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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第8章 石室山の危機
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第68話 異常事態

「………………芳乃」

 このまま何もできず、みすみす目の前で芳乃を連れ去られるのか。


 俺は痛みをこらえ、なんとか立ち上がろうとした。

 小柄な年輩の男が運転席に乗り込みドアを閉めるのが見える。

 …………そのとき。


 ドドドドドドドドッ!

 遠くから何か地響(じひび)きのような音が聞こえた。

 エンジン音? いや違う。地響きの音はあっという間に近づいてくる。


 ドーーーンッ! という激しい衝突音がした。

 何かがワゴン車の前方にぶつかったようだ。


 ブオオオオッ!

 ワゴン車がアクセルを踏み込む音が聞こえる。

 しかしクルマは動かない。


 俺はそばにあった道路標識の支柱にしがみついて立ち上がり呼吸を整える。

 ワゴン車を見ると、クルマの前輪が地面から離れて宙に浮いている。前輪駆動らしきそのワゴン車は、アクセルを踏み込みながら、前のタイヤを激しく空転させていた。


「牛太郎っ!!!」

 ワゴン車のフロントをつかんで持ち上げていたのは、牛太郎こと伊東優太郎だった。


「ブモオーーーッ!」

 牛太郎は全身を真っ赤にして体から湯気を出しながらワゴン車を持ち上げている。とんでもない馬鹿力だ。


「ブモオオオォォォーーーッ!!!」

 牛太郎は雄叫びを上げると、そのまま勢いをつけてワゴン車を持ち上げ……ひっくり返してしまった。もはや人間業ではない。サイドピラーが歪んでガラスが割れる。中から割れたガラスを蹴り破って芳乃がはいずり出てきた。


「芳乃っ! 無事かっ?!」

 どうにか立ち上がってクルマに駆け寄った俺は芳乃に声をかけた。


「ああ、なんとか大丈夫だ」芳乃が言う。「とっさに受け身をとった。デカブツは頭から落ちて失神している。運転手は……生きているようだな」

 見ると運転手の男は逆さになった車内で背中を丸めてうめいていた。


「優太郎、よくやった。ありがとう」

 と芳乃が牛太郎に声をかけた。

 牛太郎はまだ全身から湯気をあげながら「ブハー!ブハー!」と肩で息をしていた。


 しかし、こいつらが何者かはわからないが、このままここにいるわけにもいかない。

 俺は芳乃と牛太郎に声をかける。


「警察に連絡……いや、逃げる方が先だ。他に仲間がいるかもしれないからな。学校に避難しよう。牛太郎、芳乃をかかえて学校まで走れるか?」

 牛太郎は大きく(うなず)くと、軽々と芳乃を抱え上げた。


「よし、行こう」

 俺は牛太郎とともに、まだ残る体の痛みをこらえて走り出した。




 俺は牛太郎と共に学校に駆け込むと、肩で息をしながら生徒用昇降口で座りこんだ。


「芳乃、大丈夫か?」

 牛太郎が抱えていた芳乃を腕から降ろした。

 まだ停電中のようだが、登校してきている生徒たちが、ただならない様子の俺たちを不思議そうに見ている。


「ああ……わき腹が少し痛むが……大丈夫だ。孝一郎は?」

「俺もあちこち痛むが……なんとか大丈夫だ。牛太郎、助かったよ。ありがとう」

 牛太郎は荒く息をしながら、わずかに頷いた。


「しかし……いまの連中はいったい何者なんだ? まさか北総エナジーの仕業じゃあねえだろうな……。ともかく、まずは警察だ」

 そうつぶやくと、俺は警察に通報をするために、通学用のバックパックから自分のSPDを取り出した。

 北総市内のSPDやモバイルキャリアの送信設備は、震災などの際に連絡が取れるよう、災害対策用発電装置でバックアップされていると聞いているから停電でも使用できるはずだ。


