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chap.2 :悪魔の仔/震える背

「……どうしたの、拓真!」

玄関先に倒れ込んだ拓真と由宇を見て、彼の母は驚いたように目を丸くした。

「あら……、あなたは……?」


「……あ、……は、初めまして……、水貝、と言います、た、拓真君の同級生で……、」

由宇はうつぶせになっていた身体を起こして、何とかお辞儀をしようとした。

しかし、拓真は倒れながらも、未だ由宇の腕をしっかりと掴んで放していなかった。

彼女は思うように身体を起こすことすら、出来なかった。


「……それどころ、じゃ、ねえんだよ……」

うつぶせに転がったまま、拓真が、呻くように言った。

「母さん……、あいつだ……。博士の……、コンピ、テント……が……、」


その瞬間、拓真の母の顔に、さっきまでの柔和な印象とは異なる、緊張の色がありありと浮かんだのを、由宇ははっきりと見た。

「……あなた、博士のコンピテントを知ってるの………」

彼の母は呟いた。


「……親父の残した記録の中に、最近取られた写真があったんだ………」

彼の息はまだ上がったままだった。ぜえぜえと息を切らしながら、その合間を縫って拓真は話を続けた。


「……あれに、うり二つの女が、さっき……。………母さん、逃げよう!」

彼は突然身体を起こし、訴えかけるような目を母に向けた。

「あいつ、絶対、おれたちを狙ってくる!」


「……大丈夫よ」

拓真の母は彼とは対照的に、落ち着いた調子で言った。

「……あの子は、そんな子じゃない」

「現に、人が殺されたんだ!」

拓真が大声で言った。

「母さんが、何を知ってるかしらねえが、あいつは人殺しなんだよ!親父も言ってたじゃないか!あいつらは、殺すために、産まれてきたんだ………」

彼は自分の身体を抱えるようにして、わなわなと震えだした。


「親父を、殺した奴も………、」


「……大丈夫……」

拓真の母は、震える彼の肩にそっと触れた。

「……大丈夫だから、拓真……、お母さんを、信じなさい……」


拓真の母は、傍らに倒れ込んだまま、呆然と彼女らを見つめていた由宇に向き直った。先ほどまでの緊張の眼差しはすっかり失せ、初めのような、おっとりとした印象を与える微笑みを彼女に向けて、言った。

「水貝、さん、だったかしら……、もう、ここへは、しばらく近づかない方がいいわ」


「……どうして、ですか」

「いい?ここでのことは、内緒にしていてね。……無用の混乱を招くだけだから」

無用の混乱。その言葉に、由宇の身体は無意識に震えた。


拓真の母は怯える由宇の心を見抜いたかのように、再び、彼女に優しく微笑みかけた。


「……大丈夫よ。ただ、念のため、というだけ。万が一、拓真の大切なガールフレンドに怪我でもさせたら、私、恨まれちゃうもの」

「……がっ、ガールフレンドって……」

「あら、違った?」

拓真の母は悪戯っぽく笑った。


「水貝、由宇さん、だっけ?……あなたの名前は、拓真が時々口にしてたから、そうなのかと思ってたわ。……友達のことなんて、話すことも珍しいのに」


由宇は驚いたように拓真の方を見た。

彼はすでに疲れ切って、仰向けに床に伸びていた。意識があるのか無いのかすら、定かではなかった。


「……この子も、大分疲れちゃったみたいね。部屋まで運んで、休ませてやりましょう。……あなたも、眠っていく?」

「……いっ、いえ!」


由宇は琢磨の腕を振りほどいて立ち上がった。

「かっ、帰ります、私……。彼ほど、疲れて、無いですから……、あ、ありがとう、ございました……」

膝がまだカクカクとして、歩こうとしても力が入らなかった。

由宇はそれでも何とか玄関のドアを開け、お辞儀をして外へ出た。


背後のドアをばたりと閉めてしまうと、急に足の力が抜けて、立っていることが出来なくなった。閉めたばかりのドアに、身体を預けるようにして持たれかかった。

「……がっ、ガールフレンドって……」

彼女は、一人呟いた。

「……意識、してたんだ……」


足をぎくしゃくと不格好に動かしながら、日が暮れ始めた通りに出た。

近くの駅に電車が着いたばかりらしく、会社帰りの会社員が固まって通りを歩いていくのが見えた。一人の男が、ふらふらと歩いている彼女の方に目を向け、不審そうに顔をしかめた。


彼女は恥ずかしそうに目を伏せ、小さく会釈して、突然、駆け足で走り抜け、曲がらなくてもいい通りの角を曲がって、人気のない裏露地に入った。


彼女はその薄暗い湿った通りをゆっくりと歩きながら、先ほどの拓真の母の言葉を、無意識に、何度となく反芻していた。


自分の口元が、放って置いてもにやけてしまう。

「……気味が悪いな」

自分で自分をそう思いながら、彼女は家に向かって、出来るだけゆっくりと、ふらつきながら露地を歩いた。


「……でも……」

彼女はまた、にやつきながら小さな声で呟いた。

俯いた口元から、小さく並んだ前歯が見えた。


「お母さんに言われる前に、言ってほしかった……かな……」


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