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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第6章 見えない力
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第51話 信頼できる味方

 翌火曜日、早朝。俺はいつもより1時間も早く、ジョギングコースの利根川(とねがわ)の土手に来た。


 まだ夜が明けたばかりで肌寒く、朝日を浴びた周囲の田んぼにはうっすらと(きり)がかかっている。

 川の対岸の茨城県側もほとんど田んぼばかりだが、最近どこだったか外国の巨大資本が広大な土地を購入して、工作機械の工場を建設したらしく、ここからでも霧に(かす)んで工場の巨大な屋根が見えた。


 軽く走りながら待ち合わせの北総第二水門の前まで来ると、まだ約束の時間前だが、すでに愛犬を連れた男性の人影があった。


「おはようございます。すみません、こんなに早い時間に呼び出してしまって」

 俺が挨拶すると、その男性、城築(きづき)先生はにこりと笑って手を上げた。


「おはよう、孝一郎くん。わたしならまったく問題は無いよ。夜遅くは苦手だが、朝早い分には大歓迎だ。どこかに座ろうか? それとも歩きながら話すかい?」

「ベンチはまだ朝露(あさつゆ)で濡れているから……ゆっくり歩きながら話しましょうか」


 俺と城築先生、そして愛犬のケンタロウは並んで利根川の土手を歩く。まだ日の出の時刻からまもなくで、ジョギングランナーの姿も少ない。太陽は東の地平線の雲に隠れているが、頭上に雲は無く、今日も快晴になりそうだ。


「それで、電話でできない話しというのは芳乃さんについてかな?」

「はい、そのとおりです。今日は城築先生にいくつか相談とお願いしたいことがありまして……」


 俺は昨夜、神々廻優花(ししばゆうか)との電話の後、城築先生に電話をして相談したいことがある(むね)を告げた。

 電話であれ、ネット回線であれ、神々廻優花側から盗聴される危険を考慮して、直接会ってお話がしたい、とお願いしたのだった。


 俺は日曜日に神々廻優花に会ったこと、彼女が石室山に興味を持っていて、芳乃とコンタクトを取りたがっていること。妹の春香のクラスに体験留学生として編入してきたことや、昨夜電話がかかってきたことなどをできるだけ詳しく話した。


「なるほど、孝一郎くんに盗聴器を持たせたのが、あの神々廻グループの新しいトップ、神々廻優花とはね。それは何というか……驚きで言葉も無いな」

「はい、それで相談なんですけど、このまま本当に芳乃を神々廻優花に会わせてしまって大丈夫かどうか、先生の意見を聞けたらと思って…………」


「そうだね。芳乃さん本人が決めたことなら、やはり一度会って話しをしてみるのがいいと思うよ。仮にも世界的な大企業のトップだ。芳乃さんに危害を加えるようなことはしないだろう」

 俺と城築先生は話しながら利根川の河川敷に作られた北総市(ほくそうし)利根川運動公園に入る。公園の東の端に併設されたドッグランに入った。利用受付は市民IDカードをかざすだけでワンタッチだ。そこへケンタロウを放すと、俺と城築先生は設備の屋根付きベンチに腰をおろした。ドッグランにはすでに何人かの顔見知りの人が来ていて、城築先生に挨拶をしていた。


「それでは、これはお願いになるんですけど、芳乃が神々廻優花と会うとき、城築先生も一緒に立ち会ってもらうことはできないでしょうか?」

「わたしが一緒にかい?」


「はい。芳乃のことや石室山のことを隠さずに話せて、信頼できる大人は母のほかには城築先生しかいません。城築先生は個人的にも石室山について詳しいようですし、もし一緒に話を聞いてもらえたら心強いです」

「そうだね。わたし個人としても、北総エナジーが何を考えているのか、石室山の何に興味を持っているのかはとても気になるところだ。わたしで力になれそうなら、喜んで同席させてもらおう」


「ありがとうございます!」

 俺は立ち上がって頭を下げる。

 城築先生が俺たちの味方に付いてくれたら百人力、いや千人力だ。


「いやいや、そんなかしこまらないで、座ってくれよ。孝一郎くん。石室山について新しい情報が得られるなら、わたしのほうから頭を下げて同席をお願いしたいくらいさ。ただしスケジュールの都合が合えば、というのが前提だけれどもね」


「はい、そのことなんですが……」

「なんだい?」


「話し合いの場所に、総英会病院を借りられないでしょうか。神々廻優花からは北総エナジー本社でもいいという提案があったんですが、さすがに敵の本拠地ですし、安心できません。できれば城築先生の病院の部屋を借りて、日時も城築先生のスケジュールに合わせてもらえれば、と思ったのですが……迷惑でしょうか?」

