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休校中  作者: 恵梨奈孝彦
3/3

令和二年五月三日

三場 五月三日 日曜日

    一場、二場と同じ場所。サツキ、パジャマ姿でテーブルの上のスマホをにらんでいる。ホワイトボードには「5/3 日」と書かれ、赤い線のハートに囲われている。


アナウンサー それではつぎの曲は、「みゆはん」さんの「ぼくのフレンド」です。

サツキ あっ、あの曲だ!


    サツキ、立ち上がって歌い出す。サツキにのみスポット。

    サツキがワンコーラス歌い終わったところで、いきなりベタ明かり。曲も止まる。


アナウンサー いま入ったニュースです。政府は五月十日までとしていた緊急事態宣言を五月三十一日まで延長することを発表しました。これに伴って、県内の小中高の休校期間も延長されることが予想されます。

サツキ (振り返ってテレビを見る)えっ…。

アナウンサー 今月十一日を休校開けとしていた学校も、今月末まで休校を続けることになると思われます。 


    サツキ、呆然として座り込む。スマホを見る。操作しようとして取る。しかし置く。もういちど取る。やっぱり置く。着信音が鳴る。大急ぎで耳に当てる。


サツキ タケシ! きのう連絡してって言ったでしょ! なんでこの時間になるまで電話しないの! ニュース見た? 休校が伸びるのかな。今日が何の日かわかる?


    しばらくの間。サツキ、スマホを耳から離して確認。


サツキ あ…、パパ。


    サツキ、スマホを耳にもどす。


サツキ うん…。ありがとう。…いや大丈夫だよ。


    しばらくの間。


サツキ それよりも、あの、女とトラさんの話。結末をどうするの?


    サツキ、スマホを持ったまま立ち上がる。照明、ちょっと暗くなる。

    

サツキ 王女は一方の扉を示した。

    若者は王女の指す扉に向かって歩いていった。


    サツキ、下手の実際にある扉のそばまで歩く。


サツキ 若者は、王女の指した扉を開いた。


    サツキ、本物の扉の少し上手側の衝立を移動させる。


サツキ 扉から、虎が飛び出した。


    サツキが移動させて空いた場所の床には、虎のぬいぐるみが置かれている。


サツキ 男はとっさに、となりの扉を開けた。


    サツキ、本物の扉を開ける。


サツキ 扉から美女が出てきた。


    開かれた扉から、人形が投げ込まれる。


サツキ 男は、二つの扉の後ろに隠れた。


    サツキ、開け放たれた本物の扉の後ろに隠れる。


サツキ 男は、虎が美女を食べている隙に、こちらから逃げた。


    サツキ、扉の枠の後ろをまわって下手に出る。

    サツキ、開け放たれた扉から中央にもどってくる。


サツキ パパ…、女が嫌いなの?


    しばらくの間。


サツキ べつに、面白さを求めてるわけじゃないの!

 

    しばらくの間。


サツキ だから、なんでみんなわからないのかなぁ。たしかにこれは小説だけど、自由に結末が作れるからこそ、本人の無意識とか、本音とかがでちゃうんだよ! ママは、「若者が虎と闘って勝つんだ」って言ってたよ!


    しばらくの間。


サツキ これは小説で、もともとウソっぽい話なんだから、リアリティーなんかいらないんだよ! 

パパの結末だって、リアルじゃないでしょ! 女は恋人を殺そうとして、男は女が食われるのを利用して逃げるだとか! パパ、「『わたしはピアノ』は原由子が歌ってるし、歌詞も女視点だから好きになれない」って言ってたよね。やっぱりパパは、女が嫌いなの?


    しばらくの間。


サツキ ならなんで、ママと離婚したの?


    しばらくの間。


サツキ …じゃあ、ママの娘のわたしのことも嫌い?


    しばらくの間。


サツキ パパ、しばらく外出自粛が続くみたいだし、二人で外食の話はもういいよ。それよりも、達哉くんだっけ…。今年産まれた赤ちゃんを大事にしてね…。


    しばらくの間。


サツキ わかってたんだ。パパはもうよその人だって! 新しい、今の家族がわたしより大切なんだって!


しばらくの間。


サツキ ねえ、昨日電話して、「わたしに彼氏が出来て心配?」って聞いたとき、「おれにはもう、サツキの人生に干渉する権利はないよ」って言われて、すごく悲しかったんだよ。わたしも、他の女の子と同じように、お父さんに心配されたかったんだ。


しばらくの間。サツキ、スマホを耳から離して怒鳴る。


サツキ (叫ぶ)なんか言ってよ!!


    サツキ、スマホを操作して通話を切る。スマホをテーブルに置いて、両手をテーブルの上に出して、その上に顔を伏せる。

    そっと顔を上げて、幼いころに描いた家族の絵を見る。

    剥がして破ろうとする。

    メールの着信音。

    サツキ、少しためらってからスマホを耳に当てる。

    少しの間。


サツキ ……。だからなんか言ってって! (スマホを耳から外して見る。必死だったのが急に真顔)あ…、メールだった。


サツキ、スマホを操作してメールを開く。


サツキ これは…。


    サツキ、スマホを操作して電話をかける。


サツキ もしもし、ハルミ!


