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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第7章 龍の卵の秘密
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第66話 野望

「ふうーっ」と俺は大きく息を吐いた。


 やはり神々廻優花(ししばゆうか)たちは大きな秘密を隠していた。それを芳乃と圭吾さんは見破り、城築先生が追い詰めた。結局俺だけが(だま)されそうになっていたわけだ。

 しかしまだこの話が終わったわけではない。むしろ双方手持ちの駒を出し尽くして、振出しに戻った、といったところか。


 俺は神々廻優花に向かって言った。

「優花。おまえはやっぱり信用できない。他に隠していることは無いのか?」


「孝一郎さん。わたくしが負けを認めたのは、嘘をついていたことを認めた、ということではありません。わたしたちは本当に龍の卵がヘキサイトシェルなどというものだなんて、ましてや中身がヘイサイトだなどとは思っていませんでしたし、今でも城築先生のお話が真実であるとはとうてい考えられません」

「それならどういう……」


「わたしたちはこれ以上、ビジネス的な駆け引きは放棄する、という意味です。城築先生のおっしゃるとおり、我々が欲しかったのは龍の卵の外殻のレアメタルだけではありません。我々は社の総力を挙げて石室山を調査し、そこに膨大(ぼうだい)な量のエネルギー物質があること、それが龍の卵と呼ばれるものであること、それが貴重なレアメタルの外殻(がいかく)で出来ていることを突きとめました。そして膨大なエネルギーの正体として、二つの可能性を考えました。一つは龍の卵の中になんらかのエネルギー物質が存在するのではないかということ。もう一つは、4千トンという膨大な数の龍の卵が1ヵ所に集められることによって、石室山そのものが、ひとつのエネルギー電池のような役割を持っているのではないか、ということです。石室山を丸ごと買い取りたいと申し出たのはそのためです。いまだに石室山が持つエネルギーの本当の正体はつかめていないのですが、我々北総エナジーは、この未知のエネルギーに社運と日本の未来を()ける決断をしたのです」


「決断をしたのです、って」俺は半分呆れて声を上げた。「おまえ、全国民の前で二年以内に電気代をゼロにする、みたいな宣言してたじゃねえか。もし龍の卵が膨大なエネルギー源とやらじゃなかったらどうするつもりだったんだ?」

 神々廻優花はにっこり笑って答える。


「我々は調査と分析の結果に100パーセントの自信を持っています。仮に、万が一龍の卵がエネルギー源になり得ないとしても、その時はその時ですわ。経営計画の目標を達成できないとしても、そのときはまた新たな計画を立てればいいのです。少しくらい失敗したとしても、北総エナジーは上場企業ではありませんから迷惑をかける株主もいませんし、出来なかったら国民の皆さんにはごめんなさいをするだけです」

 こいつ、頭もいいけど、そうとう図太い神経も持ってやがる。


「しかし、そんなあるんだか無いんだかわからないものに30兆円も出して、もしそのクリーンエネルギーとやらが実現できなかったら大損じゃねえか」

「いいえ。龍の卵の中身が何であれ、我々はそこからエネルギーを取り出せる自信があります。万が一、卵の中身が空だったとしても、十数兆円の価値があるレアメタルを元手にして、30兆円以上の利益を生むビジネスも計画済みでした。それに……」


「それに?」

「何より、日本と世界の未来を救うためには、少しくらいのリスクを背負うことなど(いと)いません」


 神々廻優花の目は冗談を言っているようには見えなかった。

 しかしこいつの言っていることは…………いったいどこまでが本当なんだ。




 結局その日は時間が遅くなってしまったこともあり、特にそれ以上の進展も無く解散となった。

 できるだけ早い時期に、二度目の話し合いをしたい、という神々廻優花に対して、芳乃は取り合わずに突っぱねるかと思いきや、意外なことに「考えておこう」と答えた。


 優花と橘常務が退室した後、俺たちは今日の話し合いの内容と、今後の対策について協議した。


 城築先生は言った。

「龍の卵の中身がヘキサイトだとは思っていなかった、というのは完全には信じないほうがいいと思うね。なにしろあの北総エナジーグループが総力を挙げて調査した、と言っているんだから、その可能性にはじゅうぶん辿り着いているはずだよ」


「そうかもしれませんね」俺はたずねた。「でも、もし龍の卵の中身が本当にヘキサイトだったとしたら、卵の殻のレアメタルと合わせて30兆円の価値ってあるんでしょうか?」


「そうだね。ヘキサイト自体は現在世の中に流通している物質ではないから、その価値を金額に換算するのは難しいな。しかし北総エナジーグループが試算したように、卵の殻のレアメタルだけで4千トン埋蔵されているとすれば、ヘキサイトの埋蔵量はそれ以上かもしれないね」