「待て、孝一郎」芳乃が言った。「あきらかに何か異常なことが起きている。いま警察に時間を取られたくない」

「……いや、しかし」

 俺が判断を迷っていると、手に持ったSPDからコール音が鳴った。俺はSPDの液晶画面を確認する。


「噂をすれば…………神々廻優花(ししばゆうか)だ」

 俺は電話に出た。


「孝一郎だ」

「孝一郎さん。優花です。大変なことが起きています! いまどちらにいますか?」

 いつも冷静な優花にしては珍しく、かなり慌てている様子だった。


「学校に来たところだ」俺は答えた。

「芳乃さんは?」

「一緒にいる。大変なことって何だ?」

「龍の卵が狙われています。芳乃さんにも危険が及ぶかもしれません。孝一郎さん、芳乃さんのそばから離れないで。学校からも出ないようにしてください」


「……忠告が遅かったな。ついさっき危険な目にあった。芳乃が正体の分からない男二人に連れ去られそうになったんだ」

「なんですって?」優花が驚いてたずねる。「それで芳乃さんは……無事ですか?」


「ああ、ちょっと痛い目に遭ってしまったが何とか無事だ。念のために聞くが……襲ってきたのは北総エナジーの人間じゃないだろうな」

「まさか! そんなことは絶対にありません!」

 この声はどうやら演技ではなさそうだ。


「ああ、すまない。俺もそうだとは思っていない。おまえの口から聞きたかっただけだ」

「孝一郎さん。事態は最悪かもしれません。わたしは今からそちらに向かいます。孝一郎さんと芳乃さんは絶対に学校から出ないようにお願いします」

 優花はそう言うと電話を切った。


 俺は芳乃に優花からの電話の内容を伝えた。

「優花は何か情報をつかんでいるらしい。ともかく優花が来るまで待つことにしよう。警察はその後だ」


 俺はそう言って立ち上がり、芳乃、牛太郎と自分たちの教室に向かった。停電で登校前の生徒には自宅待機のメッセージが届いていたが、教室内にはすでに十数名の生徒がいた。その中には宮崎六実(みやざきむつみ)増尾(ますお)みどり、柏木亮太(かしわぎりょうた)の姿もあった。


「おはよーっす! 孝一郎」亮太が声をかけてきた。「なんだか市内ぜーんぶ停電してるらしいな。信号も消えてるし、あちこち渋滞でバスはノロノロだし、まいったよ。……って、おい、孝一郎、その顔はどうしたんだ? 血が出てるぞ。制服も泥だらけじゃねえか」


 俺は自分の顔を触ってみる。どうやら投げ飛ばされたときに、顔から地面に突っ込んで怪我(けが)をしたらしい。


「それ、どうしたの? 富岡君。()り傷だらけだよ? 痣もできてるし。保健室で手当てをしてもらったほうがいいんじゃない?」

 宮崎も心配して声をかけてくれた。


「ああ、俺は大丈夫だ。それより芳乃の体を見てやってくれないか? 強力なスタンガンを当てられたんだ」

「スタンガン?! いったい何があったの? 喧嘩(けんか)……じゃないよね?」

 宮崎と増尾は立ち上がって芳乃のそばに来た。


「来る途中で芳乃が正体の分からない男にさらわれそうになったんだ。牛太郎が撃退してくれたがな」

「ええっ?! それって大事件なんじゃねえか? 警察に連絡した方がよくねえか」

 亮太が驚いて声を上げた。

 俺たちに注目していた他のクラスメイト達もざわつきはじめる。


「芳乃ちゃん。わき腹のとこ、ちょっと火傷みたいになってるよ。保健室で手当てをしようか。わたし一緒に行ってあげるから」

 そう言う宮崎に芳乃が答える。

「ありがとう。だがわたしは大丈夫だ。それより孝一郎」


「なんだ?」

「わたしは石室山に戻ろうと思う。さっきの連中といい、何か嫌な予感がする。大神(おおかみ)の声も強くなっている」

「そうか。だがちょっと待ってくれ。さっき伝えたとおり、いま神々廻優花がこっちに向かっている。あいつは何か事情を知っているはずだ」

「だが――」


 芳乃が何か言いかけたとき、担任のミソちゃん先生が、駆け込むように教室に入ってきた。

「富岡くん、千堂さん、至急理事長室に来てください」


 ミソちゃん先生は理事長室まで同行し、俺たちを部屋に入れると職員室に戻っていった。

 理事長室には一条亜理紗(いちじょうありさ)理事長と神々廻優花、そして(たちばな)常務が待っていた。


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