    しばらくの間。


サツキ そんなこと言われても、「ありがとう」なんて言えないよ! 昨日タケシに「連絡して」って言ったらさっきメールが来たんだけど、タケシとあんたのツーショットが貼られてるんだけど、どういうことなの!


    しばらくの間。


サツキ あんたに謝られてもしょうがないんだけど!

     

    しばらくの間。


サツキ あんたとタケシと、どっちが先に声をかけたかなんてどうでもいいの! なんであいつが、あんたとのツーショット写真なんて持ってるの!  

    …いや、たまたま写っただけかもしれないけれど、なんで彼女であるわたしにこんなものを送りつけたのか…。


    しばらくの間。


サツキ なんか言いなさいよ! わたしはタケシとつきあってる! (オルゴールを手に取り)わたしが告白して、タケシがその返事としてこのオルゴールをその場で買ってくれて、「これからもよろしく」って…、聞いてる?


    しばらくの間。


サツキ わかるに決まってるでしょ! タイトルがオルゴールの箱に書いてあったし、今日もテレビに合わせて歌ったよ! 「みゆはん」の「ぼくのフレンド」でしょ!


    ちょっとの間。 


サツキ 待って…。「ぼくのフレンド」…。「タケシの友達…」。告白の返事が「友達」…。友達に「これからもよろしく」って…。まさか!


    しばらくの間。


サツキ だから、あんたに謝られてもしょうがないって言ってるでしょうが!!


    しばらくの間。


サツキ なんでこんな、まわりくどい答え方をしたのか…。


    しばらくの間。


サツキ あいつをかばうんだね…。


    しばらくの間。


サツキ そんなことを言われても、「ありがとう」なんて言えないよ!


    サツキ、スマホを操作して通話を切る。

    しばらく呆然としている。

    意を決してスマホを操作して電話をかける。耳に当てる。

    しばらくの間。


サツキ もしもし! タケシ!


    ゆっくりとスマホを耳から離し、ぽいと布団の上に投げる。

    オルゴールを握りしめて高く上げる。テーブルをにらみつける。

    しかし、たたきつけることはできずに、そっとテーブルの上に置く。


サツキ うわぁぁぁぁぁっ!!


    サツキ、扉に向かって走り、パジャマで裸足のまま扉の外に飛び出す。

    そのとき、スマホから着信音。

    サツキ、立ち止まって振り返る。

    部屋にもどって、発信元を確認。テーブルの前に座ってスマホを耳に当てる。


サツキ ママ!

    いまどこにいるの。

    今日も帰ってこないの!

    来る日も来る日も、

どこにも行けなくて。

    誰にも会えなくて。

    毎日テレビだけ見て、電話しかかけられなくて。

    パパにも友達にも、好きな男の子にも電話ができなくなっちゃって!

    他のことを考えようとしても、つらいことや恥ずかしいことばっかり頭に浮かんで。

    「どんなことがあっても、二人とも絶対に誰にも言わない」とか約束されても、頭の中はそんなことばかりぐるぐるまわって。

    そんなことがこれからもずっと続くなんて…。

    好きだった歌も、大切だった曲も、

    思い出したくなくって!

    なんであなたがいないの。

    怖いよ。

    さびしいよ!

なんでいないのよ…。

なんでいないのよう!

あなたは、本当にいるの?

どこにもいないなんてことはないよね。

ずうっと家の中にいると、

世界中わたしひとりになったような気までしてきて!

だから!

顔を見せてよ。

わらってよ。

声を聞かせてよ。

名前を呼んでよ。

さわってよ。

手を握ってよ。

髪をなでてよう。

抱きしめてよう!

抱きしめてよう!

抱きしめてよう!

抱きしめてよう!


サツキの母、サツキの台詞の途中で下手から登場。

そっと部屋に入り、サツキの真後ろに立つ。


サツキ いまどこにいるの!

こんな日なのに。

こんな日なのに!

なんであなたがここにいないのよう!


サツキの母、後ろから手を伸ばしてケーキの箱とプレゼントの箱をそっとテーブルの上、サツキの目の前に置く。

サツキ、驚いて体ごと振り返る。


サツキの母 (笑って)サツキちゃん。お誕生日おめでとう…。 


    サツキ、座ったまま母に抱きつく。

    BGM「ぼくのフレンド」


                   Fin

引用


「女か、それとも虎か」 1884年

フランク・R・ストックトン    


「女と虎と」 1948年

ジャック・モフィット


「スクール・デイズ」

ゲーム原作のテレビアニメーション

2007年7月~9月放送

監督 元永慶太郎


「ミッドサマー」

2020年公開の映画

監督 アリ・アスター


「私はピアノ」 

サザンオールスターズの楽曲。

作詞・作曲 桑田佳祐 

1980年3月21日発売のアルバム「タイニイ・バブルス」に収録。


「ぼくのフレンド」  

みゆはんの楽曲。

作詞・作曲みゆはん

2017年2月22日発売の「自己スキーマ」に収録。  


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