玄草酔 ―祀り上げられた兎は少年の恋をあしらった―
どこかの人間は、兎を神の使いだと崇める習慣があったらしい。
だから、私は知らぬ間に崇められていた。最初こそ鼻高々だったが、人間たちが感謝を忘れてきた辺りから面倒が増えてきてそれはもう嫌気がさすってもんだった。
向こうも気にしなくなったのだ、私も気にしないのが筋だろうし、なにより感謝をされないのは面白くないから、酒を嗜むほうが有意義というものだ。
それから幾年の歳月が流れた時だったか。ふいに、小僧が私の元を訪れるようになったんだ。
私の何が小僧の琴線に触れたんだろうね。化生でしかないはずの私に花を差し出して「好きです」と口にし始めた。
小僧のしたこと。そう思い、最初に「知識不足だよ。その花は不幸を望むものさね」と教えて追い返した。次に来た時、たいそう勉学を積んだのか。赤い天竺葵を積んで「まだ好きなんです」と来た。
他の人間にはない感謝の念を持っていたし、なにより面白かったので、その後も何度か花を持ってきた小僧に「別に願いはないのかね」と問うと「悩んでいることはあります」と答えられた。特にすることもなかった私は、小僧の悩みを聞いて、解決して……。
それから……、どうなったんだったか。
ああ、思い出した。願いをかなえてやって、それでもしつこく好きだ好きだと迫られたんだったか。
だけど、ある日を境にそれが無くなって清々としたんだった。ただ、無くなったら無くなったで落ち着かないと来たもんだ。すっかりもう落ち着きはしたもんだが……。
そういえば、あれはもう何年前だったかね。
その事を思い出して、ふらりと社を出かけた。
どこを探してもあの小僧の姿は見えやしない。まさか私の方から探すことになるなんて思いもしなかったから、ほとほと困っちまった。
諦めて帰ると、珍しく誰かが拝んでいた。珍しくて聞き耳を立ててやると、あの小僧の人生をつらつらと語りだすじゃないか。
面白くない、どうやらあの小僧は寿命とやらで死んだらしい。
仕方ないと小僧の話を聞かせた誰かが置いて行った酒を拝借することにした。ここに置かれたのだ。この私がもらっても問題はないだろう。
社の上に腰かけ、酒を注いでいると、不意に酒の肴にしようとした景色が目に入って、目を細めてしまう。
「まさか、私が慰められるなんてねえ」
最後に彼が持ってきた花はいつの間にか社の周りに咲き誇っていて、たいそうな景色になって居た。
あの小僧も最後になかなか粋なことをするじゃないか。咲き誇っていた玄草の花。
そいつの言葉通り。酒を呑んで憂いを忘れてやることにした。
今宵は体調も良い。酒が進んで進んで仕方なかった。