01_悪夢
突然人って何だろうと考えることがあります。何を目的に生きているのか、自分の人生にとって意味あるものは何なのか。そんなちょっとした疑問が浮かんでくるうちに、ひとつのストーリーを思いついたので投稿しました。
「一命はとりとめたものの、まだ意識が混濁しているようです。どうか彼に会う時には落ち着いていただけるといいのですけど」
担当医が一人の婦人を連れて病室まで案内している。
「何でこんなことになってしまったんでしょうか」
額の汗をハンカチで拭いながら、婦人が誰宛てでもない疑問を投げかけた。
自殺未遂。婦人の子供に起きたたった一度の出来事。当初、家族は訳も分からず呆然と立ち尽くしていたそうだ。それもそのはず、高校までもいい成績を残し、大学も第一志望に合格した。婦人の中では順風満帆な学生生活を送っていると思えた。
二人は病室にたどり着き、担当医がドアを開ける。
「後藤恭介さん、お母さんがいらっしゃいましたよ」
担当医がそう言いながら患者の前に来ると、彼の返事によって一度周りの時間が止まった。
「誰ですか、それは」
何を言っているのか、それともという嫌な考えだけが婦人の脳裏を駆け巡った。だが、悪いカンとはよく当たってしまうもので彼の二言目で、婦人はがっくりと膝を落とし、泣き崩れた。
「僕には皆川真司という名前があります。というかここはどこですか」
やけに落ち着いた物言いが、更に気色の悪さを際立たせた。
記憶喪失ではない。担当医の思考回路がショートしかけた。
「僕にいた病院ともまた違うような」
とりあえず一度状況を整理しようと、担当医はベットの上の自称皆川君に質問を投げかける。
「住まいはどこですか」
「広島の三次です」
「親御さんの連絡先は知っていますか」
この病院は東京にある。東京の人間が、広島の誰ともわからない人物の名前をいきなり名乗ることはないはずである。担当医はすぐに彼から聞いた番号通りに電話を掛けた。
「あ、もしもし。急にお電話すみません。麻生総合病院の山岸です、皆川さんでお間違えないでしょうか。はい、そうです。はい。えっと、真司と名乗っておりまして。はい。そうですか、分かりました」
彼の母親と思われる人物が明日飛んでくるそうだ。電話越しの焦り具合からすると、近々で真司が亡くなっている可能性が考えられる。
「お母さん気を確かにしてください。まだそうと決まったわけでもないですし、明日またいらしてください」
担当医が気が付いたように婦人を慰め、病室を後にした。