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花魁道中~華盛り~  作者: 緋燈奈
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第六章

歌麿:おいで。


桃香:入っていいのかしら?


歌麿:あぁ。構わない。



この部屋に入ってはいけないと言われた事は無かったが、彼が毎晩ここ何をしているのか。踏み込んではいけない領域な気がして、入るのははじめてだった。



桃香:入るわよ。


歌麿:あぁ。どうぞ。



部屋のドアを開けると、部屋中に彼が描いたであろう絵が乱雑に置かれていた。彼は部屋の隅っこの机で煙管を吹かしている。



桃香:すごいわね。これ全部あなたが描いたの?


歌麿:全部ではないかな。僕が影響を受けた絵もたくさんある。例えば・・・



彼はそう言って飾ってある絵や作家の説明を語りだした。目がキラキラして、ずっと楽しそうにしゃべっている。私は彼のそんな所に弱かった。語り続けてどれくらいの時間がたったのだろう?



歌麿:すまない。少ししゃべり過ぎた。


桃香:そうね。でも、楽しかったわ。


歌麿:ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ。それでは本題に入ろう。


桃香:??


歌麿:君の絵本を描かせてくれ。


桃香:えぇ。構わないわ。どうすればいいのかしら?


歌麿:じゃあ、悪いんだが着物に着替えてきてくれるかい?あと、化粧はできるかい?


桃香:おやすい御用よ。じゃあ、後ろを向いてくれるかしら?


歌麿:ここで着替えるのかい!?


桃香:そうよ。何か都合が悪いのかしら?


歌麿:隣の部屋で良くはないか?


桃香:正直に話すわ。少し現実に戻るみたいで怖いの。ここで着替えても良いかしら。。


歌麿:あぁ..すまない。構わない。



そういって着替えと化粧品を持ち、彼の小部屋に戻った。ちょっと前まで当たり前だったこの着物と化粧道具が今ではすごく億劫(おっくう)なモノに感じてしまう。何してるのだろう私。いつまで続くのだろう。



桃香:お待たせ。じゃあ、着替え支度をするから後ろを向いてもらえるかしら?


歌麿:『あんな事』を二度もしたのに着替えは後ろを向かせるんだね。


桃香:それとこれとは話が別よ。女心がわかってないわね。そんなんじゃいつまでたっても素人童貞

   よ。


歌麿:誰が素人童貞だっ。僕はこう見えてもねー..


桃香:あーはいはい。こっち向かないでね。


歌麿:失礼だな。僕は君の裸なんかに興味はない。


桃香:・・・本当に?


歌麿:・・・。


桃香:正直なのね。こっちを向いてもいいのよ?


歌麿:またそうやって素人童貞の僕を虐めて楽しいかい?


桃香:・・・ええ。楽しいわ。生きがいになりつつあるわ。


歌麿:なんて寂しい生きがいなんだ。


桃香:そうね。そういうあなたの生きがいは何か立派なものはあるのかしら。


歌麿:・・・君の絵本を描く事かな。


桃香:それはどうしてなの?


歌麿:『まだ』秘密さ。



そんな他愛も無い会話をしていたせいか、仕事用の着物を着る事や化粧をする事も自然と笑いながら出来た。彼は不思議な人だ。


桃香:こっちを向いてもいいわよ。



彼はこっちを振り向くと全身を舐め回す様に私を見て、そのまま黙って筆を奔らせはじめた。



桃香:ポーズはどうすればいいのかしら?


歌麿:少し..我が(まま)を言ってもいいかな。


桃香:えぇ。私に出来る事なら。



彼からの要求は少しエッチで淫らだったが、とても真摯で真剣な彼の表情に安心を覚えた。普段はおちゃらけてヘラヘラと冗談ばかり言っているので、絵を描いている時の彼は少し寡黙で不思議な気分だった。



何時間が経ったのだろう。外が少し明るくなってきた。彼は作業に詰まると煙管に火を点け、頭をポリポリと掻きながら上を見上げる癖がある。これで何回目だろう。そんな事を思いながら、作業が終わるのを待った。



歌麿:おはよう。


桃香:んっ..