「それって30兆円の価値はあるということですか?」

「いいや、そんなものではないだろう」

 城築先生は会議テーブルに広げられた、竜の卵の分析レポートを指さして言った。


「ここにヘキサイトから取り出すことのできるエネルギー量が書かれている。それによれば、ヘキサイト1グラムで、一般的な家庭の1年分の光熱費がまかなえると思う。まあ、あくまでも物理学的な理論値だがね」

「たった1グラムで1年分ですか?!」俺は驚いて声を上げた。


「そうなんだ。おおざっぱに日本の一般世帯数が5千万くらいとすると、5千万グラム、つまりヘキサイト5トンで日本中の家庭の電気代が1年分供給できる。もしヘキサイトが5千トン埋蔵されていれば、実に日本の全家庭の電気代千年分、ということになる」


 電気代千年分……これには驚いて声も出ない。俺はSPDの電卓アプリを叩いた。

「仮に一般家庭の1ヶ月の電気代が1万円として、1年で12万円。これが5千万世帯、千年分だと……6e+15? これって6の後ろにゼロが15個かな。えーっと、いち、じゅう、ひゃく、せん…………え!? 6千兆円!!!?」


 都築先生は真剣な表情で続けた。

「まあ金額はともかく膨大なエネルギー量ということだよね。それもあくまでも理論値だし、龍の卵の中身がヘキサイトと確定したわけでもない。仮にヘキサイトだったとしても、そこからどうやってクリーンなエネルギーを取り出すのか、わたしにはわからないがね」


「でも優花たちは、龍の卵の中身が何であっても、そこからエネルギーを取り出せる、と言ってましたよね? その自信の根拠って、いったい何なんでしょう?」

 俺がそう尋ねると、城築先生は「うーん」とうなって腕を組んだ。


「それはわたしにもわからないな。それでも、もし本当に理論値に近いエネルギーが取り出せるならば、日本の家庭だけでなく、世界中の家庭や企業に何十年、いやもしかしたら百年以上電力を供給できるかもしれない。これが何を意味するかわかるかい?」


「世界中に百年以上電力を供給できる意味、ですか?」俺は頭をひねる。「すごそうだけどタダで配ったら儲からないですよね? あ、でも優花は『日本の一般家庭の電気代をタダにする』と言ったんだから、企業や海外に電気を売れば大儲けできるのかな」


「うん、そういったことも考えられるよね。でもクリーンで安価なエネルギーを、ひとつの企業だけで世界中に供給できるということには、もっと大きな意味があると思うんだ」

「もっと大きな意味、ですか」


「もし石油や原子力よりもクリーンで安全で、しかも安価なエネルギーが手に入るなら、世界中の企業も家庭も、北総エナジーの供給するエネルギーに依存することになる。つまり北総エナジーは世界のエネルギーを統括し、意のままにコントロールできる。そうなれば誰も北総エナジーには逆らえない。これは言ってみれば」

 城築先生は俺たち全員の顔を見回して言った。


「北総エナジーは事実上……世界経済を支配できる、ということなんだよ」

「それって、なんだか子供のころアニメで見た『悪の組織の野望』みたいな話ですね」

 俺が冗談半分で言うと、城築先生は真顔で答えた。


「そう言っても過言ではないかもしれないよ。北総エナジーが悪の組織かどうかはわからないけどね」




 俺たちは、今後の交渉は必ず芳乃、圭吾さん、俺の三人同席でおこなうこと。可能であれば城築先生にも立ち会ってもらうこと。などを約束して解散した。


 正直、俺はいてもいなくても関係ないんじゃないか、と言ってみたけれど、圭吾さんが「いいえ、孝一郎さんは話を引き出すのが上手です。それに神々廻優花CEOは、孝一郎さんに向けて話をするとき、気の流れが柔らかくなります。今後もぜひ同席をお願いしたいです」というので、そんなもんか、と思って承諾した。


 俺と芳乃は城築先生に礼を言って病院を出る。帰りも病院のクルマが家まで送ってくれた。

 牛太郎は圭吾さんの軽トラの荷台に乗って吉鷹村へ帰った。デカすぎて軽トラの助手席には体が入らないらしい。圭吾さんは「道交法的にはちょっと問題がありますけどね」と言って苦笑(にがわら)いしていた。


 母さんと春香は夕飯をとらずに待っていてくれた。

 俺と芳乃は食事をしながら、今日の話し合いのあらましを話した。


 30兆円で石室山を買いたいという北総エナジー。

 幻の超希少金属ヘキサイト。

 世界中に百年以上クリーンエネルギーを供給できる可能性。


 その夜、俺はベッドに入ってからも、いろいろなワードが頭の中を渦巻いて、なかなか寝付くことができなかった。


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