chap.1 :プロローグ/砕け散る赤いモノ
少女は、慌てて後ろを振り返った。
暗闇にいくら目をこらしてみても、誰の姿も見えない。
血の気のない暗闇が、暗澹と少女の前に広がっていた。
だが、心の中に一度湧き出した恐怖は、なかなか消えないようだった。誰かが、その暗い闇の底から今しも、ぬうっと立ち現れてきそうな気がしてしようがなかった。少女は怯えるような眼差しで、暗い夜の中、瞳だけが、あくせくと左右に動き続けた。
すると、見つめていたよりずっと上の方から、突然、カア、と、けたたましい声がした。
はっとして声のした方を見上げた。
暗闇の中で声の主の姿は見えなかった。空は未だ十分に暗かった。だが、彼女は目に見えて慌て始めた。東の空は、すでに少しずつ明るくなり始めていたのだった。
ざわめきは次第に大きくなってきた。
一羽が鳴き出すと、辺りに潜んでいた何羽ものカラスが、つられるように鳴き始めた。その喧噪は徐々に夜一面に拡がって、暗い空全体を覆い尽くしていくように感じられた。
「……帰らなきゃ…!」
彼女は地平線の下の太陽に背を向けて、少女は逃げるように駆けだした。
露出した右腕を、再び隠すことも忘れていた。
公園を取り囲むカラスの数は、夜明けが近づくにつれて増していった。耳を覆いたくなるほどの不快でけたたましい喧噪が、しばらく夜を覆った。
――二体の、若い男のものと見られる遺体が発見され、警察に通報が入ったのは、それから2時間ほど後のことだった。愛犬と散歩中の老人がその遺体を見つけたが、その惨劇に彼は放心してしまい、実際に通報したのは、ちょうどその場を通りかかった早出の会社員だった。
遺体は、2方をブロック塀に囲まれた公園の隅に頭を向け、非常に近い位置に並ぶように倒れていた。遺体に争った後は無く、一撃で、身を守る暇もないほど、あっという間に殺されたのだろうと刑事らは推察した。
しかし、その殺され方には、彼らも首を捻った。
遺体には、首より上が影も形も無かった。もし、首、があるとするならば、それは付近に散らばった、大小様々な肉塊や骨片が、それに相当するものと考えられた。彼らは、何か想像を絶する力で、頭部が頚髄ごと引き抜かれ、跡形もなく潰されたのだろうか?
それは信じがたいことだったが、状況から見て、彼らにも、そうとしか考えられなかった。
結局、この二体の遺体は、身元もはっきりと特定できなかった。
これと言った証拠も、解決の糸口も見いだせないまま、事件は公となり、マスコミの話題の種となった。
しかし、マスコミの周到な取材をもってしても、現場から立ち去ったはずの、一人の異形の少女の存在に、たどり着いたものはなかった。
悲劇の真実は、いまだ、闇に閉ざされていた。