第三章
歌麿:怒っているのかい?
桃香:別に怒ってないわ。
歌麿:すまない。君がそんなに怒るとは思わなくて。僕は昔からデリカシーがなくて人付き合いが苦
手なんだよ。だから、こんな山奥で一人で暮らしている。久々に人と話して浮かれていたのか
もしれない。謝るよ。
桃香:とても素直なのね。
歌麿:素直なだけが僕の愛嬌さ。
桃香:私も大人気なかったわ。
それだけ会話をし、また沈黙が続いた。食事が終わると先にお風呂に入れてくれた。外の景色を眺めながら、何をしているんだろう?とかぼんやり考えていた。今までゆっくりした一人の時間なんて無かったものだからとても新鮮で、開放的な気分が広がった。
桃香:彼には感謝をしないとね。少し悪い事をしたわ。
気持ちも落ち着き、この状況を作ってくれた彼に少し感謝の気持ちが芽生えた。
桃香:こんな自由で気ままな生活、羨ましいわ。
心地良い落ち着いた気持ちと同時に、見つかったらまた元の生活に戻るのかと考えると少し気分が滅入った。
桃香:嫌だな。
歌麿:湯加減はどうだい?
彼が扉の外から話しかけてきた。
桃香:少し熱めで丁度良いわ。景色もとっても綺麗だわ。ありがとう。
歌麿:喜んでいただけで何よりだ。着替えをここに置いておくよ。何かあったら気兼ねなく言ってく
っれ。
桃香:優しい誘拐犯なのね。じゃあ、早速一つ良いかしら?
歌麿:何なりと。
桃香:背中を流してあげるわ。
歌麿:??・・・急に何を言ってるんだい!?
桃香:感謝の気持ちよ。入っていらっしゃい。気持ち良いわよ。
歌麿:僕はそうゆうの慣れてないんだ。照れるよ。
桃香:私もプライベートでは始めてよ。そもそもプライベートなんて無かったから。
歌麿:しかし、それはなぁ。そうゆうつもりで君を攫った訳ではないんだ。
桃香:わかっているつもりよ。そうでなきゃ言わないわ。恥ずかしがらずに入ってらっしゃい。意気
地が無いわね。男でしょ?だいたいこんなチャンス二度とないんだからね。それとも私に魅力
が無いって事かしら?
歌麿:わ、わかったよ。そこまで言われたら男が廃る。ちょっと待っていてくれ。
桃香:のぼせちゃうから、早くね。
しばらくすると扉の向こうがごそごそと物音がなりはじめた。気丈に振舞ってはいたが、心がドキドキしているのが自分でもわかりとても新鮮だった。
桃香:仕事とはやっぱり違うわね。
ぼそっと呟いていたのも束の間
歌麿:本当にいいのかい?
桃香:しつこい男と優柔不断な男は嫌われるわよ。自分で決めなさい。
歌麿:優しいと言ってくれないかな。じゃあ、入るよ。
ガラガラ。
歌麿:・・・
桃香:・・・
歌麿:・・・。
夜も更け、彼が別々の部屋に布団を敷いてくれた。
歌麿:じゃあ、おやすみ。
桃香:今日は『絵本』描かないの?
歌麿:君も今日は色々あって疲れただろう。さすがに僕も今日はクタクタだ。
桃香:確かにそうね。っで、何処に行くつもりなの?
歌麿:いや、僕もすぐに寝るとするよ。
桃香:奇遇ね。私もよ。じゃあ、こっちにいらっしゃい。
歌麿:いやいや、僕も男なんだ。これ以上はおちょくらないでくれ。
桃香:おちょくってなんかないわ。一人で寝たくない気分なの。少し傍にいてくれないかしら。
歌麿:そうゆう事なら仕方がないな。
彼が布団の横に腰掛けた。
桃香:あなたって本当に意気地がないのね。
歌麿:紳士で優しいって言ってくれないかな?
桃香:さっきあんな事をした仲じゃない。寒いでしょ?
歌麿:まぁ、寒いね。実はすごく。
桃香:傍で話し相手になってくれればいいの。色々な事が有り過ぎて少し気持ちが不安定で。お願
い。
歌麿:君はずるいな。
そう言いながら渋々彼が布団の中に背中合わせに入ってきた。
つづく..