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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第8章 石室山の危機
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第69話 緊急会議

「あなたが富岡孝一郎(とみおかこういちろう)くん、そして千堂芳乃(せんどうよしの)さんね。直接お話するのは初めてね。わたしは理事長の一条亜理紗(いちじょうありさ)です」

 一条亜理紗理事長が言った。

 入学式で壇上の理事長は見ているが、こうして面と向かうと目鼻立ちの通ったモデル並みの美人だ。


「あ、はい。富岡孝一郎です」

 俺が理事長に向かって頭を下げると、横で芳乃も頭を下げた。


「あら、富岡くん、顔にけがをしているわね。服もずいぶん汚れているようだけど、何かあったのですか?」

 俺は一瞬、話すべきかどうか迷ったが、ここは隠しておかないほうがいいだろうと判断した。


「今朝登校する途中で、不審な男二人に待ち伏せされて、芳乃がクルマでさらわれそうになったんです。この傷はそのとき投げ飛ばされたからです。いま廊下にいるボディーガード役の伊東優太郎(いとうゆうたろう)に撃退してもらって、なんとか学校に逃げ込みましたが」


「まあ、そんなことが……。それではまず手当てをしましょう。それから警察に通報はしましたか?」

「いいえ。これくらいの傷は大丈夫です。通報もまだですが、いまは何かの事情を知っている優花……いや、神々廻CEOの話を聞く方が先決かと思います」


「そうですか、わかりました。富岡くんのお母さんの菜々実ちゃんとは同級生で友達だし、芳乃さんのお母さんの秋乃さんも知っているのっだけれど……今日はゆっくり思い出話をしている時間は無いわね。神々廻CEOと橘常務とは顔見知りらしいから紹介はいらないですね。それではわたしは席を外しますので、この応接テーブルを使ってください」

 そう言って退出しようとした理事長に神々廻優花が声をかけた。


「一条理事長。もし差し支えなければ理事長にも同席願えないでしょうか。わたしたちの調査が正しければ、理事長も石室山についてはある程度のことをご存知ですよね。重大な話し合いになると思いますが、味方は多いほうがいいので。もちろん芳乃さんの許可をいただければ、ですが」

 優花はそう言うと芳乃の顔を見た。


「問題ない。同席をお願いしよう」

 芳乃が言った。




 俺と芳乃、一条亜理紗理事長、そして神々廻優花、橘真琴常務はソファに腰を下ろした。

 まだ停電は復旧しておらず、やや薄暗い部屋で緊急協議がはじまった。


 廊下には見張り役の牛太郎こと、伊東優太郎が立っている。牛太郎は体はデカいがいつもぼーっとしていて、本当にボディーガードとして役に立つのか半信半疑だったが、芳乃を守るためならとんでもない馬鹿力を発揮する、という事実を、少し前にこの目で見たばかりだ。間違ってもあいつとは喧嘩(けんか)をしないようにしよう。




「さて、早速ですが孝一郎さん、芳乃さん。この画像を見てください」

 優花は持ってきたノートパソコンの画面を開いて俺たちに見せた。


「これは北総エナジーの地殻探査衛星(ちかくたんさえいせい)が撮影した北総市および石室山周辺の分析画像です」そう言いながら優花は画像を指さして説明をする。「これが利根川。ここが石室山。順聖堂学園はこの撮影範囲から少し外れていますがこちらの方角になります」


 なるほど。言われてみればこれは上空から石室山周辺を撮影したもののようだ。

 このとき橘常務が書類ケースから紙の束を取り出して、そのうち何枚かをテーブルに広げた。神々廻優花が説明を続ける。


「これは石室山から北側にあたる利根川近辺の画像を、わかりやすいようにコントラストを調整してプリントアウトしたものです。中央を東西に横切るのが利根川です。画像の南の端が石室山。反対の北側、茨城県側に写っている大きな四角い長方形は、昨年シンガポールに本社を置くアレックス・ロボティクス社という企業が日本の企業と合同で建設した工作機械工場、といわれている建物です」


 利根川の土手から川を挟んで向こう側に見える、あのデカい工場の建物か。俺は毎朝のジョギングの風景を思い出していた。


「そしてこの部分をよく見てください」

 そう言って優花は工場の建物の南側を指さした。

「非常に見えづらいかもしれませんが、工場の南側からまっすぐ黒い影のようのものが延びています。この影は利根川を越えて現在、千葉県側の石室山の手前、このあたりの水田が広がっている区域の北側あたりまで来ています」


 俺たちはテーブルのプリントされた画像を覗き込んだ。たしかに対岸の工場から細くて黒い影が石室山に向かって延びている。

「優花、この影は何なんだ?」俺はたずねた。


「これは、おそらく地下トンネルだと思います」

「地下トンネルだって?!」俺は驚いて聞き返した。


「ええ。それも国や県の許可を得ずに、秘密裏に地下の比較的深いところを掘っているわ」

「秘密の……地下トンネル? いったい何のために……いや、まさか……」

 俺の頭の中には、嫌な予想が浮かび上がる。


「そのまさかよ、孝一郎さん」優花が話を続ける。「この地下トンネルは、石室山を目指しています。おそらく龍の卵を盗み出すために掘られているに違いありません」


 そのとき理事長室の中の調度品がカタカタと音を立てて揺れ出した。地震だ。しかし揺れはかなり小さく、すぐにおさまった。すると優花が言った。


「最近この近辺で地震が多いのは、この地下トンネルの工事と関連している気がしています。対岸の巨大工場の地下には、かなり広くて深い倉庫のような空間が存在することも確認していますし。おそらくこの工場は、龍の卵を盗み出すために必要な、大規模な工事を地下でおこなっているのだと思うわ」


「こちらの画像をご覧ください」今度は橘常務が、別のプリントアウトを指さして言った。「こちらは同じ場所を24時間前に撮影したもの、こちらは48時間前のものです。これによるとトンネルは直径4メートルから5メートルくらいで、1日に200メートルから300メートルの速度で掘り進められていると推測されます。トンネル自体はそれほど大きなものではありませんが、掘る速度は、たとえば地下鉄などのトンネル工事に比べるとかなり速いスピードです」


「1日300メートルとして、石室山まであと……だいたい1キロってとこか。そうすると……」俺がその予測を口にするより早く、橘常務が説明を続けた。

「はい。地下の岩盤の硬さなどにもよりますが、早ければあと今日も含めて3日ほどで石室山の真下にトンネルが到達する可能性があります」


「それはつまり、実質二日後、明後日(あさって)には龍の卵が盗まれてしまうかもしれない、ってことですか?」俺は橘常務にたずねた。

「その可能性が高いと考えています」


「そんな……何か打つ手はないのか? 優花」

 そう聞くと、優花が俺のほうを見て答えた。


「すでにわたしたちは日本政府のしかるべき機関に証拠写真とデータを提出し、工場の捜索と地下工事の中止を求めるよう要請を出しているわ。でも、この工場の実質的経営者であるシンガポールのアレックス・ロボティクス社は、実態としてはベルメキスタン共和国の国営企業がいくつものダミー会社を介して100パーセント出資している、いわゆる(かく)(みの)会社であることがわかったのよ」


 優花と橘常務の表情から、俺は事態がかなり深刻であることを理解した。


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