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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第9章 土蜘蛛
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第79話 死闘

「孝一郎! やはりこいつは土蜘蛛(つちぐも)だ!」


 俺は土蜘蛛を見上げる。黒光りした体にはよく見ると木目が浮き、たしかに木で出来ているように見える。ずんぐりとした胴体からは左右に四本ずつ、合計八本の脚が生え、頭の部分には目と思われる小さな穴がいくつもあいている。そして口の部分には、やはり木製のようだが左右にするどい牙が飛び出している。

 しかし……デカい。たしか体高2メートルって言ってなかったか? しかし目の前に現れた土蜘蛛はそんなもんじゃない。八本の脚は蜘蛛にしては短めだが、その脚に支えられた胴体の上部まで、3メートル近くはあるように見える。


「話が違うじゃねえか! デカすぎるぜ!!」

「孝一郎! こいつはとんでもなく強大な生体エネルギーを身にまとっている。大きく見えるのはそのせいだ。力も増幅しているはずだ。油断するな!」


 体からバラバラと土を落とした土蜘蛛は顔をこちらに向けた。俺たちを認識したらしい土蜘蛛は前脚を大きく振り上げた。


「来るぞ!」芳乃が叫んだ。その瞬間。


「ガウウウルルルルッ!」

 雷王丸が土蜘蛛に飛びかかり、振り上げた前脚に噛みついた。


 土蜘蛛は雷王丸を地面に叩きつける。しかし雷王丸は噛みついた脚を離さない。

 そのとき土蜘蛛の背後の木立から、ザザザザザザッという音を立てて、もう一頭のオオカミが飛び出してきた。山王丸だ。

 山王丸はすぐさま土蜘蛛に向かって跳躍すると、左の後ろ脚に噛みついた。二頭のオオカミに噛みつかれた土蜘蛛の動きが鈍ったように見える。


「孝一郎! 右へ回り込め! わたしは左に回る! 脚を狙うんだ!」

「おうっ!」


 俺はすばやく土蜘蛛の側面に回り込む。

「やあああああっ!」

 そして脚の一本をめがけて、気合とともに渾身の力で木刀を打ち込んだ。

 しかし木刀は「ガキッ!」という音とともにはじき返される。土蜘蛛の脚は木刀よりはるかに太く、まったく歯が立たない。


「孝一郎! 関節を狙え!」

 芳乃の叫ぶ声が聞こえた。


 俺は脚の関節をめがけて、ふたたび木刀を打ち込んだ。しかし結果は同じだ。なんのダメージも与えられず、木刀ははじき返される。

 見ると芳乃も木刀を振るっているが土蜘蛛にはまったく効いていないようだ。


 土蜘蛛は激しく脚を振り上げて、雷王丸と山王丸を地面に叩きつける。とうとう耐え切れずに雷王丸が噛みついていた脚を離し、ごろごろと地面を転がる。同時に後ろの脚に噛みついていた山王丸が木立の中へ投げ飛ばされた。体の自由を得た土蜘蛛は、そのまま前脚を振るい、木刀で打ちかかってきた芳乃を弾き飛ばした。小柄な芳乃の体は、数メートル飛ばされて地面に叩きつけられた。


「芳乃っ!!!」


 俺は土蜘蛛を大きく迂回して芳乃に駆け寄る。

 苦しそうにうめく芳乃を抱きかかえて家の建物の陰に隠れた。

 顔を出して見ると必死で起き上がった雷王丸がふたたび土蜘蛛の後ろ脚に噛みつき、そこへさらに傷だらけで駆け戻ってきた山王丸が飛びかかり、脚に噛みつくのが見えた。


「芳乃! 大丈夫か!?」

「あ……ああ、なんとか……な」

「くそっ! まったく歯が立たねえ……芳乃、非常事態だ。いったん山門まで退却しよう」

「いや、孝一郎……あれを見ろ」


 芳乃が俺の背後を指差す。

 振り返ると、西参道の向こうから誰かが走ってくるのが見えた。


「吉鷹村のものだ。神剣を届けにきたのだ」

「…………いや、ちがう……村人じゃない。あれは――」


「お兄ちゃん! 姫ちゃん!」

 春香だった。

 どこかで転んだのか制服のあちこちは土で汚れ、両膝は擦りむき血が出ている。

 春香は俺たちに向かって倒れ込んできた。ぜーぜー、と苦しそうに肩で息をしている。


「あ……あたしが……走ったはうが……は、早いと……思って……。はい、これ……」

 春香は限界まで走り続けて朦朧(もうろう)とする意識の中、やっと言葉を絞り出すと、背負っていたスクールバッグから白い布で巻かれた神剣を取り出して芳乃に手渡した。


「ありがとう。春香」

 芳乃は礼を言うと神剣に巻かれた布をほどき頭上にかかげた。


「姫神よ! わたしに力を貸してくれ!」


 あのときの嵐の晩と同じように、芳乃の体が青白い光の粒子に包まれる。その光は、古く白錆びたような両刃の剣に吸い込まれていった。


 すると異変を感じ取ったのか、土蜘蛛がこちらに向き直り、後ろ脚に噛みついている雷王丸と山王丸を引き()ったまま近づいてきた。


「孝一郎! 春香を安全な場所まで連れていけ!」

 芳乃はそう言うと神剣を構え、苦しそうな顔で立ち上がった。

 やはり芳乃は体にダメージを受けている。それに先ほどから木刀で戦っていた芳乃の体力は、もうそれほど残っていないはずだ。


「芳乃! 無茶だ! お前もいったん安全な場所までさがれ!」

「早くしろ! 春香を連れていけ!」


「…………くっ!」

 俺はぐったりとした春香を抱きかかえると西参道を数十メートル走り、途中にあった大きな岩の陰に春香を横たえた。


「ごめん…………お兄ちゃん。あたし…………動けない」

「ここでじっとしてろ」

 なんとか意識はあるようだ。


 振り返ると土蜘蛛は家の陰に隠れた芳乃に向かって、体ごと覆いかぶさるように倒れ込む姿が見えた。


 頑丈な丸太作りの芳乃の家は、土蜘蛛の一撃でバキバキと音を立てて倒壊した。


「芳乃ーーーーーっ!」

 俺はそう叫ぶと同時に立ち上がり、芳乃に向かって駆けだした。


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