「いや、そんなことはないよ。わたしにとってはかえって好都合なくらいだ。それでは場所は総英会病院の応接室か会議室にしようか。日時は……やっぱり学校の無い土日だね」


「いえ、俺と芳乃は授業は休んでもかまわないので、城築先生の都合の良い日で決めてください」

「うーん、そういうわけにもいかないだろう。ちょっと待っててくれるかい?」

 そう言うと城築先生は自分のバックパックから小型のタブレット端末を取り出した。


「今度の土日は……スケジュールが入っているな。早朝だと時間が限られるし。土曜の夜九時過ぎなら空けられるけど、ちょっと遅いよね。金曜の昼なら時間が取れそうかな。あとは……ちょっと(あわただ)しいかもしれないけれど、明日(あす)、木曜日の夕方以降はどうだろうか? 」

「俺と芳乃は大丈夫です。神々廻優花も『すべてのスケジュールに優先するので、できるだけ早く』と言っていましたから大丈夫だと思います」


「そうか。明日は学校は何時までかな?」

「授業は四時十分までですから、四時半には学校を出られます」


「それなら明日木曜の夕方五時くらいからでどうだろうか。病院のクルマを学校まで迎えにやらせるよ。クルマなら二十分くらいで来られるよね」

「いえ、そんな。いろいろ無理なお願いをしておいて、そこまでしてもらうわけにはいきません」


「何も無理はしていないさ。クルマだって大した問題じゃない。そのほうが時間も節約できるだろう? あ、言っておくけど病院のクルマは年代物の送迎用ワンボックスだよ? リムジンという訳にはいかないから、そこは承知してくれ」

 城築先生はそう言うと、あはははは、と笑った。


「はい。じゃあ遠慮なく。明日、木曜日の夕方五時でよろしくお願いします」

「うん。こちらこそよろしく」

 俺はSPDの時計を見る。まだ少し時間がありそうだ。


「あの、城築先生」

「うん?」

「もう少しだけ時間ありますか?」

「ああ、大丈夫だよ。それじゃあ、また歩きながら話そうか」


 城築先生はドッグランで顔見知りの犬たちと走り回っていた愛犬のケンタロウを呼ぶと、リードを持って立ち上がった。


「城築先生は土曜日にうちに来たとき、龍の卵の正体について、いくつかの予想ならできる、って言ってましたよね?」

「ああ、言ったね」

「神々廻優花が興味を持っているのが石室山の龍の卵だとして、いったなぜ龍の卵について調べているのでしょうか? 城築先生は龍の卵の正体は何だと思いますか?」


「……そうだな。先日、龍の卵のことが、いくつかの古文書に書かれていることは話したよね? そのうちの一つ、成田家文書に興味深い記述がある。昔、おそらく戦国時代くらいの話だが、石室山に宝物があるとにらんだ盗賊が人数を集めて夜中に山に攻め込んできた。それを迎え撃った吉鷹村の若者たちは、何代目かの松虫姫の指揮の下、いくつもの龍の卵を投げつけて、盗賊団を撃退したそうだ」


「いくつもの龍の卵を投げて撃退? それはどういうことですか? 龍の卵というのは一つではないんですか?」

 俺は驚いてたずねた。


「うん。この古文書によると石室山には『おびただしい数の』龍の卵が眠っているそうだ。そしてそれを盗賊に投げると卵が割れて、中から『火焔(かえん)の龍』が飛び出して周囲の盗賊を焼き殺し、そのまま空へ向かって駆け登っていった、ということだ。ちなみに山の東の(ふもと)の物見台と言われる岩の下には、今でも盗賊塚(とうぞくづか)と呼ばれる石塚があるよ」


「すると龍の卵というのは火薬か何かをつめた爆弾か、大砲の弾のようなものでしょうか?」

「うん。古文書の記述を信じるなら、その可能性は高いと思うね。戦国時代くらいの日本には、投げつけただけで周囲の人間を殺せるような爆弾を作る技術は無かったから、もし本当にその時代に、そんな武器が存在していたとしたら、それは戦国武将なんかがこぞって欲しがるようなお宝だったに違いないと思う」


「それじゃあ北総エナジーにすれば、千年以上前から存在していた、未知の爆弾がエネルギー開発か何かの役に立つと考えているのでしょうか?」

「まあ、そう考えるのが自然だろうね。まあ、まだ龍の卵が爆薬なのかどうかも定かではないけれどね」


「そうですか。実は俺……いま持ってるんですけど」

「……何をだい?」


「龍の卵」

「…………………………! ほ、本当かい!?」


 城築先生は目をむいて驚き、……そのまま固まってしまった。


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