第44話 席替え
「ううっ……ぐすっ……いい話だわ………ぐすっ」
「ミソちゃん先生!」
見るとそこにはレースのハンカチを手に、ぐすぐすと泣いているミソちゃん先生の姿があった。小さいし、先生オーラが無いから気がつかなかったよ。
「いつからいたんだよ? ミソちゃん!」
俺は思わず立ち上がって問いただす。
「ぐすっ……えっと、『富岡くんが同棲中』あたりから?」
「…………。だったら黙って聞いてねえで止めろよ」
「な、何を言っているの? 富岡くん、因縁の確執を乗り越えて互いを分かり合うクラスメイト。こんなに熱い青春ドラマを横から止めるなんて先生にはできないわ」
「因縁の確執なんて初めっから無えし青春ドラマも始まってねえよ……。さあ、ロングホームルームだろ? とっとと始めようぜ。芳乃ももういいから席に座れ」
静まり返っていた教室にざわめきが戻り、生徒たちはおのおのいつもの自分の席に着こうとした、そのとき。
「ちょっと待って!」
まだ芳乃の前に仁王立ちしている宮崎が言った。
なんだか顔が怖い。こりゃあ相当怒ってるな。まあ、クラスのリーダー格の自分の誘いを断って、謝ったとはいえ、あの物言いじゃあ女王様のプライドが傷ついたんだろう。
「なあ宮崎。芳乃も謝ってるんだからもういいだろう? 席に戻れよ」
俺は女王様を刺激しないように、なるべくやわらかい口調で言った。
宮崎はキッ、と俺を睨みつけるとクルリと前を向きツカツカと自分の席へ戻った。やれやれ。どうなることかと思ったがなんとか納まってホッと……ん?
席に戻った宮崎はタッチパネルをシャットダウンすると、自分の鞄と筆記用具をつかんで再びこちらに戻ってきてこう言った。
「千堂さん。わたし、隣に座ってもいいかな?」
「もちろんかまわない」
何事もなく芳乃が答える。
「ありがとう。わたし、千堂さんと友達になりたいな。あらためてよろしくね」
……なんだ? なにが起こってるんだ?
宮崎は鞄と筆記用語を芳乃の右隣の机に置くと、教室前方のクラスメイトに声をかけた。
「みどり! みどりもこっちにおいでよ!一緒に座ろ?」
「え?……あ、あたし? あたしは……えと……」
宮崎からみどり、と呼ばれた女子生徒は突然のことにどうしてよいかわからずあたふたしている。
「早く来なよ。どこがいい? わたしの右隣……は小沢くんか。後ろはどう? 富岡くんの隣だけど」
どうやら宮崎は、有無を言わさずみどりという女子生徒の席を決めるつもりらしい。
小沢くん、と呼ばれた陰キャ……いや、人を見かけで判断してはいけないが、ちょっとオタクっぽい感じの男子生徒は、ビクッと肩をすくめると、そーっと席を立って右隣に移動しようとした。どうやら女王様のプレッシャーから逃れたいらしい。かわいそうな小沢くん……。
「あ、あの……あたし、少し視力が悪いから、あんまり後ろだと……」
それは遠まわしに俺の隣はいやだ、と言っているのか? まあたしかにこの女子生徒は眼鏡をかけてはいるが。
「そう? じゃあわたしの前の席は? 空いてるけど。あれ? 右隣も空いたみたいだけど」
そりゃあ小沢くんが避難したからだよ。
宮崎の強引さに、みどりという女子生徒はあきらめたように自分が座っていた机のタッチパネルをシャットダウンした。筆記用具などをまとめて後ろへ移動し、鞄を宮崎の前の席に置く。芳乃の斜め前だ。
「あ、あの……あたし、増尾みどりです。よろしくおねがいします」
増尾みどりと名乗った女子生徒は、恥ずかしそうにそう言うと、芳乃に向かって丁寧に頭を下げた。
「千堂……芳乃、だ。よ、よろしく」
人見知り芳乃もどぎまぎしながら答えている。
宮崎と増尾は席に着くとタッチパネルの電源を入れた。
増尾みどりは宮崎の友達だろうか? それにしては宮崎とはずいぶんタイプが違う。小柄で童顔丸顔。肩くらいまであるやや天パー気味の色素の薄い髪を小さな花飾りのついたヘアピンで留めている。目鼻立ちがはっきりした宮崎と違って、なんとなく自信無さげな地味系の顔だが、小作りな顔のパーツとくりっとした目が小動物のようで、よく見るとなかなか愛嬌があって可愛らしい顔立ちだ。
ともあれ……。先週まで誰も寄り付かなかった俺の席の前方に、どういうわけかタイプの違う美少女三人が座るということになった。なんとなく他の男子の視線が痛い……ような気がする。
「さて。席替えはひと段落したかな? それではロングホームルームを――――ん?」
教壇に立つミソちゃん先生がそう言いかけたとき……どこからか、なにかドスドスという不気味な音がした。どうやら廊下を走る足音のようだ。その音はどんどんデカくなり、いまや教室の窓がビリビリと振動するような地響きとなり、そして。
ガラリ、と俺たちの教室の後ろのドアが開いた。
俺たちはいっせいに開いたドアのほうを見る。
「なっ…………」
ミソちゃん先生は口をあけたまま言葉を失くし、目を見張って硬直した。
そこには……とんでもないものが立っていた。




