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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第9章 土蜘蛛
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第78話 戦いの火蓋

 俺と芳乃が息を切らせて石室山の山門にたどり着くと、そこには三台の自衛隊車両と、数名の自衛隊員が待機していた。

 駆け寄ってきた自衛隊員に、SPDのデジタル身分証明カードを提示する。


「富岡孝一郎さんと千堂芳乃さんですね。我々は石室山警備班です」

 自衛隊員は俺たちに向かって敬礼をした。


「状況はどうなっていますか?」

「はい。40分ほど前、掘削現場から蜘蛛型のロボットのようなものが現れて、隊員二名が負傷したという連絡を受けています。その後ロボットは姿を消しています。おそらく再び地面を掘ってどこかに逃げたものと思われます。われわれも石室山周辺は捜索しましたが異常はありません。山門の中には指示があるまで入らないように言われていますが、現在電波障害で本隊と連絡が取れないため、その後の状況はわかりません。いま状況確認のため、隊員二名が車両で掘削現場に向かっています」


「そうですか。わかりました。ありがとうございます」

 俺は自衛隊員に礼を言うと芳乃が言った。


「孝一郎。ともかく山の様子を見に行こう」

「ああ、わかった」


「我々も何名か同行しますか?」

 と自衛隊員が芳乃にたずねると、芳乃が答えた。

「いや、あなたたちはこのまま山門付近を警備してほしい。もし土蜘蛛……いや、蜘蛛型ロボットがあらわれた場合は不用意に近づかないほうがいい。武器のようなものは持っていないと思うが力は強いし小銃程度では効果が無いと思う。SPDは使えないので、何かあればクルマのクラクションを鳴らしてくれればすぐに駆け付けます」


「わかりました。それではこれを持っていってください。発煙筒です。ここの紐を引くだけで発煙します。こちらも煙を見たら駆け付けますから、なにかあれば使ってください」

「ありがとうございます」

 俺は礼を言って、受け取った発煙筒を背負っていたバッグに入れた。


 俺と芳乃は山門脇のくぐり戸から中に入った。

 いまのところ山門の内部にも異常は無いようだ。俺たちは南拝殿に向かって坂を登る。


「なあ芳乃。自衛隊員に来てもらわなくて大丈夫か? 俺たちはいま何も武器を持ってないぜ?」

「いま石室山の中では小銃のような火器は使えない。コンピューターのような精密機器や通信機器も使えないし山の中からは電波も音もほとんど外には漏れない。武器に頼る人間が山に入るのはかえって危ない」


「火器や通信機器が使えないって……本当なのか?」

「そうだ。強力な結界で守られているからな。その発煙筒もおそらく機能しないはずだ」

 俺はあの嵐の夜、SPDが使えなかったことを思い出した。


土蜘蛛(つちぐも)ってなんだ? ロボットじゃないって言ってたよな。大昔からの敵とか言っていたけど……生き物なのか?」

「いや生物ではない。あれは木偶(でく)だ」

「でく?」


 俺と芳乃は南拝殿の前に来た。

 拝殿の屋根は、まだ応急措置の板が張られた状態のままだ。芳乃の家の修繕を優先しているからだろう。拝殿の扉を開けたが、中も特に異常は無い。


「本殿を見に行こう」

 芳乃はそう言うと、南拝殿の横にある石段に向かう。


「でく、ってなんだ?」俺はふたたび芳乃にたずねる。

「木偶とは『木偶(でく)(ぼう)』の木偶だ。簡単に言えば木彫りの人形だ」


「木彫りの人形? そんなもんが利根川の向こうから何キロも地下を掘り進んできたっていうのか?」

「そうだ」

「しかしどうやったら木彫りの人形がトンネルを掘れるっていうんだ? しかもそいつは自衛隊員を認識して攻撃してきたって言ってたぞ? やっぱりハイテクなロボットなんじゃ――」

