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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第1章 嵐の石室山と首輪の少女
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第3話 吉鷹村

 まあ別にちょっとぐらい家から遠いのはかまわない。毎朝10キロ近く走ってるしな。ジョギングなら往復1時間もかからない距離だ。


 ただ吉鷹村ってのが問題だよな。

 あそこは石室山特区の中にあって村人以外は自由に入れない。吉鷹村と俺の住んでる大沢町のあいだにある石室山神社だって、普段は立ち入り禁止だしな。

 あした土曜日で休みだから母さんに一緒に行ってもらうか。うーん、どうすっかな。まあ、とりあえず行くだけ行ってダメならダメでいいか。


 俺は学校の正門、というか正確には登下校自動記録用ゲートを出ると西、つまり石室山の方角へ歩き出した。


 学校から程近い通りにある飲食店「とりとん」に差しかかると、店から二十代(なか)ばくらいの男の人が出てきて目が合った。

「よーう! コウちゃん! たまには寄ってくれよ。サービスするぜ!」


 この人は高山誠次郎(たかやませいじろう)兄ちゃん。この辺では有名な高山農場の次男で、養鶏場をまかされている。

 長男の誠一郎(せいいちろう)兄ちゃんは養豚場をやっていて、「とりとん」は高山農場の鶏と豚を使ったこの町でもかなり評判の高い食堂だ。

 ちなみに店は高山家長女の朝子(あさこ)姉ちゃんが切り盛りしているけど、夕方の仕込み時間とかは誠一郎兄ちゃんや誠次郎兄ちゃんも店を手伝ってることが多い。


「こんにちは誠次郎兄ちゃん。今日は体育が中止になってそんなに腹減ってないからやめとくよ。それに今から行かなくちゃいけないところがあるし」

「なんだデートかい?」

「ちげーよ。学校が始まってまだ一度も登校してこない不登校児にプリントを届けて来いってさ。超重要なミッションなんだって」

「へー。この町の子かい?」

「吉鷹村」

「吉鷹村? あそこはいきなり行っても入れないだろ?」

「知ってるよ。ダメなら詰め所で事情を話して預けてくるよ」


 詰め所、というのは吉鷹村の南入り口にある村役場の出張所で、この辺の人には通称「詰め所」とか「関所」とか呼ばれてる。

「ふーん、じゃあ気をつけてな。なんだか天気も怪しくなってきたし急いだほうがいいかもな。また店にも寄れよ。大盛りサービスしてやっからよ」

「うん。ありがとー」


 俺は誠次郎兄ちゃんに手を振ると、リュックにもなる通学バッグを背中に背負い、ジョギングの速度で走り出した。


 この学校は相当変わってる。塀や仕切りが無いのもそうだけど、学校の周囲1キロくらいの「学外区」と言っているエリアなら昼休みなんかに自由に出歩いてもかまわないし、学校認定の店ならお昼を食べたり、放課後寄り道して飲食してもかまわない。


 認定の店といっても学区内の飲食店はほとんど学校認定を受けていて、認定ランクによって学生は食事代が割引きされる。


 「とりとん」の豚丼や鶏丼で使っている肉は、完全無農薬有機飼料の屋外飼育で、都心の高級料理屋でもなかなか食べられないような高級食材らしい。

 普通に頼むとびっくりするような値段だけれど、この町の学生なら、他の町の牛丼チェーン店並みの値段で食べることができる。これは本当に安くて旨い! ちなみに併設の売店では豚肉、鶏肉、卵のほか、ハム、ソーセージなんかの加工品も売っていて、これもめちゃくちゃ美味しい。


 他にもこの学校の変わったところはたくさんあるんだけど、この飲食割引はとても助かる。

 なんでも町ぐるみで学校を中心に流通をコントロールしたり、いろいろ実験データやら統計データやらを集めているらしい。


 飲食店の場合は安全で新鮮な食材を使っていると評価されてランクが上がる。ランクに応じて学生や町の住民は飲食費や食材の購入が割引きされて安くなる。割引きされた金額分は、この流通システムを運営管理している団体から補助金が出る、ということらしい。


 この流通システム、今はまだこの町だけの実験段階らしいけど、数年のうちに全国に広げて、最終的には日本全国で安くて安全な食べ物を誰でも手に入れられるようにする、というのがこの学園の卒業生で日本初の女性総理大臣、大原薫(おおはらかおる)の重要政策だって話だ。


 で、国定文化保護特別区。これも大原政権になってから作られたもんらしい。

 なんか字面(じづら)だけ見ると国立公園とか国定公園とかナントカ文化財のたぐいのように思えるけど、そういった希少な自然とか、歴史的遺産とかを保護するものじゃなくて、今現在重要な役割を担っている場所を、その地域まるごと保護するのが目的だそうだ。


 文化保護区は日本全国で約三百ヶ所。そのなかで文化保護特別区、通称「文化特区」とか単に「特区」呼ばれる場所は三十カ所に満たない。特区はその区域内の土地開発はもちろん、移住や転出さえ勝手にはできない。

 どこの特区もそうなのかどうかは知らないけれど、吉鷹エリアは住人以外は勝手に村には入れない。

 聞くところによると郵便、宅配の類は村の入り口の通称「関所」が全部受け取り、警察や消防でさえ自由には入れないって話だ。


 でも、どうしてこんな千葉の田舎の農村エリアが特別保護されてるかって言うと、なんでもすげえ昔から、村人はほとんど自給自足で暮らしてきて、石室山神社を中心とした古い信仰と日本古来の農村文化が純粋な形で残っているからだとか。まあ、あんまり詳しいことは知らないし、特別に興味も無い。


 そんなところだから俺が吉鷹村に行って「学校の友達にプリント持って来ました」とか言ったたところで村の中には入れてもらえないだろう。

 まあ関所のおっちゃんに「これ千堂芳乃さんに渡してください」で、仕事は終わりだろうけれど。


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