしまった彼らを、ただ解放してやるだけの事だと。


「……殺してやる、王子と、王国の全てを」


 剣と団結の王国への憤怒を強めながら、ユークレスは七人のハーフエルフと、この街の全ての人間を殺すべく歩き始めた。

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