「孝一郎。あれはロボットではない。木で出来ていて動力源なども無い」


 動力源が無いだって? 俺には芳乃の言っていることがわからなかった。

 石段の先に石室山神社の本殿が見えてきた。本殿まで行くのは初めてだが、ここから見るかぎり南拝殿とそれほどかわらない大きさに見える。


「動力源が無くてどうやって動いているんだ?」

「気の力で動いている。あれは非常に強力な生体エネルギーの(かたまり)なのだ」

「生体エネルギーの塊?」

「そうだ。土蜘蛛というのは正確にはあの木偶の名前ではない。あの木偶に強大な気を注いで操っている種族の名前だ」

「種族の……名前。しかしなんだってその種族は石室山を狙ってるんだ? やっぱり目的は龍の卵なんだよな?」


 俺たちが本殿の前に着くと芳乃が言った。


「孝一郎ははじめてだな。ここが石室山神社本殿だ。石室山神社の御神体は姫神様、すなわち初代松虫姫だから本殿のことを松虫姫神社(まつむしひめじんじゃ)、あるいは単に姫神社(ひめじんじゃ)ともいう。頂上にある龍神社(りゅうじんじゃ)は、その名のとおり龍神様を(まつ)っている。姫神社と龍神社をあわせた総称が石室山神社だ」


 芳乃は正面の扉を開けて中を確認する。

「ここには異常は無いようだ」


「なあ芳乃」俺は静かな境内を見回した。「あのとき橘常務は、トンネルは1日に何百メートルだかの速度で掘り進めてるから、石室山に届くのは早ければ明後日って言ってたよな。だとすれば、土蜘蛛はまだここまでは来れないんじゃないか?」

「そうかもしれない。しかしそれは運搬用のトンネルを掘っていたからで、土蜘蛛単体が地面の中を進むだけならもっと速いかもしれない。それに途中で地表に出て走る、ということも考えられる。やつがどこにいるかはっきりするまでは油断はしないほうがいいだろう」


「なるほど、そうかもな」

 俺は納得して周囲に注意を配る。だが、やはり何も異変は感じられない。


「土蜘蛛もいきなり山頂に現れるということはないだろうから、いったん南拝殿まで戻ろう」

 芳乃はそう言うと、ふたたび今来た石段を降りはじめた。

 そして先ほどの土蜘蛛についての話を続ける。


「土蜘蛛一族は太古の昔から、天皇家とは不倶戴天(ふぐたいてん)の敵なのだ。犬養家が神剣を振るい、オオカミを使役して天皇家を守ってきたように、土蜘蛛は呪術と気の力をもって木偶を操り我々に挑んできた」

「気の力で木偶を操る……って、そんなことが可能なのか? 前に言っていた付喪神(つくもがみ)みたいなもんなのか?」


「そうかもしれない。しかし実はわたしもこの目で見たことはないのだ。土蜘蛛はここ百年ほどは我々の前に姿を現していない。わたしも家伝によって知るのみだが、あの写真と自衛隊員の証言から、地下を掘り進んできたのは土蜘蛛の木偶と見て間違いはないだろう。家伝によれば、土蜘蛛の一族は気の力、すなわち生体エネルギーを操ることにかけては犬養家の者よりはるかに長じている」


「木偶を操っているのが土蜘蛛という種族だってわかっているなら、なんとか話し合いで和解するとか、和解が無理でも警告するとかできないのか? 」

「話が通じるような相手ではないし、どこにいるのかもわからない。土蜘蛛は古代より、日本各地の天皇家に反発する勢力を呪術で傀儡(かいらい)とし、木偶を操り我々に戦いを仕掛けてきた。しかしその正体は我々にもいまだにはっきりとはわからないのだよ」


「しかしどうしてそんな話も通じないようなやつが、テロ支援国家みたいな危ない国と手を組んだんだ?」

「それもわからないな。その国が土蜘蛛に操られているのかもしれないし、逆に土蜘蛛が利用されているのかもしれない」


「なるほど。だが…………どちらにしても、そいつが石室山を目指していて、いまもこの地下を掘り進んでいるとしたら、龍の卵が危ないことは確かだよな?」


「いや、どんなに強力な気の力で操られていようが木偶は木偶だ。少なくとも龍の卵を守る地下の岩壁は壊せないだろう。岩壁は千堂家代々の松虫姫の生体エネルギーで守られているからな。木偶ごときには破れまい」

「そうすると土蜘蛛の目的は、龍の卵の強奪そのものではなくて、とりあえず石室山までトンネルを通すことだったのかな?」


「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。埋められている龍の卵の真上には玄室があるからな。玄室なら入り口さえ突破できれば侵入は可能だ。玄室の中にもかなりの数の龍の卵があるし、初代松虫姫、不破内親王(ふわないしんのう)の魂が眠る御神体もある。これは石室山を守る千堂家の強大な生体エネルギーの(みなもと)であり、土蜘蛛にとっては目の上のタンコブだろうから、それが狙いかもしれない」