気がつくとそのまま眠っていたらしい。毛布がかけられ、簡易的な布団になっていた。



桃香:おはよう。毛布ありがとう。いつの間にか寝てしまってた様ね。絵は描けたのかしら?見たいわ。


歌麿:君が途中で寝てしまったから、まだだよ。残念だったね。


桃香:それは悪いことをしたわね。ごめんなさい。


歌麿:いいさ。時間はいっぱいある。ゆっくりいこう。


桃香:今日もこれから描くの?


歌麿:僕は夜型でね。実は昼間は集中力が続かないんだ。それに君も疲れただろう。


桃香:そうね。じゃあ、どうするの?


歌麿:今日は天気も良いし、釣りにでも行こう。


桃香:釣り?


歌麿:釣り。


桃香:冬なのに?


歌麿:冬なのに。



彼はそういって私を山の奥まで連れて行ってくれた。雪の積もった山道を歩くのはとても大変だったが、そんな体験も全てが新鮮で幼少の頃から出来なかった外の世界を冒険しているようでワクワクしている自分がいた。



歌麿:さぁ、着いたよ。


桃香:?どうやって釣りをするの?湖が凍ってるわ。


歌麿:この下の氷を掘って魚を釣るんだよ。これを使ってね。


桃香:ドリル?


歌麿:ドリルは男のロマンだからね。


桃香:そうなの?


歌麿:そうだとも。



ドリルで凍った湖に穴を空け、その穴から仕掛けを付けた糸を垂らしながらゆっくりと魚が掛かるのを待った。魚は中々掛からずほとんど待っているだけだったが、天気も良く、風も無かったので快適にのんびりと出来た。



歌麿:寒くないかい?


桃香:えぇ。今日は天気が良いわね。


歌麿:暦上は今日で春だからね。


桃香:そうなのね。気持ち良いわ。


歌麿:それは良かった。


桃香:釣りっていいわね。思ってた想像と違ったわ。


歌麿:どんな想像してたんだい?


桃香:退屈なイメージ。待っているばかりで時間の無駄遣いという印象だったわ。


歌麿:やってみてどうだったんだい?


桃香:ゆっくりとした時間もいいわね。自然が気持ち良いし。ありがとう。


歌麿:おいおい。まだ何も釣っていないじゃないか。釣りの醍醐味はこれからさ。



魚は全然釣れないけど、ゆっくりとした時間が続いた。少し暗くなってきてそろそろ切り上げの準備をし始めた。



桃香:全然釣れなかったわね。


歌麿:こんなはずじゃなかったんだけどなー。


桃香:こんな日もあるわよ。


歌麿:そうだな。


桃香:あっ・・・


歌麿:えっ


桃香:なんか釣れてたわ。


歌麿:気がつかなかったのかい!?


桃香:えぇ。初めてだもの。やったわ。


歌麿:やったな。帰ったら、ご飯にしよう。


桃香:可哀想ね。


歌麿:逃がすかい?


桃香:有難く頂くわ。


歌麿:そうか。



帰り道。彼は自分だけ釣れなかったせいかちょっと拗ねている様にみえた。ホント子供みたいな人。でも、私が釣れた事にも嬉しそうに笑ってくれた。私の周りにはこんな人はいなかったな。なんでだろう?不思議な人。そんな事を考えながら帰路についた。天気がまた崩れ始めしばらく吹雪が続いた。



桃香:全然晴れないわね。


歌麿:あぁ。山の天気はなんとやら。


桃香:あのね。今更なのだけれど、この格好少しエッチじゃない?


歌麿:そうだね。


桃香:あなたの趣味?


歌麿:そうだね。


桃香:変態さんね。こうゆうはだけてるのがいいの?


歌麿:そうだね。なんとでも言いたまえ。


桃香:エッチ。


歌麿:ちょっと休憩しよう。ふぅー・・・



彼はいつも西洋の黒いお茶(珈琲)を飲みながら煙管を吹かして休憩する。



桃香:その苦いお茶と煙の何が良いの?


歌麿:う~ん。なんだろう。なんとなくだ。



彼の描く絵は少しエッチなものだったが、彼自身はとても真面目過ぎる位で私を一人の女性として丁重に扱ってくれた。それが少しもどかしくて、悔しくもあった。



桃香:私ってそんなに魅力がないかしら?


歌麿:きゅ、急に何を言いだすんだい?


