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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第5章 順聖堂学園
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第47話 優太郎の気持ち

「芳乃! おい! 芳乃! 伊東が、伊東がしゃべったぞ!!!」

「うるさい男だな。そりゃあ優太郎だってしゃべるさ。当たり前だろう。おまえは優太郎を何だと思ってるんだ」


「何、って……」そりゃあ化け物か怪物だと思ってたが……。「だって俺は朝から近くにいて、こいつの鼻息しか聞いてなかったんだぜ?」

「ぎゃーぎゃー騒ぐな! それよりメニューが決められないのだ。なんとかしろ!」


「なんとか……って。どれでも好きなもの頼めよ」

「こんなに珍しいものばかり並べられて、そう簡単に決められるものか。それにこんなに豪華なものを毎日食べていたら、人間がダメになってしまう」

 いや……学食に豪華で珍しいご馳走は無いと思うが。こんなに安いランチで人間はダメにならないと思うが。


「じゃあ……伊東と同じ海鮮あんかけチャーハンはどうだ? 美味いぜ? ちなみに学食の食材は全部学区内食品安全基準をAランクでクリアしてるから安全だよ」

「そうか……。なら、それにしよう。ところで……」

「ん?」

「並盛りの半分くらいの量で注文できるだろうか?」

「あはは。出来なくはないと思うけど……。手間をかけることになるだろうしな。食べ切れなかったら俺が食べるから大丈夫だよ」


 学食はかなり広く、テーブルにも余裕がある。俺と芳乃は窓際の比較的広い八人がけのテーブルの端に向かい合って座った。伊東の体がデカいので、広めの席のほうがいいと思ったからだ。しかし伊東は俺たちの反対の端の、さらに隣のテーブル席に自分の注文したチャーハンのトレーを置いた。


「おーい、伊東! そこじゃなくて、こっちで一緒に座って食べようぜ」

 伊東はぼーっとしている。反応が無い。


「芳乃、おまえが言えば来るんじゃないか?」

 芳乃は伊東に向かって声をかけた。


「優太郎、こっちで一緒に食べないか?」

 伊東はビクっと体を硬直させた。そしてブルブルと首を横に振って拒絶した。またあの反応だ。あきらかに困惑してる様子だ。


 伊東は芳乃の言うことは聞くようだが、自分から距離を置いているようだ。芳乃は吉鷹村じゃあ生神様あつかいだって話だからな。無理もないのか。でもいちおう同い年で同級生なんだし、そんなに固くならなくても良さそうに思うが。

 これはやっぱり…………あれ、だろうな。


「孝一郎。優太郎は好きにさせておけばいいだろう。無理に誘うことはない」

「そうか……。じゃ、食べようぜ。いただきます!」

「いただきます」

 芳乃は目をつむって手を合わせる。遠くの席の伊東を見ると、同じように目をつむって手を合わせている。吉鷹村の作法なのかな。


 俺は自分のパイコーにかぶりつく。やっぱり美味い! 本場台湾のパイコーはスペアリブのような骨付き豚肉を使うのだが、学生食堂のものは肩ロース肉のようだ。独特のスパイスが効いた甘辛い味付けは本場の味だそうだ。まあ台湾に行ったことはないからこれが本場の味かどうかはわからないけどな。肉自体もとりとんといい勝負だし、肉厚で揚げたてで最高だ。ちなみに中華メニューのご飯物の単品メニューにはミニサラダとカップスープも付いている。芳乃も海鮮あんかけチャーハンを小さくすくって口に運ぶ。


「…………お、おいしい」

 芳乃の目が(うる)んでいる。

「泣くなよ、芳乃」

「わ……わかっている」


 伊東を見ると、意外とゆっくりと良く噛みながら食べているようだ。あの体格だし、もっとガツガツ食べるのかと思ったが。それにしても伊東の前に置かれると、特盛りのチャーハンがミニサイズに見えるな。


「なあ、芳乃」

「ん? なんだ?」

 芳乃は小さな口でちまちまと咀嚼しながら俺を見る。


「おまえと伊東は同じ吉鷹村で同じ学年なんだろ?」

「そうだ」

「じゃあ、あれか? いわゆる幼馴染みってやつか?」

「いや……違うな」


「違うのか? じゃあ親戚か? いとことか」

「いや、違う。親族ではない。しかし優太郎の家は石室山に近いし、小学校の頃からずっと同じクラスだ。中学でも同じだった。といっても吉鷹の小中学校は同じ校舎で各学年1、2クラスくらいしかないが」


「へえ、それで高校でもまた一緒なわけだ。そりゃあすげえな」

「小さな頃からずっと一緒にいる、という意味では、わたしと優太郎は幼馴染みだ。しかし世間一般にいう幼馴染みのように、親しい友達ということではない」


「まあな。あの図体にあの顔で、極度の鉄道オタクじゃなあ。芳乃と仲良く遊んでるところは、ちょっと想像できねえけどな。でも友達じゃない、って、それはちょっと冷たいんじゃねえか?」


 俺は離れた席で昼食をとる伊東を見た。伊藤が持つとやけに小さく見える特盛りの皿から、行儀よくスプーンを持ってゆっくりと噛み締めながら食べている。


「体格や顔は関係が無い」

 芳乃は無表情のままそう答えた。


「……でもなあ。 俺は春香から鈍感だの朴念仁だのさんざん言われてるが、それでもさすがに伊東を見てりゃあわかるぜ?」

「なにがだ?」


「だって、先生の話しも俺の言うこともまったく聞かねえ伊東が、芳乃の言うことだけは素直に聞くじゃねえか。それに芳乃が昼食に誘ったときも、さっき同じテーブルに誘ったときも、あいつにしちゃあ派手に驚いて、なんか動揺を隠せない、って感じだったものな。つまり……」

「つまり?」


「伊東は芳乃のことが好きなんだろ?」

 俺はズバリ、と言ってやった。

 芳乃の驚いた顔が見られると思うとなかなか気分がいい。


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