 俺たちはふたたび南拝殿の前に着いた。異常は無さそうだ。山門のほうからもクラクションの音などは聞こえない。


「わたしの家に行こう。おそらく春香も村に着いたころだと思う。だとすれば、あと2、30分で吉鷹村の者が神剣を届けてくれるだろう。吉鷹村から直接来る者は、山の西側の参道を使って、わたしの家の前を通るはずだ」


 そう言うと芳乃は西参道を歩き出した。先週金曜日の嵐の夜、俺たちが南拝殿を飛び出し、オオカミに追われて芳乃の家に駆けこんだ道だ。


「なあ、今日はオオカミたちはいないのか?」

「いや、雷王丸は近くでまわりを警戒している。山王丸は山の北側にいるようだ。何かあればすぐに駆け付けてくるだろう」

「近くにいるのか!? まさか俺に襲いかかってきたりはしないよな?」

「どうかな。孝一郎は嫌われているようだから…………保証はできないが、まあ大丈夫だろう」


 いや、そこは保証してほしいよなあ。

 こんど雷王丸と山王丸にお詫びの品でも持っていくか。ドッグフード……じゃダメだろうな。やっぱ骨付きの生肉とかかな。


 芳乃の家は、まだところどころに養生シートがかかっているが、修繕はもうほとんど終わっているようだ。

 芳乃は家に入ると木刀を二本持って出てきた。


「とりあえず何もないよりましだろう」

 そう言って一本を俺に手渡す。


「こんなもんで大丈夫か? 自衛隊の隊員だって二名怪我させられたんだろ?」

 俺は木刀を素振りしながら聞いた。

 お? こりゃあなかなかいい木刀だ。(かし)の木か?


「穴の中は視界が悪くて発砲できない状況だったようだし、まさか穴掘り工事用だと思っていたロボットが襲いかかって来るとは思わなかったのだろう。思考能力はほとんど無いはずだから油断しなければ大丈夫だ。ただし力は強いから捕まらないように気を付けろ」


「ふうん、そうか。でもこんな木刀で大丈夫かな。…………そうだ。玄室にある龍の卵を投げつけるってのはどうだ? むかし盗賊をやっつけたんだろ?」

「だめだな。火器が使えないのと同様に、龍の卵は石室山の中では投げつけただけでは爆発しない。盗賊に投げつけたのは山の東側に突き出た物見台だ。あそこは結界の外なのだ。それにもし投げつけて爆発したとしても、それくらいの火力では土蜘蛛にはたいしたダメージは与えられない」


 土蜘蛛ってのは木偶のくせに火にも強いのか。そりゃあかなり手強そうだな。


「そうか……わかった。だが、なんか他に弱点みたいなもんは無いのか?」

「根本的には強大な生体エネルギーをもって、相手の生体エネルギーを制するしかないだろう。そのためにはやはり神剣が必要だ。だが相手も妖怪や化け物ではない。木刀でも脚の二、三本を叩き折ってやれば動けなくなるはずだ」


 いやいや。木彫りの人形が、気の力だか生体エネルギーだかで動いているってだけで、じゅうぶん化け物だと思うけどな。

 俺はふたたび木刀を頭上に振りかぶり、ブンッ、と大きく素振りをした。


 …………そのとき。

 俺たちを取り囲む木立から、バサバサと羽音をたてて、たくさんの鳥が飛び上がった。

 どこか遠くからゴゴゴゴ、という地鳴りのような音が聞こえる。


「孝一郎! 来るぞ! 油断するな!」芳乃が叫ぶ。

「おう!」

 俺は木刀を正眼(せいがん)に構え、周囲を見まわす。

 突然。家の東側の草木の茂みから大きな獣が飛び出してきた。


「うわっ!」

 俺は慌てて後ろに数歩飛び退いた。

 巨大なオオカミだ。左目に傷がある。雷王丸だ。ウウウ、と低いうなり声をあげている。

 ゴゴゴゴ、という地鳴りの音はだんだん大きくなる。


「どこだっ! どこから来る!?」


 そのとき、地鳴りの音がひときわ大きくなり、芳乃の足元の地面が盛り上がって亀裂が走った。


「芳乃!! 危ない!!!」


 俺がそう叫ぶより早く、芳乃はその場から飛び下がった。


 亀裂は見る間に大きくなり、突如、地面がはじけ飛ぶように四散して、土煙とともに巨大な蜘蛛型ロボット、いや、土蜘蛛(つちぐも)木偶(でく)があらわれた。


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