桃香:だって私は倭国一の花魁よ。それがこんなにエッチではだけた姿を毎晩の様にしているのに、

   あなたはちっとも襲ってきやしないわ。


歌麿:僕をなんだと思っているんだい。


桃香:確かにあなたはチキンな子狸さんよ。それでも相手はこの私よ?屈辱だわ。


歌麿:じゃあ、僕が本当に君を襲ったらどうするんだい?


桃香:そうね。私の事好き?


歌麿:い、いきなり何を言い出すんだい。


桃香:私はあなたの事結構好きよ。人に好意を持ったは初めてかもしれないわ。


歌麿:はは。それはありがたい。


桃香:あなたは?


歌麿:もちろん君は魅力的だし、だからこそ絵本のモデルを頼んでいる。君しかないと確信している

   程にね。でも、だからこそ君は僕の憧れで届かない存在じゃないといけないんだ。手の届かな

   いモノは魅力的だ。それを表現したい。


桃香:答えになってないわ。


歌麿:うっ・・・


桃香:私の事どう思ってるの?


歌麿:君は意地悪だなぁ。


桃香:えぇ。そうよ。私、意地悪なの。


歌麿:惹かれてはいるよ。我慢しいてるんだ。


桃香:ふふ。


歌麿:・・・


桃香:さぁ、そろそろ休憩は十分ね。再開しましょう。


歌麿:君は意地悪だなぁ。


桃香:えぇ。そうよ。私、意地悪なの。



そんな平凡で当たり前の様で、当たり前じゃない日々が続いた。こんな日常があるなだんて知らなかった。こんな毎日が毎日続けばいいのに。そんな事を私は思っていた。



桃香:おはよう。


歌麿:あぁ、おはよう。


桃香:あなた最近顔色が悪いわ。疲れているんじゃない?


歌麿:そうかい?まぁ、僕は少し低血圧でね。


桃香:そんなに細いものね。男らしくないわ。


歌麿:そうか。それはすまない。


桃香:なんだか今日はやけに素直でしおらしいのね。また『ご褒美』が欲しいのかしら?


歌麿:大丈夫だ。ありがとう。



桃香:おはよう。


歌麿:あぁ。おはよう。


桃香:起きれる?


歌麿:あぁ、大丈夫だ。


桃香:今日は少し休んだら?


歌麿:もう少しなんだ。すまんが今日も頼む。



桃香:おはよう。


歌麿:あぁ、おはよう。


桃香:今日は調子が良さそうね。


歌麿:あぁ、今日は身体の調子が良い。少し散歩がしたいな。


桃香:えぇ。最近天気も良くなってきたし良いわね。


歌麿:もうすぐ春か。


桃香:そうね。お花見に行きたいわ。


歌麿:そうだな。春になったら行こう。桜に君が合いそうだ。


桃香:絵本馬鹿ね。




桃香:おはよう。


歌麿:あぁ、おはよう。


桃香:ねぇ、起きてる?


歌麿:あぁ。どうしたんだい?


桃香:何でもないわ。なんとなくよ。


歌麿:そうか。


桃香:そうよ。




桃香:おはよう。


歌麿:あぁ。


桃香:私ね。


歌麿:なんだい?


桃香:思い出したの。


歌麿:何をだい?


桃香:小さい頃の事。


歌麿:?忘れていたのかい?


桃香:そうゆう事じゃないけど、思い出したの。


歌麿:ほぅ。それで、小さい桃香はどうだったんだい?




桃香:ふふっ。


歌麿:?なんだい。


桃香:何でもないわ。


歌麿:なんだか今日の君はやけに上機嫌だな。なによりだ。今日は吹雪かな?


桃香:ひどいわね。天気なんていつも吹雪ばっかりじゃない。


歌麿:はは。そうだな。


桃香:そうよ。


































桃香:おはよう。


歌麿:..............


桃香:私ね、わかったの。


歌麿:..............


桃香:これからの事。


歌麿:..............


桃香:あなたのおげね。ありがとう。


歌麿:..............


桃香:もう、これで良いんだよね。


桃香:喜多川....歌麿さん。


桃香:またね。




何も言わなかったが、私は気付いていたし、彼もそれを知って何も言わなかった。日に日に彼は弱っていた。


彼はもう『おはよう』を言ってくれない。




雪が溶け始め、ついに迎えが来た。私はまた遊郭に戻った。






















つづく..

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